終章 夜神楽

一節 夜闇に踊れ

僕が鳥居の前にたどり着いた時にはすでに夜になっていた。


「鬼、帰れ、今宵も祭りは行われない。」


「さよう、今は時期が悪い、悪く思うな。」


獅子と狛犬が警告を発する。


「夜神楽の飛び入り参加だ通してもらう。」


「敵役は間に合っておる、暴れ足りぬと言うなら他所に……、なぁ根國阿吽、あいつ人間?に見えるぞ。」


「成り損ないか?いや、伊吹様の気配も感じる。獅身、ならなおのこと奴を通すわけに行かぬ事になった。」


「申し訳無くは思う、だがそれで止まれるならここに私は居ない、故に悪く思え。」


鳥居をくぐろうとすると、霧立ち込め、獅子の方が進路を阻む。


「もう一度言うぞ止まれ鬼、アンは獅身(シシミノ)夜見(ヨルミ)」


「我こそ根國(ネノクニ)阿吽(アウン)」


「伊吹酒天、おし通る。」


次の瞬間には、獅子の肉球、訂正、前足が顔のすぐ横にあった、サッと上体を後ろに反らして回避するも、数本の髪の毛が爪に引っ掛かり、ヒラヒラと宙を舞う。


降り注ぐ猫パンチを回避しながら距離を取るも、狛犬の咆哮の様な光線が背後の石畳を削る。


霧がまと割りつくように動きを阻害するのも鬱陶しいが、それでもさすがは神獣、あの巨体で猫の様な俊敏さ、そして何よりここを護る相手を傷つけるわけにはいかない、何処の十二の試練かかな?


「もっとも、ヘラクレスとは違って、僕は通り抜けるだけで良い。」


僕は獣へと姿を変える。


外見は腹這いに近い猟の姿勢ですでに2丈を越え、五本の角とたてがみをはやした赤いネコ科の獣となり、腕は増殖し、空中に浮かぶ黒・黄色・白・青の体毛に覆われた四本の腕と、十三の目玉を宙に浮かべて随伴させる。


「「ガアアアアアア」」


背を逆立て一気に咆哮し、弓のように引き絞った全身の筋肉にて跳躍、獣の姿を解除した僕が、怯んだ二体の隙間を潜り抜け鳥居を跨ぐ、景色が変わる。


抜けるような青空に、雲が沸き出す野原といくつもの石垣、そこにたたずむ神殿の側に、見覚えのある巫女服姿の女性がいた、変化があるとすれば神威を惑い、緑色の美しい巫女服を着ていることだろう。


「あら、また逢いましたね、貴方が代役ですか?」


「はい、恐れながら夜神楽に参加したく思います。」


神社の掃き掃除をしていた巫女、その正体を櫛名田比売(建速須佐之男命の妻)と察した僕は、畏まりながら言葉を発する。


「あら、きれいな櫛を持っているじゃない、もしかして誰かへの贈り物?」


懐が淡く光る。聖に似合うと手に取った櫛だ。


「成る程そうですかそうですね、ええ伝えましょう、夫からの伝言を伝えます。「面白くしろ」だそうですまったくあの人らしい、御武運を。」


下から上に、順に石段の横の灯籠に火が点り、鬼の一歩を照らす。


鬼は石段をかけあがり、それを遮ろうとまとわりつく霧が薄くなり、石灯籠の光が鬼の後を追う。


境内への鳥居を潜るとそこには神楽に使う作り物のオロチがあった、僕が地面に触れると同時に空気が変わる。


視線が高くなり、作り物に魂が宿る。どこからか太鼓の音が聞こえ、松明に一斉に火が灯る。


「はがされたか?いや持ってかれたな。」


鬼の姿になれない、体の調子を確認するも明らかに力が落ちている。


人としてみればそれなりであるのだろうが、それでも鬼の力には大きく劣る。


「デカイな、我が父の頭1つ分はあるんじゃないか?」


私の目の前には巨大な白蛇がおり、奴が目を開けると同時に風景は渓谷へとねじまがり、境内に水路が発生する。


だがそれでもと、蜘蛛の糸をつかむ思いで本殿を目指して走ると同時に、白蛇の牙が迫り石畳がえぐれる様に弾け飛んだ。

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