四節 大江山の真実
それは【未完の峡谷】、その外の【白紙の平野】が終着点であり、終わりを迎えた物が流れ着く場所であるのなら、峡谷は停滞、終わりの一歩手前で永遠にあり続ける。
終わり行く場所に存在し続けるために停滞の術が機能し、ここに渓谷の街が存在することで一種のアキレウスと亀を表し無限と言う概念が発生する。
その概念を加工し、【未完の渓谷】を起点にこの【逢魔時の世界】に永遠の術を概念的に付与しつづけているのだ。
ここは停滞の街、渓谷の中では持ち込んだ物は日頃にループし、特殊な加工しなければ常に持ち込んだ状態が維持される。
食べ物であれ人であれ、どれほど飲み食いしようと一定の周期で元に戻り、どんな生活でも不摂生になることも無い。
ここは心を休むための場所、毎日ひたすら酒を飲み、騒ぐ、酔いと安らぎの中で、多くのものを忘れる事になるかも知れないが、それが彼にとっては薬になり、忘れていたことを思い出した。
どうやら僕は酒が入ると口が軽くなるらしい、それとも昔を思い出して気が緩んだのか、知らぬはずの事もポロポロと口からこぼれて行く。
宙を浮かぶ無数の鏡が集落を焼き尽くし、全てを薙ぎ払う武士どもの強弓に、錫杖の仕込み刀を振るう黒装束、布で顔を隠した陰陽師が術を操り、人が乗った三本足のカラクリ混じりの巨大ガラスの式神が装填された身毒火薬の炎で建物を貫く。
それらを相手に僕はひたすらに暴れまわった。
彼女が聖と名乗る前はひなと呼ばれていたらしい、彼女は産まれながらに体に不自由があり、祖母と共に山に捨てられたのだとか、そこで山に馴染み、その力を多くの人のために使い、彼女の元に多くの人が集まった。
それをこころよく思わない者がいたらしい。
曰く、我が朝の政に従わず、勝手な振る舞いをする者が山伏に姿を変えて大江山にいるのだと話す、下々の暮らしになど興味が無いくせに、京の都さえ栄えて居ればいいくせに、足を引っ張る事だけは一人前で、大江山に作られし宗教都市、そこを中心に聖と呼ばれる少女が築き上げた一大勢力は一夜にして滅ぼされた。
間に合わなかった、そう僕は間に合わなかった、抵抗の痕跡はあれど生きてる者の気配は無い、そう感じた時に咆哮が漏れ出し、まき散らしながら異形の姿晒して走り出す。
喉が裂けるのも構わず叫び、愛する人だけでも探そうと、まだ生きて欲しいと希望にすがり駆け出した。
大江山の地下空洞、かつての神域は異界と化し、その奥で聖は心臓を剣で貫かれ水晶に包まれていた、触れようとするも弾かれる。
そこにあったのは草薙の剣、日ノ本の最高の英雄が振るってきた三種の神器、それを起点に編まれた最高峰の陰陽師、当時の加茂家当主による星そのもの穢れを祓う大魔術、そしてその陰陽術を僕は知っていた。
その陰陽術、その成功例が自分である。大量の穢れを母体の中の胎児に集め、神の贄とする事で処理すると言うプロトタイプの方式、その唯一の成功例にして、川に流されたまま生き残ってしまった角の生えた子供こそ自分であった、成る程陰陽師どもは聖の強度に目をつけ、穢れを留め置くために封印を行ったらしい。
自分の存在が愛する者を傷付けた、そんな気分になるような情報が、陰陽師の拠点をいくつか落として手に入れた成果である。
聖が目の前にいると言うのに僕は何も出来なかった、草薙の剣は鬼と成り果てた僕とは相性が悪く、術に触れる事すらままならない、そしてその術ですら魔術に優れた神仏でなければ解けぬ物であった。
「そう言えば、初めて出来ぬと言った気がする。」
諦めず、それを認めようとはしなかった、それは生前も今も変わらない、ここに来て、僕はようやく足を止めたのだ。
「彼女は僕より凄くて、だからこそ振り向いて貰いたくて強がって、好きなんだよ聖が……」
聖の前なら頑張れる。
そんな思いを諦めきれずに忘れるために酒を飲む、そうして長く酩酊に浸った後に転機が訪れる。
「その草薙の剣って奴が要になってるんだろ、なら要石を失った石橋の様に脆くなるんじゃねぇか?」
鬼は物を作るのが得意だ、強力な妖怪であるが故によく物を壊し、それを直すためある程度の物を作れるようになる。
またその由来に製鉄が関わり金属の扱いにたけ、里の人の山人への偏見と神聖化も混じりそれなりに知恵があり、この場所の殆どの建築に携わったからこそ出た意見、改めてそれについてかみ砕き考える。
「術式は複雑で、縁と多少の知識があろうと干渉できない、だが要消えればごり押せる。しかしその要が一番の問題なんだ。」
諦めたからこそ広がる視野、けれども結論は変わらない。
「草薙の剣、これが要である以上僕であろうとその破壊は不可能だ、八岐大蛇経由で所有権を主張しようにも、もはやあれは英雄の物、そういう風に世界に記録されてしまった、英雄であれば挑戦する事も出来るだろが……」
ここでようやく彼は気がつくだろう。今の自分は人間でもあることに、異なる世界へ迷い混んだ者には資格が生まれる。
古来より、境界に立つ者は、世界に混沌も秩序ももたらして来た、異なる世界を繋ぐと新たな可能性が生まれ、世界と世界の仲介を行えば安定する。
古代であれば他所から来た英雄が問題を解決し、巫女や王が神との仲介を果たし人々を統治した、旅人を生け贄にし小さな村社会の秩序を守ると言う行為も異世界からの隔離と言う形であるがこれに含まれる。
現代であれば、印刷業界と電子業界が繋がり新たな発明が生まれたり、グローバル化とアメリカの流通管理で世界は安定した、無論初めは混沌とし今なお悪影響が発生しつつあるが、乗り越え一つの世界となれば秩序が生まれるだろう。
それは大航海時代の様に、混沌も繁栄ももたらす諸刃の剣、だが状況を変えることは出来るだろう。
進む事を良しとする現世だが足を止めることも時には必要なのだ、こうして再び立ち上がるために、
「何だ、何処かに行くのか?」
「宴会の準備を……、そうかいいつでも戻っておいでよ。」
「おや鬼の兄さん、今日は飲まないので?」
「見ない顔だね、どうだい一杯?」
「人間がここまで深いところに来るなんて、どうだいここでは奇妙な品を売ってるよ。」
声をかけられながらも渓谷を離れる。
「酒天の気配?何だ人の姿かそれが、綱のような冴えない姿だ、堅苦しくて窮屈だ。」
ばったり出くわした延珠に、人の姿を酷評される。
「そうか、綱に見えるか成る程ね。」
程堅苦しくて窮屈か、今の自分はそう言われるのも仕方ないと納得し、それはそれとしてこのままの考え方では延珠の未来が狭まると、人生の先達として言葉を残そうと思う。
「茨木・延珠、鬼の棟梁として話がある。少し聞いてくれ。」
「どうした酒天、急に真面目そうな雰囲気を出して……」
面倒と言うのが表情に出てるが、仕方ないとため息をこぼして話を聞く体制を取る。
「私は良く鬼は自由だと言っていた、だからこそ言うが当時は誰もが生まれに縛られた、今もそうだが当時は特に、だからこそ捨てられある意味自由であった僕らが鬼として自由に振る舞い方を示して来た、誰よりも自由で反感も買うがそれ以上に清々しい存在だった。」
ウムウム等と相づちを打つのが可愛らしい、彼女にとって鬼とはそういう物で、人の営みとは窮屈なものだ、だからこそ今になって聖と言う女性を引きずる僕を彼女は快く思わない、でもそれは寂しいことだから、もったいない事だから、今頃ながらに長く生きた者ほど説教臭くなるのかわかる気がする。そういう事なのだろう。
「一度自由になったからこそ、自分の意思で何に縛られるかを選べるだ、しがらみ無く選べるんだよ延珠、鬼は千切れた鎖を具現化する。それは大蛇様の伝説に製鉄民族が関わっているのもあるが、自由の象徴でもある。」
炎珠は、ジャラリと鎖を顕現させ、これがか?と首をかしげる。
「我らは、人の様に肉体が有るようで、そうではないからな、力在るものに引きずられたり逆に人の噂で歪むこともある。僕に引きずられたのか、人に歪められたかは知らないが、僕はそれはいつか何かに縛られる暗示しているのだと思う。そして何かに縛られても何時でも自由になれると言う自信の現れでもあるんだ。」
そこまで言ったところで、自分は何が言いたかったのかと良い淀み、
「まあなんだ、鬼なのだから自分で自分の自由を減らすなよ延珠。」
「そうか、行くのか酒天。」
それが別れの挨拶である事に気が付き、それに対し不愉快そうな延珠の頭を撫でて送り返す。
「ああまたか、我はそうさせてもらうそこいらの人間等知らぬからな、ああ不愉快じゃ何処へなりとも行ってしまえ。」
捨て台詞を吐き、宴の席に戻る姿を見送りながらも私は改めて覚悟を決める。だがその前に、
「言いたい事と言うのは纏まらないものだな、聖の様に上手くは出来ない、でどうした蒼鎧聞いてたんだろ。」
「何だ気が付いてたのか。」
建物の陰から鎧を着た鬼が出てくる。
「鎧を着たままで、それこそ窮屈だと思うがな?」
キョトンとして、ようやく「堅苦しくて窮屈」と言われた事に対する言葉だと気がつき蒼鎧は思わず笑う。
「何だ酒天の大将、茨木の大将の言葉を気にしているのか、あんたも案外女々しい奴だな。」
「やっぱり全部聞かれていたか、まあ見ての通り過去に縛られていてね、僕は可能性があるなら前に進む。休息は十分だ。」
「そうかい、鬼らしく無くなっちまったな酒天の大将。」
「何とでも言え、私は僕だ。」
人混みに紛れて消えた小さな背中を眺め、後を追おうとして足を止め、鎧武者である■■は言葉を漏らす。
「やっぱりあんたは自由で、誰より鬼らしいよ。」
従足・蒼鎧は歯痒そうに立ち尽くしながらも見送ることしか出来なかった。
「頼むぜ、酒天の大将。」
ようやくその一言を発し、酒を飲んで頭をかいた、だがこの一言で神話が動き出す。
かつての神話再現である。
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