三節 積もる白紙の平野

「そう言えば出会った時も怨霊に憑かれていたな、見えぬものを見えるようにしたか、隠(おぬ)を引き継ぐなど愚かなことをしたものだ炎珠。」


 僕は炎珠の頭をなでながら苦言をこぼす。


 その言葉にアゴをわしゃわしゃと撫でられていた炎珠が、ハッとした様子で僕の手を払い少し怒りを込めた声色で話す。


「酒天よ、わらわは聞いたぞ聖の話を。」


 膝の上に寝転がり腕を組む炎珠、それを乗せたままで僕の僕は少しの間黙り、何を話すべきかと頭を抱える。


「あまり死に近づくな、それは生き死にの境界を曖昧にする現象に為ることと同じ、人間性を失い人格無き神へと堕ちる事になる。」


「あんたがいっても説得力が無いだろ大将。」


 言うと同時に殴られ金属同士がぶつかるような音が響く、僕は少しムッとした顔で振り返ると青い甲冑に身を包み、蕨手刀(わらびてとう)を携えた鬼がいた。


「■■か?」


 酒呑童子の配下であり大江山四天王である熊童子、その生前の鎧武者の名前を呼ぶ。


「いいや、■■の記憶も混じってはいるが、同一人物と言うには混ざりすぎた、今は従足(ジュウソク)・蒼鎧(ソウカイ)と名乗ってる。」


「そうか。」


 ただそうとしか言えなかった。


「そう暗い顔をするなよ酒天の大将、うちの大将を心配するって気持ちはわかるが説得力がねぇぜ、茨木の大将も落ち着けよ、今日は酒天の大将に出会えてめでたい、だから宴会それで良いんだ、皆が待ってる。」


 軽く流され、影に潜る。


 目の前に広がるのは塩湖のような平らで起伏の無い真っ白な世界、空を分厚い雲がふさぎ、空気には酒気が混じり雪のような物、どちらかと言えば和紙に似た物が降り積もる。


「酒天の大将、こっちだ。」


 呼ばれて振り替えれば、そんな白紙の平野に似つかわしくない巨大な渓谷が眼下に広がり、それを建物の灯りが埋め尽くしていた。


 この縦に建物を積み上げる感じには見覚えがあった、よく見れば峡谷の端の方に巨大な洞窟があり、建物の灯りと共に奥へと繋がっている。


ああ、闇市かと思い出した所で、横でバキリと大地の割れる音がした、大地を片手でえぐるその人物には心当たりがあった。


「白雪か、いや混じっているんだったか。」


「いえ、私は割りと残っているのでその名前を使い続けています、人間からの呼ばれかたとあわせて虎熊・白雪を名乗っておりま……、あら酒天さんじゃ無いですか、生きていたんですねビックリです。」

 

 虎熊(トラクマ)・白雪(シラユキ)、少し遅れて僕に反応した彼女は虎熊童子と恐れられた白鬼であり、人格の元になったのは白いはだと赤い目の女性である。


「何をしているんだ?」


 僕の疑問に、彼女は答えてくれる。


 ここは俗に言う終着点であり、終着点であるがゆえに色々な物が流れ着いたと言う過去が積み重なる。


「人間だったり弱い妖怪だったりだと、終わりと言う概念に捕まり、戻れなくなるそうなので……、そうです何をしているのかでした、採掘して使える物を探しているのですよ、ここでの採掘作業は終身雇用、変わりに仕事は簡単、白い大地は子供でも掘れるし、いくら採掘しても直ぐに元に戻るし、良い物を見付ければ年単位で遊んで暮らせます。」


 要はこの氷見たいな地面の中に何でもあり、峡谷の中に入ってしまえばこの氷みたいなのは消えるため、ランダムではあるがいくらでも資源が手に入る場所である。


そういう風によく分からない自称妖怪の女神と、西洋の天狗もどきがここを創ったらしいと彼女は語る。


「情報の白紙化の研究成果だそうで、この星がこうならぬためにここにこれを置くだそうです、建材と建築場所には困らないので、私と赤金君的には良い場所なのです、正直宴会よりもそっちが楽しいのですね、ちなみにここの建物の殆どを鬼が造ったのですよ、こちらに越してからそれなりに時がすぎたので。」


ちなみに少し出た赤金(アカガネ)は白雪と同じ性を名乗っているそうだ、大江山四天王である金熊童子であり、聖の元に集まった技術屋集団、特に火傷のあった物らから発生した赤鬼である。


「酒天、行くぞ。」


 業を煮やした炎珠の声に、 僕は返事をして白雪との会話を終える。


「そうです、せっかくですし少し持ってってみたらどうです?」


 僕はそっと白い大地に触れてみる。それは僕が触ろうとして触れるとなめらかな岩の様なのだが、掘ろうと手刀をいれると砂のように崩れ、破片は雪のように空に消えてく、掘る感覚としては和紙に近い、子供でも採掘出来るとはこう言うことかと納得した。


 何と言うか、こういうのはつかみ取りみたいに何処まで取れるか試したくなるもので、小さな屋敷程の白い塊を、峡谷の底まで持ち運ぶ事になった。


 子供っぽいと炎珠にからかわれたが、蒼鎧の暴露によりブーメランがささり顔を赤くする事になる。


 何だかんだと話してるうちに、打ち解けてきたと言うか、接し方を思い出したと言うべきか、戻って来たと言う気分になるのだ。


「のお酒天、それどうする?」


 デカい物は巨大な鉄の門から、小さいものは簪まで、それほどの質量が辺りに散らばる事になる。


「置いとくと不味いかな?」


「別に、ほっとけば峡谷を出る勇気の無い者らに持ち出されるじゃろ、それよりも宴が先じゃ、あの建物じゃ、大江山を再現したのだ見てくれ酒天。」


「だ、そうだぜ酒天の大将、まあ気に入った物、あと高そうな物があれば持ってけば良い、じゃあ待ってるぜ。」


 僕はしばらく考え、大江山の盗賊時代の目利きを元に持ち運びやすい物を抱え、ふと手が止まる。


「櫛か?」


 似合うと思ったそれだけを懐に入れた。

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