三章 大江山の者

一節 懐かしの山巡る

浴衣を着た僕は、 受付の上で片目を開けなががら丸まる猫又のペーを軽くなで、戸を開ける。


「どちらへ?」


三毛猫の猫又、ニャーに声をかけられる。居眠り中のぺーは頭を殴られていた。


「酔い覚ましに散策を、そう遠くまで行くつもりは無いよ。」


「今は曖昧な時期です、外の人にとっては特に、必要は無いでしょうがお気を付けて、どれ程立ったとしても私にはわかりませんのでくれぐれもお気をつけて。」


何があても関与出来ないと……


「気を付ける。」


 ふらりと宿を出てみれば、相変わらず日は地平線に近づき、山中には見渡す限りの棚田と森が広がる。


 僕は跳躍し、棚田のあぜ道へと着地する。スタスタとほそいあぜ道を走り、水路の横を通り森の中へと消える。


「これこそ、我らの築いた光景よ。」


 振り返れば自然と感嘆の声が漏れる。木々の合間から水鏡を散りばめたような水田が広がり、世界は夕暮れに染まる。


「少し霧が出て来たか。」


足は自然と獣道を進む、その景色の中に大正風味のあの旅館の存在は無かった。


デジャブとでも言うのだろうか?


既視感と言うか何と言うか、知っている場所のようでそうじゃない、大江山のようにも伊吹山のようにも感じるのだ、いやそれだけじゃない、かつては修行のために、比叡山や富士の山等と様々な霊山を渡り歩いたが、その何処かとここを結びつけてしまうのだ。


「うむ?まあそんな事もあるのか。」


納得出来ぬが飲み込んだ、そんな感じでモヤモヤとした気持ちで進んでいると、なにやら騒がしい音が聞こえて来る。


「覗いて見るか。」


急ぐ旅でもないと獣道をそれ山道に入る。


少し歩けば開けた場所に出た、どうやら妖の類いが集まっているようだ。


「何の集まりかな?」


「おや鬼のお兄さん、ここに来るのは初めてかい?」


卵の殻の様な傘を被り、萌え袖で黒一色の法被、青いスカートに大きなリュックサックを背負った、何処か貫禄を纏った少女が反応する。


「まあそうだな。」


「そうなると何処から話すか、伊吹大明神って神様知ってるかい?」


「あれだろ父さんじゃなくて伊吹の山の神様。」


「それなら話がはやい、ここはその神様が治める地であり、その神様がめでたい事があったって事で祭りを開くらしい、三日三晩の大宴会、今はその準備って話さね、私らは集まって騒ぐのが大好きだからねこういうイベントごとはありがたい事だよ。」


神様が治めると言う言葉に違和感を感じつつも納得し、それが言っていた奴なのかなと気になり更に聞く。


「それは夜神楽で有名な奴かい?」


「どうだったかね、ああそうだ、伊吹大明神様の神社は良く神楽を行っていた数百程昔の話だよ、此処の住人でもないのによく知ってたね。」


「何だか時間の感覚がおかしいようなそれでそこは何処にあるんだい。」


「そこの山の上の方石の鳥居が見えるだろ。」


彼女の指さす方を見て、ああ、あの十束の剣が置かれてた神社かと僕は納得する。


「何でも夜神楽が中止になったと聞いたかな。」


「さっきも言ったが最近はやらないねぇ、うちらも迫力があってカッコ良かったから残念に思っているが、それで文句を言って睨まれなくないからねそうだお兄さんの事も教えてよ。」


ぽつぽつ話していると、どうにも彼女は河童であるらしく、参道の屋台の設営の仕事を取りに来たらしい。


「どうにも話が纏まったらしい、私は仕事に戻るよ。」


「なあ、手伝わせてはくれないかい?どうにも屋台を周る金が心もとなくてね、良く壊してたから建物を作るのは得意なんだ。」


勿論コチラの金など持って無いが、そこは見栄と流して欲しい、今から日本円を両替するのも面倒だ、ダメで元々と聞いてみる。


「フフフ、何だいそれ、良く壊れる欠陥建築だったんじゃない?」


「いやいや、嵐が来ようと地震が来ようと平気な建物だったがね、流石に鬼が相手じゃ相手が悪い。」


寝て起きたら地形ごと造った館が無くなってた何て事は日常茶飯事だった。


「そりゃそうだ、兄ちゃん名前は?」


「八河峰(やがみね)酒天(しゅてん)だ。」


「私は河根(かわね)禰々子(ねねこ)、良いだろう良いだろうここであったのも何かの縁、酒天の兄ちゃんには建材を運んでもらうよ、ちょっと遠いけどついて来な、これで車輪を付ける手間が省けたってもんさ。」


「おや、宝船は向こうでは?」


物を運ぶならぬらり宝船倉庫と言うのが逢魔時の宿場町の常識と聞いたので首を傾げた僕に、ニヤリと笑う目の前の少女。


「宝船の空輸なんてもったいない、木材を川に浮かせて運ぶのさ、濡れた木材をそのまま建築に使うのかって?そこは河童印の妙薬でコーティング、自慢じゃ無いが薬師如来に知恵をお借りしていてね、仙人や魔術師ほどじゃないがアタシらも色んな薬を使うから水をはじく薬もあるわけで、最悪何かで濡れちまっても、尻子玉の量量で水分を抜いちまえばいい、原木の処理も私らの良い収入現さ。」


そう言えば水神の類でもあったなと納得し、水を操るのはわけないかと考える。


「アタシらが服を着たまま泳ぐのはそういう薬を使ってたりするからでもあるからで、兎に角川からここまで距離があるからね、人足を雇う手間が省けたって事でこき使わせてもらうさ。」


話しを聞いて感心つつ、僕は鬼の怪力を存分に発揮した。


「さてどうだろう、んちょっとそこ支柱変わってもらっても、いやなに、こう岩を手で救い上げたらいい感じの礎石になったからね。」


「岩がきれいにえぐれてる!?」


「すごい、研磨したみたい。」


「見える部分は削ったからね、流水の概念を纏わせるのさ、それでウォーターカッター、まあ鉄砲水みたいになる。 君らなら水の扱いは得意だろ、練習すれば出来るんじゃない?そして今度は礎石の方に付与して木材の方を押し付ければ、土台の光付けっぽい事も簡単に、二本目の柱持って来て、そうだ、支えておくから押し付けてみて。」


パッと好奇心旺盛な一人目が僕が支える木材を動かすと、電動の鉛筆削りが鉛筆を飲み込むように巨大な木材沈み始める。


「おお、削れてる。」


面白がった河童らが紙に図を書き、それに倣い木材に線を引く、まるで新しい玩具を手に入れた子供の様にはしゃぎだし、僕を工具か重機の様に扱い、僕がそれを良しとすると河童はさらにはしゃぎだす。


「あんた凄いね、あたしの知る鬼でもアンタほどの鬼は見た事ない、冥府の巨人どもよりも力持ちなんじゃないかい?」


と言ってはやし立ててた禰々子だが、誰かの屋敷でも造るつもりかい?との言葉で我に返りつつそれでも面白さを優先し、たしなめるフリをしながら嬉々として協力してくれた。


「基礎と骨組みだけとはいえ早く終わったもんだ、あ~にしても雇い主に何て言おうかねぇ、二回建てって普通に、まあ一階は壁を張らずに、屋根はどうするかねぇ、おや依頼主に呼ばれてるって、まああんたは気にせず作業をしててくれ。」


悪かったかと思いつつ、久しぶりに何かを造ったからと張り切ってしまった。

請求はされないだろうが、されても給料が少し減るぐらいだろうが、せっかく知り合た相手に損をさせるのは気が引ける。


「赤字かな?」


設計図を書いてた河童の少年にそれとなく話しかける。


「鬼のくせに心配性だね、木材を多く使ったって話なら問題ないよ、伊吹大明神様が用意してくれた物をいくらでも使っていいって事だからね、そっちよりかは依頼と違うもん造ったから、解体しなきゃいけないんじゃないかって所が心配だね、愛着はあるが、あんたの怪力があれば一刻とかからず解体できるし問題ないよ。」


戻って来た禰々子のもたらしたのは朗報であった。


「ぬらり宝船倉庫の方が買いたいと言ってね、漆喰や瓦などの建材も向こうの物を自由に使って良いって話さ、まあその分割り引けって話でね、だがデカい仕事で、宝船の停留所を造るスペースの指示であったり、蔵もいくつか欲しいそうだ、しっかりした物をご所望、腕の見せ所だよお前達。」


激を入れつつ河童らを動かしていく、どうやらここをぬらり宝船倉庫の宝船の停留所にしてしまう計画の様だ、河童らはもう一回遊べるとばかりに僕に木材を運び始め、紙を開いて本格的に設計を始める。忙しくなりそうだが楽しそうだ。


大量の瓦を運んでいると呼び止められる。


「なあ、鬼の、ここいい井戸になると思うんよ、ちょっと固い岩盤があるみたいだが……」


眼鏡の河童の提案に僕はニヤリと笑う。


「お疲れ。」


運ぶ物は運んだし、木材や岩の加工も終わってする事も無くなってしまった、参加する事は出来るがここからは彼らの仕事だ。


「最初の人足のつもりで雇ったんだが悪いね骨組みまで手伝わせて、だがあんたの悪乗りも原因だから文句は言わせないよ。」


「自分の始めた事で文句は言わんよ、それに駄賃ももらえたしな。」


そう言って二人で軽く笑い、僕は手の中の見た事も無い貨幣に紙幣、まあ数字は分かるし、何となく使ってるのも見てたし問題ないだろうそれらを懐に入れる。


「にしても屋台があまりないな、それに何だか建設ラッシュみたいになってるし、弁当とか歩き売りしてる辺りお祭りじゃなく建設現場だ。」


「それも私らの影響でね、周りもちょっと立派な物を建て始めて祭りの準備期間が伸びたのさ、たぶんここは小さな宿場町になると思うよ。」


「屋台でも回ろうと思ったんだがなぁ。」


「そっちも自業自得と諦めなと言いたいが、暇を潰したって事なら釣り竿貸すぜ。」


少し考えて、僕は釣り道具を借りて川へと向かう事にした。









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