三節 天の書庫の代表

 気が付けば小舟は何処かの建物の桟橋に縄で止められていた。


「着きましたよ。」


「ここは?」


「この宿場町の図書館です、卑屈な方が治めている事を除けばよい施設ですよ。」


道行く人影に頭を下げられながら降りるこの女将は何者だろうと思いつつ、船の上で待っているかと考えていると手招きをされる。


 一瞬入っても良い物かと戸惑うも、そんな私を無視して彼女は扉の向こうに消えた、多少の抵抗感があったが、こんな奇妙な街の建物の中身はどうなっているのだろうという好奇心に従い扉を開ける。


「え!?」


 そこには夜空が広がっていた、紺や黒などの暗い炎の柱が石の壁や柱など何かの建物の残骸を巻き込み、蔓の様に絡まった宙に浮かぶ大地へと伸びる。


驚くべきことに扉の先は三百六十度夜空の広がる宇宙の様な世界であり、色のついた質量のある怪しく穏やかに輝く炎の地面が宙に浮かぶ世界であった。


 中央の大地に神殿の様な、いや庭園の様な建物がそびえたち、その建物へと女将さんが消えていく、後を追おうと走り出し、扉を閉め忘れたのを思い出し振り返ると、やはりというか何というか、扉だけがそこにポツンと置かれていた。


確かに扉の先は元の街の光景だが、その光景とこちらからの光景が一致しない、閉じてしまえばもう帰れないのではという恐怖がよぎるが、先に行ってしまった女将さんの事を思い出し、扉を閉め質量のある炎をけって駆ける。


 ここに来てから、見られてるという感覚があるが、この不思議な光景を眺めていたいという気分があるが、私はそれらを無視して歩みをはやめる。


取り残されるのではと言う恐怖が、いや変な言い回しはやめよう。心細いから女将と合流したいと思い建物に向けて走ったのだ。


私が最初にその建物を見た時は、庭園と言うイメージが頭に浮かんだ、遠くから見れば空中に浮かぶか、あるいは天空からつい下げられた庭園の様なその建物は、レンガと石で作られ四角く平べったい、台形の箱を重ねた様なメソポタニアのジグラットを平べったくした土台の様な建物に、エジプトの神殿の様式が混じり、土台の四すみに四角い塔がそびえていた。


四つの塔の頂上、植物生い茂るそのすぐ下からは、かなりの水量の水が流れだし、石材の水路を流れながら草木や花々と共にこの建物を装飾している。


 私は堀の様になっている水路にかけられた橋を渡り、おそらく階段を上った先の、神殿の様な建物にあるであろう入り口を目指す。建物には宝石なのかはわからないが、色のついた鉱石などで装飾され、ぜいたくな、それでいてごてごてとしすぎない厳かな雰囲気と美しさを併せ持つ建物だと驚いた、ただ建物の空気と言うか雰囲気というかは、山の中の神社というイメージが頭に浮かんだ。


「これが図書館?」


 外観と中のギャップに驚く、まるであの扉の様に、別の世界に連れ込まれたのではとすら感じる。いやここに来て空間がおかしいと言うのにはうすうす気が付いていたが、この建物に関していれば安定している、つまり普通にこういう建築物なのだとわかるのだがこれは……、少しの間言葉を失う。


 いくつもの蔵書、石板や羊皮紙、パピルスと紙に竹簡、タブレットや、薄い透明な板など電子媒体の類まで備えている。


 近未来的な図書館、古臭い図書館、一般的な図書館、古代の図書館、内装に統一感が無いと言うか、その境界も曖昧と言うか、どうにもはっきりしない図書館であることは分かるが、庭園あるいは温室の植物園の様な美しい場所、水が流れ山の中のせせらぎの様な心の良い空間であるという事は分かるのだが。

 とにかく靴を脱いで履き物に履き替える。


「来てから日が浅いと聞いていたが、既に空間のそごに対しては耐性がついて来ているじゃないか、これなら案内役は必要なさそうだ。」


 背後からの言葉にびくりと体を震わせる、悲しそうにカラスの鳴く声が聞こえた気がした。


 白い翼の生えた少年が、天使の様なその姿に似合わぬ石油製品のダウンの赤いジャケットを羽織り、その下にプラスチックの鎧の様な黒いシャツと青いジーパンを着ていた。


「銀髪の人を探していて、すいませんかってに入ってしまって、」


「構わない、彼女の連れだろ、先客の元に案内するからついて来なさい、そうだこれを渡していこう。」


 手渡された物を受け取ると、そこはガラスの小部屋がいくつも存在し、夜空が良く見え、白い水路と、植物が生い茂る。前衛的なデザインの大学の図書館のような場所、姿かたち持たぬ影が本を読むそんな場所である。


 辺りを見渡し、その後渡された物を見れば、それは古い銀色の懐中時計であった。

しかしその時計に刻まれた数字は読めなかった。


「時計としては使えないだろうが、しばらくはそれを持つと良い、それがあれば耐性が付く前にここを出ても浦島太郎の様になる事は無いだろう。」


 そう言って目の前の少年は軽く笑った、笑う要素があっただろうか?


「ついてくると言い、またこの辺りの蔵書は外から流れて来たものだ、この辺りの物は別で保管しているから自由に持ちだして良い、読みたい本を探す時は持ちどんな物を読みたいか考えればその場所にたどり着ける内装になっているし、全ての書物の文字は悪魔との共同研究の元生まれた誰でも読める文字に翻訳されているから言語の壁は気にしなくて良い。」


 建物の案内をする少年の言葉は淡々としたものではあったが、少し早口で何処か嬉しそうにこの図書館を紹介する。


その少年の背中には、白い翼が控えていた。

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