二節 本当の探し者
扉を叩く音で目を覚ます。
「夕食をお持ちしました。」
着物を着た猫が食事の乗った盆を運び、赤く染まる夕日の中を山伏の姿のカラス天狗たちが隊列を組んで飛んで行く。
食事を終え指先から出した炎で行燈に火をともす。豆電球ほどだろうか、和紙を通して柔らかな光が室内を照らす。
昼と夜の境を行きする世界で、提灯や灯篭に火がともり、恐ろしき物が蠢くときのみ夜が来る。
どうにも言語化出来ない違和感がある。違和感の正体に気づかぬ苛立ちゆえか、気を紛らわそうと僕は部屋を出た。
少し歩くと岩肌の壁があり、炭鉱後を整備したような、岩壁に張り付くような木造の通路を抜けると、建物がひしめき合う空間に出た。
それを日本家屋と呼んでいいのか、高層建築と呼んでいいのかに少し迷う、中華的な建物や、旅館の様な物、武家屋敷に長屋の様な物と、様々な建物を縦に積み上げ、提灯や灯篭が灯りをともしていた。
古き良き日本の姿とでも言おうか、周囲を見渡せばちらほらと仏像とか地蔵だったり、祠だったり、樹木だったりと、少し歩けば何かしらが目に留まる。
建物だって同じで、紙と木で出来た長屋の様な建物や、半分お城みたいな大名屋敷、立派な鬼瓦に漆喰の壁、蔵造りの家々だったり、格子造りの家だったり、板だったり瓦だったり藁だったり、伝統的とか古き良きなんて言葉が出てきそうな要素もあれば、古い校舎を改築したような住居や、現地の材料を寄せ集めた高床の建物だったり、カラフルだとか異国ポイとも感じるわけで、どれもこれもが個性的で、そこにそれっぽいだけのセメントだったりコンクリートだったり、トタンだったり赤レンガだったり、藁にヤシに布の屋根や水上の家、看板もあれば屋台もあり、ガラスの窓もあれば障子もある。
そんな、枠を設けず集めてた建物群を、バラバラに縦に積み上げちゃっているわけであるからまた混沌としている。
日の入らぬこの複雑な建築物は、中国のスラム街、九頭竜砦に類似しているがこちらはさらに混沌としている。
きっと建物を積み木か何かの様に並べただろうと納得してしまいそうな光景だ、その移動ルートもまた混沌としており、石垣や木造の渡り廊下、石の橋に階段やはしご、何と水路の様な物までもが、建物と建物のスキマを縦横無尽に走りまわり、そのすべてが提灯や灯篭で照らされ、バブル的な活気と言うか後付けに増築されているような勢いを感じた。
レトロと言うかニッチと言うかバラバラなのに、それで何となくこれで正しいのだろうと納得してしまう統一感がある。
大正のようで江戸時代的でもあり、昭和のノスタルジー的エキスもあり、中華的でもインド的でも、その他アジア的でも西洋的でもあるそれらが、ちゃんと和風の枠に収まっているのである。
「ここはただ闇市と呼ばれているの、別に違法な訳では無いのに、フフ、曖昧で奇妙な場所でしょう。」
後ろから声をかけられた、光量が減ったという訳でもないのにあたりが暗くなった気がする。
声をかけられた方を向くと、木造の小舟の船首付近に腰掛けた女性がいた、青い生地の中華的な民族衣装を着こなした白髪の人、確か代表と呼ばれていたはずだ。
それにしてもと来たはずの道を見ようと軽く辺りを見渡す。
「あらあら、道にでも迷いましたか?」
思考がまとまらず声が出せなかった、自分が何処からここに来たのかもわからない、水路など越えたつもりは無いが、振り返った先には水路が広がり、今いる場所が空中の桟橋の様な歩道である事に気が付きさらに驚く、これをただ道に迷ったの一言で片づけて良いのだろうか?
「ずいぶんとうろたえていますね、狸かキツネにでも化かされましたか?」
彼女とはなし辺りに人がいる事に気が付いた、先ほどの静寂が嘘の様に騒がしい、周囲の騒音が耳に入ってくる。周囲を歩く数人の通行人が私に反応したようにたじろいた。
「初めて着た場所で道に迷う、よくある事ではありますが大変でしたね、元の場所まで案内したいのですが私にも用事がありましてね、フフフここであたったのも何かの縁、良ければ私の用事に付き合ってくれませんか?」
気色がぼやけ曖昧になる。
うまく言葉が出せないのがもどかしくも、私は頷き船の中腹に腰掛ける。
そこから眺める街の光景は美しい物だった、いくつもの水路が交わり別れ、人々が空中回路をわたり、一切の日が差し込まないのが当たり前の光景、代わりに提灯や灯篭が辺りを照らす、淡い炎の光が何処か怪しくも穏やかな気持ちになる。
改めて思う。不思議な気分だ、夢見心地とでも言えばいいのだろうか、あたたかなオレンジの光源にピントが合わず、ぼやけた世界が広がっている。
チロチロと辺りを照らす光源が視界に広がり現実と空想が裏返る。世界が炎に包まれ、僕は涙を流していた、忘れもしない集落が火に包まれるあの光景。
宙を浮かぶ無数の鏡が集落を焼き尽くし、錫杖の仕込み刀を振るう黒装束、布で顔を隠した陰陽師が術を操り、人が乗った三本足のカラクリ混じりの巨大ガラスの式神が、装填された身毒火薬の炎で建物を貫く。
曰く、我が朝の政に従わず、勝手な振る舞いをする者が山伏に姿を変えて大江山にいるのだと話す、下々の暮らしになど興味が無いくせに、京の都さえ栄えて居ればいいくせに、足を引っ張る事だけは一人前で、大江山に作られし宗教都市、そこを中心に聖と呼ばれる少女が築き上げた一大勢力は一夜にして滅ぼされた。
間に合わなかった、そう僕は間に合わなかった、抵抗の痕跡はあれど生きてる者の気配は無い、そう感じた時に咆哮が漏れ出し、まき散らしながら異形の姿晒して走り出す。
喉が裂けるのも構わず叫び、愛する人だけでも探そうと、まだ生きてこれとすがり駆け出した。
大江山の地下空洞、その奥で聖は心臓を剣で貫かれ水晶に包まれていた、触れようとするも弾かれる。
記憶を、思い出すまいとせき止めていた物が崩れ、当時のどうしようもない感情があふれ出す。
「彼女は誰だったか?」
夢は急激に薄れていく、ただ焦がれる思いを残して、僕は涙をぬぐった。
小舟に揺られてた一瞬に、繰り寄せた記憶は消えてゆく、逢魔時の時の流れは今を忘れる為のもの、彼はここで何を思い出すのだろうか?
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