三節 迷いて獣と化す 

 何処か夢の中の様に無意識に決められた行動を強制されるような、そんな奇妙な感覚に従い家を出る。


出たかな?出たよな、夜明けより早くじいちゃんの家を出たのを覚えてる。


 小学生の頃と同じように私は井戸に向かった、それ以降の事は覚えていない。


 自動販売機で購入したスポーツゼリーは電車を待つ間に、飲み込み普段下りないような駅で電車を降り、ふらふらとした足取りで駅を出る。


 見慣れぬ街並みを歩き、ふと家と家の隙間に設置された小さな水路で足を止めた。


「もうすぐだ、川を通らなきゃたどり着けない。」


 つぶやき、人がいないことを確認し靴が汚れないようにブトック塀の出っ張りを足場に進み、フェンスに張り付き歩いたり、と水路の上を進む、案外行こうと思えば進める物だと思ったのを覚えてる。


それをおかしなことだとは感じなかった。


「井戸か?」


 足を止める、三角の空き地には崩れかけた土台に、木製の蓋をされた不気味な井戸があった、私は好奇心に掻き立てられ、その空き地に足を踏み込みその蓋を開ける。


 僅かな水が底にたまるだけで何も無い、私の好奇心は掻き消え先ほどの水路に戻り道に出る。


遠くの方で、雷の音が聞こえたような気がした。少し空を見上げると濃い雨雲が風に流され離れていくところだった。


 水路を抜けると少し大きな林の中に出た、ガムシャラに進んだ先には神社があり、その周りに祠が立ち並んでいた。


 私は鳥居をくぐり神社の周りの建物を一つ一つ周りを見て回り、違う、違うとつぶやきながら一周する。自分のつぶやく声で、自分が探し物をしているのだと気が付いた。


 私は閑静な住宅街を進み少し大きな車の通りの多い道を突っ切る。見渡せば民家の屋根の向こうに緑が見え、その方向に走り出した。


 私は何かを探しているらしい、だがそれが何かはわからない、何処に行けばいいのか途方に暮れて暗い路地裏に入った、このあたりには古い武家屋敷や民家が多く道が入り組み迷路の様だ。


ただ気の進むまま歩き続けると、少し開けた広場があり、中央には砂利が敷き詰められ蛇口が並んでいた。その横にからのペットボトルやポリタンクを売る屋台があった。


 屋台は無人の様で、説明の看板には湧き水であると書かれ、水道水よりやや硬度が高いと書かれていた。


「甘い、美味しいな。」


 蛇口をひねり水をすくって水を飲む、私は無人の屋台に金銭を入れ大きめのペットボトルを取り水をくむ、少しこぼれた水に奇妙な色の蝶々が寄ってくる。


 山へと続く道を見つけ、水の入ったペットボトル片手に、草木をかき分け山道を登る。よく蛇を見かけた、足を進めた先にはやはりというか何というか、神社を見つけて木造の朱色の鳥居をくぐる。


 朱色の木の破片が頭に落ちてきた、私はその破片を酒の椀に変えハンカチでふき取りポケットに入れ、その神社に賽銭を投げ入れ参拝し山を出る。


  丘の上で目を覚ました、何やら建てられた木札の説明が目に入り、これが古墳なのだと知る。


その古墳は原型を留めておらず草木に覆われそれが人工物であった痕跡などは残っていないが、その説明を聞くとただの丘だと思っていたものが古墳にしか見えなくなってくる。


そのときぐらりと地面がゆれ、割れた地面に吸い込まれる様に潰れて消えた。


「ああここか、見つけたぞ、見つけたのだ。」


ドロリとした液体の様になったと今知った、ああここが入り口だ、潰れた私は液体として石々の隙間を流れ込み、降り注ぐ豪雨と雷鳴を背中に感じながらも流れる様に手を伸ばす。


黒鉄の門が開かれた、王居の墓が暴かれた、私は吸い込まれるよう大地に呑まれ、首桶と共に水流の中に溶けて消えた。


 何時からだろうか、四本足で大地を踏みしめていたのは、私は四本の足で山の中を駆ける、全身は毛におおわれ、人間ではありえない速度で駆けていた、私は自由に動く耳で周囲の音を聞き分け獲物を探し、木々の影で暗くなった森を夜目のきく目で見渡し、その髭で通り抜けられる木のスキマを判断し、柔らかな肉球で音を殺し、しなやかな筋肉で跳躍した。


 私は驚き飛び出した小動物を喰らっていた、私の意識は混濁し、獣の姿で獣を殺しその臓物を喰らうという不思で理不尽な現象に頭を傾げながらも、それを当たり前の行為として受け入れていた。


 奇妙な夢だと思っていた、リアルな夢だと楽しんですらいた、夢でないのなら耐えられないから。

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