二節 眼鏡の青年

 統一インフラぶらり旅、その最後の目的地は父方のじいちゃんばあちゃんの家であった。


 バスに揺られながら思い出す。


 一人で本を読んで楽しそうに過ごすような、いやかじりつく様なクラスに一人はいると言われる本の虫タイプの人間で、だいぶ静かな人間だった。


 小・中・高とあいも変わらず図書室を根城にしている私は、ついついあれは友人と呼んで良いのかと悩んでしまい、何を話せば良いのか考えてるうちに話す機会を逃してしまうような、やがて人と話すことすら諦めてしまうようなさみしい人間だったが、小学生の頃は案外尊敬の目で見られていたのだ。


 『怖い話を考えるのが得意だったんだ。』


 それはどこかで読んだ話だったり、新聞で見つけたニュースをホラー仕立てにしただけの、稚拙でできの悪い小話だったが相手は小学生、ホラーブームの後押しもありそれなりの人気者という地位を確立していた。


『これは僕の考えた話なんだけど……』


 全盛期はその一言でクラスの教室が一瞬で静かになる事もあった、当時は文化祭でナレーションをしたことも、出し物で落語の物マネじみた事をしたこともある。


『わざわざ怖い話なんて前置きをしてから話してた、何でだかな?そうそうじいちゃんの話を聞いてからそんな前置きを付ける様になったんだ。』


 押入れを漁り見つけたアルバムの中には、祖父の実家、親戚が一堂に会した写真があった。


『でもいきなり学校で怖い話をしていたわけじゃない、最初は家族、親戚、クラスの仲良しグループで、段々と認められてく感覚の虜になった。』


 周りの人の怖がる顔や、喜ぶ顔に触発されて、何よりチヤホヤされたくて怖い話を考えていた。


『でも子供だったから自分の話にビビっちゃって、作り話なのにね。』


 豊かな想像力が、寝る時の暗い天井が怖いような年頃が、自分の話が本当になってしまったのではないかと言う恐怖を生み出して、途中で一度話をするのをやめてしまった、父や母はブームが過ぎたのだろうと気にもとめなかったが、爺ちゃんが『もう怖い話しないのかい』と聞いて来たので、自分の話が本当になるんじゃないかと話した。


ほうかほうか、とやさしく聞きながら、じいちゃんはそう言う物だと教えてくれた。


「想像力がゆたかじゃのぉ、別にそれは間違っちゃおらん、だが……」


だからこそ、創作である事を強調するために、『これは僕の考えた話なんだけど……』そんな前置きを使い始めた。


『思い出して来た、あの学校で創作では無い話をしたのは二度だけ、そう二度だけ創作ではない話をしたんだ。』


 そっと、慎重に記憶を手繰り寄せる。


 中学に上がってからもたまに怖い話の披露はしていた。


 それは「コックリさん」が流行し、さらに占いが女子を中心に広まり、放課後は廃屋や墓地に行って肝試し、遅くまで校舎に残ったり、夜まで帰らない子が続出した。


 中学校時代のオカルトブーム、その一言で片づけていたが、悪影響が大きくなる前にこのブームを止めようとして、じいちゃんの話を言霊信仰に結び付けた一度目の創作では無い話をした。


 それは上手くいった、最初は「言葉で人が殺せるわけねーだろ!!」と笑い話で終わったが、そこに不安をあおる文章を流し込む。


「そうならないのは、みんな本気じゃないからさ、まあ、そういう考え方があるってこと。それでね、この気持ちって言うのは、自分のものじゃなくてもいいんだ。

他の人の気持ちでもいいんだよ。だから僕はわざわざ『僕が考えたんだけど』って最初に言うんだ。」


少し間をおいて話始める。


「僕が前話した人形の話し覚えている?あの話を聞いて皆はどう思った?」


見栄を張った言葉が返って来る。


「どうせ作り話だろ。」


 望む言葉が返って来た、それに合わせて雰囲気を纏わせた少し大きな声を出す。


「それさ、僕の言いたいのはそこなんだよね。もし『これは実際にあった話なんだけど』って言ったら、みんなはどう思う?」


 上手い事場の流れを掴めたと、今でも思う。


「きっと、『うちの人形は大丈夫かな』とか『うちに来たりしないよな』とか『捨てた人形が来たりして』とか、安になるんじゃないかな?だって、本当にあった話なんだもの。みんなの人形がそうならないって、断言できないよね。」


 内容は問いかけているのに、口調では断言する。


「ああ、人形の群れは作り話だから安心してよ。でもね、いまみんなが感じた不安な気持ち、これが思いとなって僕の話に力を与えちゃうんだ、僕のじいちゃんは言霊だって言ってた。

一人とか二人とか、ソレくらいだったらきっとたいしたことない。

でも、何十人とか何百人とか、本当に沢山の人が不安に思って『本当に起こるかもしれない』って考えたら、ソレが集まってすごく大きくて強い思いになるんだ。

自分が考えた程度で何が起こるって思うかもしれないけど、何十何千って人が同じ事を本気で考えたら、何か起こっても不思議じゃないそう思えて来るんだ。

その思いが、僕の怪談に引っ付いたらどうなるか分かる?」


 狂気を含ませて、まるで心の底からそれを望んでいるかのように話す。


「僕の話が本物になるんだ。『本当におきるかも』っていう思いが強ければ強いほど、より本物になるんだ。だから僕は、仕方ないけどそうならないように作り話しかしないんだよ。」


 怪談話を怖がれば怖がるほど実際に起こるんだよと、そう言ってやったんだ。

 多くの人が言霊信仰の真偽よりも『怖がるとマジで起きる』という話を恐れてくれた、少し残念だったけど、これを機に学校のホラーブームは完全に収束した。


 その後ホラーブームがぶり返すこともなく、クラスでたまに怪談を楽しむ程度で大きな問題もなく、せいぜい放課後に教室の片隅を占拠するくらいの、にぎあいで先生たちも大目に見てくれていた。


『もう一つは小学生の頃かな?』


 6年生だったか、小学生最後の夏休み、その終盤に体調を崩し2学期が始まっても1週間ぐらいは休んでいた。


「一人だけ夏休み延長してんじゃねーよ!」

「心配したぞ、良い身分だな。」

「大丈夫か?」


色々とみんなに言われ、当時の私は弱々しく笑っていたのを覚えている。


『あれは夏休み、私は井戸を、金属で出来た桶を見つけて、そうだ、あの井戸が悪夢の原因だ。』


井戸を見つけで桶を開けようとした、開かずに井戸のあった場所は思い出せずたどり着けない。


それから悪夢を見ていた、段々と井戸を探し見つけ近付く、それを悪魔だと思わなかった、非日常への入り口のように見えて、あるいは大切なお宝に見えて、どうにか金属の桶に近付こうと必死だった。


でも結局あの井戸にたどり着く前にここを引っ越した。


実際に見つけた桶は開かなかったのを覚えている。夢でもそれは変わらない、変わらないはずだ。


その日の夜私は悪夢を見た、私は井戸にたどり着きあの桶を見付ける。


何をしようとも開かなかったそれが、夢の中では簡単に開いた、桶の中からは一気に水が溢れ、中身をみる前に目を覚ました。


『今なら開く気がする。』

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