私が死ねば済む話

藍鼠

手を差し出した頃

第1話 子ども達が笑う日々

 

 数多の種族が混在する世界には、キノと呼ばれる種族が住まう国が幾つかある。


 キノは閃きと発明の種族。黄色がかった白い肌と二本の腕。二足歩行をして衣服や建築、日常的道具の発明や発見、命名などを得意とする者達である。


 彼らが築いた国の一つがここ、レットモル。


 キノの国の中でも貿易で安定した内政と経済を治めている場所である。


 レットモルを治めるのは巨大なカルデラを開拓し、他種族との貿易を成功させた血筋――キアローナ家。


 領地の北側にはレットモル初代国王が造った王宮がそびえ、キアローナ家が代々受け継いでいる。黒と赤で築き上げられた象徴は他国でも美しさを称賛される代物であり、国民なら誰しも入れる場所であった。


 その城の廊下を勢いよく駆け、一つの扉を開けた少年がいる。


 黒い髪に赤い瞳。幼い顔立ちは愛らしく、年齢特有の高い声が部屋に響いた。


「お姉ちゃん! サーカス! サーカス見に行こう!!」


「ロシュラニオン様、入室の際はノックを三回。お忘れですか?」


 満面の笑みの少年はレットモル第一王子――ロシュラニオン・キアローナ。


 部屋に突撃した彼を否めるのは王子達の教育係――ニア・サンライト。


 二人はレットモルの国民なら誰もが持っている黒髪と赤目であるが、机に向かう部屋の主は違う色を有していた。


 金髪に新緑の瞳。それは他国出身の王妃の色であり、ロシュラニオンが憧れる姉の色だ。


「ニア、もう終わった。ロシュとサーカス行っていい?」


 レットモル第一王女――ランスノーク・キアローナ。


 彼女は十二歳とは思えない穏やかな笑みで立ち上がり、課題をニアに提出した。


 ニアは丁寧な所作で課題を確認し、ランスノークに微笑んで見せる。それに王女は微笑み返し、自分の外套を抱えている弟を見るのだ。


 九歳のロシュラニオンは輝く瞳で姉を待ち、ランスノークは仕方がなさそうに笑ってしまう。


「はいはい、行こうねロシュ」


「うん!」


 ロシュラニオンから外套を受け取るランスノーク。支度を整え手を繋いだ姉弟は駆け出して、ニアは小さな背中に続いた。


 貿易で財を成しているレットモル、最大の貿易団。


 それは、南に建てられた赤いテントを拠点とするサーカス団である。


 レットモル出身の団長が他国を巡り、集めた団員で形成されたサーカス――イリスサーカス団。


 キノとは違う種族達が織りなす演目は各国で有名であり、ランスノークもロシュラニオンも魅了された者であった。


 大通りを駆けてサーカスに向かうキアローナ姉弟。ニアも小走りに二人を追い、道行く者達は微笑まし気に挨拶をしていた。


 ロシュラニオンは元気に、ランスノークは凛と挨拶をしてサーカスへと急いでいる。


 ――イリスサーカス団は他国を巡って交流を広げ、レットモルの貿易経路を増やす筆頭だ。


 新たな国を訪れれば今後の貿易相手として交渉をし、老舗の国では定期的に公演をして友好関係を築き続ける。


 レットモルに戻って来た赤テントの周りには来場者が密集しており、観光客も勿論混ざっていた。


 キアローナ姉弟も入場券を買う為に列に並び、ニアと共に順番を待つ。王族だろうと平民だろうと旅人だろうと、観劇においては誰も優遇しないのがイリスサーカス団の心情だ。


 ロシュラニオンは跳ねながら順番を待ち、ランスノークは朗らかに笑っている。小柄な弟は目を輝かせ、順番が来れば顔見知りの団員に挨拶をした。


「レキ! チケット三枚ください!」


「はい、ロシュとスノーと、ニアさんの分だね」


 暗い緑の髪に黄金色の瞳を持った団員――レキナリスが微笑んでチケットを渡していく。


 ニアは金貨を渡して会釈し、キアローナ姉弟は元気よく団員に手を振っていた。


「ありがとうレキ! 今日も楽しみにしてる!」


「ありがとうロシュ、はしゃぎすぎて椅子から落ちないでね」


 頬を染めて手を振り返したレキナリス。彼はランスノークと同年代であり、常連であるキアローナ姉弟とは確かに仲が良かったのだ。


 ロシュラニオンとランスノークは空いていた椅子に着き、ニアも直ぐ後ろに座る。


 薄暗い会場内に高揚しているロシュラニオンは、不意に落ちた照明に両手を握り締めた。頬は歓喜を我慢出来ずに上がり、王子は只の少年になる。


 始まったのは、色鮮やかな夢の時間。


 それにロシュラニオンは、目を輝かせずにはいられなかった。


 ――多くの種族の中で、最も無力と言われるのはキノである。


 水や植物を操ることは出来ず、体に唯一の特徴があるわけでも無い。岩を砕く筋力も無ければ一蹴りで千里を駆けることも出来ない。


 しかし、キノの閃きと発明は他種族に認められている。その証拠に、テントの組み立てもチケットの販売と言う規則も、建物や衣装の構造も、舞台を彩る照明器具を作り出したのもキノなのだ。


 それぞれの種族にある魅力的な特出事項。


 それを最大限発揮させるサーカス団は、ロシュラニオンにとって希望を運んでくる憧れだ。


 水で形成された体で虹を作るサーカスの花形。針金のように細い体でジャグリングを行う道化師。白く長い耳を震わせながら玉乗りを披露する少年。宙を舞うリングに、吐かれた炎が星屑に変わるイリュージョン。


 レキナリスは弟と共に登場すると、強固な糸をテント内に張り巡らせて幻想的なアートを作り上げた。


 ロシュラニオンは掌が痛くなるほど拍手を繰り返し、薄青に染まった照明に心臓を跳ねさせる。


 中央に現れたのは深い青の髪を結い、純白の衣装に身を包んだ踊り子。


 年頃はロシュラニオンと変わらない少女は美しく笑い、吊るされた何枚もの薄い布に掴まって舞いを披露した。


 布から布へ跳び移り、腕に絡めたそれを生き物のように舞わせ、時折青い花弁を客席へ振り撒く愛らしい踊り子。


 まだ幼い彼女は青い美しい目と髪を持つセレストと言う種族であり、キノに近しいものだと知られている。


「アス……」


 ロシュラニオンが無意識に零した愛称。


 舞台で踊り続ける少女は視線を走らせ、自分を凝視する少年を見つけた。


 布を飛び、揺らし、客席まで少女が迫る。


 彼女はロシュラニオンの目の前にくると、花が綻ぶように微笑んだ。


「やぁ、ラニ」


 ロシュラニオンの頭に降った青の花弁。


 反して少年の顔には熱が集中し、赤く色づいていくのだ。


 少女は反動で舞台に戻り、布を離すと同時に止まった音楽に合わせて客席に頭を下げる。


 優雅な舞いに魅了されていた観客達はワンテンポ遅れて拍手を送り、花や贈り物が舞台に向かって投げられた。


 それを嬉しそうに受け取る少女は愛嬌ある笑顔で手を振り、ショーは止まることなく進んでいくのだ。


 ロシュラニオンは花弁を握り締め、公演を最後まで見終わる。


 顔が火照っている彼を見た姉と執事は可笑しそうに肩を竦め、テントの出入り口へと歩き始めた。


 そこでは団員達が道を作り、熱気に浮かれた観客達が夢を持ったまま帰路につく手伝いをしている。


 握手をする者、差し入れを受け取る者、笑って感謝を述べる者。団員も観客も皆が顔を綻ばせており、テントの周辺は笑い声で溢れていた。


 ロシュラニオンは群衆の中で青色を探し、ランスノークは弟の手を引く。


「ロシュ、いたよ」


 微笑んだランスノークの先にいる、青い少女。


 踊り子は観客に感謝を述べており、ロシュラニオンを見ると顔をより一層明るく輝かせた。


「ラニ!」


「アス!」


 駆け出したロシュラニオンの手を握り、思い切り振る少女。


 イリスサーカス団の踊り子――アスライトは満面の笑みを浮かべ、耳を真っ赤にする少年に報告するのだ。


「今日もラニ見つけた!! 嬉しい嬉しいどうしよう嬉しい! ね! この後遊べる⁉ 遊ぼうラニ!!」


「ぅ、あ、あそ、遊べるッ!」


「やった!!」


 勢いよく跳ねるアスライト。それは足にバネでも入っているのではないかと錯覚する勢いであり、ロシュラニオンの体も若干浮いていた。


「お城に行くから待っててね!! 片付けしてお化粧落として直ぐに行く!! ね、ね、良いよね団長!」


「分かった分かった。遊んできてもいいが、はしゃぎすぎるなよ。あとまだ見送り中だ」


 隣で仕方がなさそうに微笑むキノ――ガラ・テンティアはイリスサーカス団の団長である。


 シルクハットがよく似合う彼は踊り子の頭を叩くように撫で、襟を掴んでいた。


「王子、暫しお待ちいただけますか?」


「うん。ごめんねアス、ガラさん」


「直ぐ行く! 片付け終わったら走っていく!」


「アスライト、跳ねるな」


 元気よく跳ねるアスライトの頭にガラは拳骨を落とす。


 頭を両手で押さえた少女は悶絶しており、ロシュラニオンは困惑気味に手をさ迷わせていた。


 アスライトは顔を上げ、眉を下げている少年を見る。


 少女は嬉々とした雰囲気で口角を上げ、ロシュラニオンも目元を染めて微笑んでいた。


 それから王女と王子は団員達に手を振って城へと戻り、執事も一礼して姉弟に着いていく。


 その後のアスライトは片付けに着替えにと駆け回り、団員達はその姿を笑っていた。


 宝石と謳われる青い髪を揺らし、青い瞳を輝かせる少女は、背中に羽根でも生えているような身軽さだ。


「アス、お城に行く? 僕達も行っていい?」


「リオ! レキ! 勿論勿論! 早く行こう直ぐに行こう!」


 床を滑りながら急停止したアスライト。彼女に声をかけたのはチケットを販売していたレキナリスと、弟のリオリスだ。


 兄弟は手を繋ぎ、城に向かって駆け出したアスライトに着いて行く。


 花形は「怪我だけはしないでよー!」と三人の背中に伝え、子ども達は空に響く声で返事をしていた。


 何をして遊ぼうかと笑いながら駆けている三人。その途中でレキナリスが咳き込み、アスライトとリオリスは走るのを一旦停止した。


「レキ兄、平気?」


「おぶろうか、レキ」


 眉を下げて困惑したリオリス。弟は兄の手を握り締め、アスライトは背中を摩った。


 咳き込みが止まったレキナリスは微笑んで、額に浮いた汗を拭っている。


「大丈夫、ごめんね。急に走りすぎたかも」


 レキナリスは深呼吸をして笑っている。


 リオリスとアスライトは顔を見合わせると、逸る気持ちを押さえて城へと向かった。


 手を繋いで正門をくぐり、警備騎士達に挨拶をして中庭を通った三人。


 そこにいた金髪と黒髪の姉弟を、団員達は見つけた。


「ラニ! スノー! 来たよー!」


「アス! レキとリオも来てくれたんだ!」


 顔を明るくして駆け出したロシュラニオン。


 アスライト達は王子と手を繋ぎ、四人で輪になってはしゃいでいた。


 ランスノークは彼らの姿に肩を竦めて微笑み、控えていたニアは王女を見下ろす。


「ランスノーク様は遊ばれないのですか?」


「行ってもいいの? きっとドレスを汚すけど」


「子は服を汚して遊ぶものだと、王と王妃はおっしゃられていましたので」


 ニアは穏やかに言い聞かせ、ランスノークは自分の姿を見下ろす。


「じゃ、汚してこよう」


 はにかんだ王女は少女となり、ロシュラニオン達の輪に駆け込んだ。


 レキナリスとアスライトは少女と手を繋ぐ。


 五人は嬉々として何をして遊ぼかと――まるで作戦会議でもするように話し合ったのだ。


 子ども達の様子を王と王妃は部屋の窓から見下ろし、慈しむ瞳で笑っている。


 城に響く無邪気な声は空の色が変わり始める時間まで続き、子ども達は疲れ果てるまで遊び回ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る