悩みの種

抜きあざらし

インターネットワナビマン

お題「拡散する種」


 発表されたお題を見て、平等院京間びょうどういんきょうま(PN)は頭を抱えた。

 この男は小説家志望だ。しかし自分から持ち込みなどはせず、受け身でスカウトを待ち続けている。PVを伸ばそうにも、コミュ障なので読み合いの類いに参加できず、おまけに流行を読むのも苦手。

 そんな彼にとって、このような短編企画は魅力的なものだった。四年に一度のチャンスと言える。

 情熱を燃やしF5連打。喜び勇んでお題を確認。数秒後、頭を抱えた。


 下ネタしか思い浮かばねえ。


 この男、頭の先から足の先までピンク色の血が流れていて、髪の一本一本にまで助平根性が満ち満ちている。故に種と聞いて真っ先に思い浮かぶものがアレだしそれが拡散するとなったらもう乱痴気騒ぎ以外にありえない。それじゃあ最高のお祭りだ。

 ネタ自体は無限に生まれる。しかしそのどれもがどぎつい下ネタで、とてもコンテストに出せるようなものではない。京間は悩んだ。

 思考をUターンさせ、深呼吸。

 一な感情を掃いて捨て、違う方向から考えよう。たとえばこの種を種子と定義する。人間の種子ではない。

 それが拡散する。たとえば、昔実家の庭で育てていたホウセンカのように。

 植物の奇妙な生体を目撃した幼子が、好奇心から学者を目指すまでのストーリーなんてどうだろうか。京間は検討した。検討した末に、没にした。

 自分で読みたいと思えなかったからだ。

 次。たねしゅと読んで、自然界に広がる種の進化を描いた一大スペクタクルストーリー。あるいは、とある生物が種の拡散のため新天地を求めるアニマル一代記というのもある。

 検討した結果、これも没になった。

 ネタが壮大すぎるのだ。四千文字以内でこれを描ききるだけの技量が京間にはない。そんな実力があればとっくのとうに商業デビューしているだろう。多分。

 それじゃあ、どうする。悩みすぎたので速筆部門は狙えない。試しに検索してみると、筆の早いライバル達がもう何本も仕上げている。参考がてら読んでみるか? いいや、そんなことしたら絶対に影響される。パクリはプライドが許さない。プライドが高いくせに自分を持たない京間は、常に無意識による模倣に怯えていた。

 スマホ片手にSNSを開く。拡散する種で検索。

 どいつもこいつもスケベじゃねえかよ! 下ネタしか思い浮かばねえ!

 インスピレーションを得られる投稿は見当たらなかった。そもそもピンポイントでこんなワードを投稿している人間が居たらそれは同業者に違いない。模倣を恐れているのにそこからインスピレーションを得ようと思ったのが間違いだった。

 ならば、どうする。ライバルも苦戦しているのは不幸中の幸いだが、だからといってこちらが楽になるわけではない。京間はまだ一文字も書いていないのだから。

 気を取り直してお題を再確認。見間違いや見落としは存在しない。なんど見返しても今回のお代は「拡散する種」だ。

 広告設定されているのか、はたまたユーザー数が多いのか、投稿のインプレッションがぐんぐんと伸びていく。人の目に触れれば触れるほどライバルは増えていく。ネット小説はスピードとタイミングの戦いだ。とにかく誰よりも早く、そのうえで最適のタイミングで投稿しなければ評価は伸びない。そもそも誰も読まないからだ。

 タイムリミットも刻一刻迫っている。この文字数なら苦労も少ないが、さりとて油断していると締め切りを過ぎるのが物書きというもの。善と筆は急げ。あとなんかパソコンの調子が悪い。ハードディスクがキリキリ言っている。

 なぜ自分がこうまで頭を悩ませなければならないのか。それはこのお代が存在するからだ。このお代そのものが、悩みの種となって京間を苦しめている。

 早く、何か面白いネタを考えなければ。短くまとまっていて、かつ読者を退屈させない革新的なアイディアを考えるんだ。

 考えている間にも、お代は拡散されていく。インターネットの海を越え、遠い遠い世界の果てまでどこまでも広がっていく。

 時間がない。考えろ。平等院京間一世一代の大立ち回りだ。

 待てど暮らせどアイディア様は降臨しない。これこそ産みの苦しみか。京間は唸った。もはやこれまでか――



 彼の悩みなど露知らず。

 悩みの種は、今も拡散され続けていた。

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