飛ばされた部隊-7

 ???年??月 ???


 「武器を捨てろ!捨てないかドイツ野郎!」

 「ヤンキーめ、来るなら来てみやがれ!」


 英語とドイツ語、二つの国が使う言語の罵声が聞こえてきたことで、輸送部隊指揮官のモリンズ大佐は目を覚ました。

 体中がひどく痛み、頭も重く起き上がるのも億劫になるが、どうにか上半身を起こして自身の体を確認する。

 あちこちに痛みを覚えていたのだが、どこも負傷している場所は無くモリンズは安堵する。


 周りを見渡すと、森の中にポッカリと開けた広場のようなところに味方の戦車隊や歩兵たちが散らばっていた。

 広場はキレイな円形をしていて、直径で二〇〇メートルはありそうだ。

 よく見ると味方に入り混じって、敵であるドイツ兵も存在していたが味方撃ちの危険が大きすぎるためか、お互いに銃口を向けあいつつも罵声を浴びせるだけで発砲はしていなかった。


 そしてもう一つモリンズが気付いたことがあった。今まで降っていた雪が一粒たりとも見当たらないのだ。

 体の震えが収まらなかった極寒のアルデンヌから、心地良い風が吹く春の陽気といったまでに気温が上昇していた。

 お陰で重ね着している防寒着のせいで、モリンズは若干暑さを覚えた。


 自分が置かれている状況も、周りの状況もいまいちよく分からないモリンズだったが、一触即発の危険な状況にあることだけは理解できた。

 モリンズは、身を低くして近場に停まっていたジープの陰に身を隠した。

 そして腰のホルスターから官給品の自動拳銃を取り出すと、セイフティを解除して初弾を装填した。


 ジープの陰から頭を少しだけ出して周りを確認していたときに、モリンズの隠れるジープに向かってにじり寄ってくる者がいた。

 それに気づいたモリンズは咄嗟に拳銃を向けたが、それは味方の歩兵だった。

 拳銃を向けられて歩兵は、慌てた素振りで手を振ってモリンズを制止した。


 味方と分かり安心したモリンズは、「早く来い」と手で合図して歩兵を呼び寄せる。

 伏せていた歩兵は、周囲を見回して敵がこちらを見ていないことが分かると、体勢を変えて中腰姿勢でモリンズの横に滑りこんだ。

 モリンズが滑りこんで来た歩兵を見ると、袖に縫い付けられている階級章からこの歩兵が伍長だということが分かった。


 「大佐、ご無事でしたか」


 まだ息の荒い伍長は、ジープの横腹に背中を預けM1小銃を肩に掛けたまま、モリンズに問いかける。

 

 「なんとか無事だ…。伍長、名前は?」

 「B中隊のサイラスです」

 「サイラス伍長、状況は?」

 

 一旦敵を見ることを止めたモリンズはサイラス伍長に向かって、現在の状況を尋ねる。「おおよそですが…」と前置きを入れてサイラス伍長は今までの事を話し出した。


 「あのとき、自分は雪崩に巻き込まれて意識を失いました。そのあと気づいたら森の中に倒れていて、周りに味方は見えませんでした。というより自分は敵のど真ん中で倒れていたので、敵に気づかれないように静かに逃げたんです」

 「敵の部隊はどの程度だ?」

 「しっかりと確認したわけではありませんが…おそらく国民擲弾兵とか言われるやつです。あとはタイガー戦車を数輌見かけました」


 国民擲弾兵師団は、第二次大戦末期に人的資源が枯渇し始めていたドイツが新たに作り出した歩兵師団である。

 東部戦線や西部戦線での主力部隊の損失を補うために考え出された編成で、終戦までに七八個師団が編成された。

 各師団ごとに編成はバラバラであり、損害を受けたり壊滅したりした師団を実質的に再編成したものがあったり、新編された師団もあった。

 

 各師団の兵員は、少年兵や老人、諸々の問題で兵役不適合とされた者、傷病兵、そしてもとは空軍や海軍所属の兵が多く所属していた。

 そのため国民擲弾兵師団の質は、正規の歩兵師団より明らかに装備、練度、士気の面で見劣りしていた。

 しかし度重なる激戦でドイツの人的資源は擦り減っていて、全戦域において早急な戦力の立て直しが求められていたので、質の問題は無視された。


 そして、多くの国民擲弾兵師団は欧州戦線の最終局面に投入された。

 ほとんどの擲弾兵師団は、戦闘訓練もままならないまま実戦に放り込まれたのだが、かつての正規歩兵師団が母体となった師団や、指揮官たちに恵まれた一部部隊は、戦略的に不利な状況を克服して連合軍やソ連軍相手に粘り強く戦い抜いた。


 そういった部隊が相手だと知り、モリンズは顔をしかめた。

 それを知ってか知らずか、サイラス伍長はモリンズに問いかける。


 「大佐、ここはいったいどこなんですか?」

 「分からん。俺も知りたいんだが…ここがアルデンヌじゃない事だけは確かだ」

 「自分たちは死んだんですか?」

 「……もし、もしここが天国なら…ドイツ軍がいてたまるか」


 サイラスの顔を見ることもなく、ジープの陰から敵を窺いながらぶっきらぼうにモリンズは問いに答えた。

 その時、聞きなれない戦車のエンジン音がモリンズたちの耳に入った。

 聞きなれたM4中戦車シャーマンM5軽戦車スチュアートのエンジン音ではなく、まるで獣の唸り声かのようなエンジン音が聞こえた。


 音の聞こえる方に恐る恐る視点を動かすと、こちらに向かってゆっくりと前進してくる八輌のタイガーⅠがいた。

 数多の連合軍戦車を屠った強敵であり、味方にとって災厄の種だ。

 その災厄のタイガー戦車が八輌、敵味方が入り乱れている森の広場に姿を現した。


 「クソったれ…敵さんは全員集合だな」


 戦車の頭数では味方が絶対的な有利を誇っているが、敵歩兵の中にはパンツァ―シュレックやパンツァーファウストを抱えた歩兵が何人もいた。

 どちらもM4中戦車の前面装甲を貫通し、戦車を鉄の塊へと変化させるには十分な威力を持つ携帯式の対戦車兵器だ。

 もし戦闘が始まってアレを使われたら、味方の戦車はたちまち撃破されるだろう。


 タイガーはお互いをカバーするような隊形で展開していているので、この状況で回り込むのも至難の業だ。

 しかしタイガーの八八ミリ砲は、こちらの戦車を遥か遠くから狙い撃ちして撃破するだけの威力を持っているはずなのに、わざわざ接近戦に持ち込もうとしているのがモリンズには分からなかった。

 やはり味方撃ちで無用な犠牲を出したくは無いのか、それとも別な理由からなのか…モリンズは考え込んでいた。


 膠着状態に陥ってから数分が経ったが、次第に敵味方が分かれて展開し始めていた。

 互いが互いを牽制しあいながら味方を引き連れて固まっていく様を見ていると、なぜだが演習を見ている気分にモリンズはなった。

 そして、お互い最後の分隊が広場に残るだけとなりジリジリと離れ始めた時だった。


 森の広場に巨大な影が映った。

 その影にモリンズは「味方の戦闘機か!」と喜びそうになったが、すぐにぬか喜びだと思い知らされた。


 その影を作った主は、ドスンと盛大に土煙を舞い上がらせて、広場の中心に降り立った。

 ちょうど最後の分隊がいた付近に降り立ったものを見て、その場にいた全員が唖然とした。


 ゆうに一〇メートルはあろうかという馬鹿でかい体は、全身が赤茶けた色をして大きな翼をはためかせていた。

 そして牙の生えた口からは、鼻息に混じって低い唸り声が聞こえていた。



 「GRUUUUUUUUUUUUUUU…」



 この日、米陸軍とドイツ国防陸軍は所在不明の場所で「ドラゴン」と遭遇した。

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