飛ばされた部隊-6

 一九四五年一月 ベルギー アルデンヌ地方


 話はここで欧州へと移り変わる。


 欧州戦線も先が見え始めていた一九四四年十二月、アドルフ・ヒトラー率いるドイツ軍は乾坤一擲けんこんいってきの大作戦を発動。

 その作戦をドイツ側は「ラインの守り作戦」と呼び、連合軍は「バルジの戦い」と呼んだ。


 ドイツ軍の編成間もない第六SS装甲軍と、歴戦ながら戦力が低下していた第五装甲軍が、雪深く悪天候の中ベルギーのアルデンヌ地方の森を突破進撃、この地で守備に就いていた米軍を主力とする連合軍部隊に襲い掛かった。


 米軍は、すでに弱体化したはずのドイツ軍の攻撃に激しく動揺したものの、一部の拠点で頑強に抵抗した。

 高級部隊長たちの死傷が相次ぎ、壊滅する部隊や丸ごと捕虜となる部隊、ドイツ軍に包囲される部隊といった厳しい状況の中で必死に戦い続けていた。


 その混乱に乗じたドイツ軍は快進撃を続けたが、それも見込んでいたより早く状態を立て直すことに成功した米軍の増援が来るまでの数日間だけだった。

 作戦序盤こそ善戦したドイツ軍だったが、作戦開始からわずか数日後には進行速度は著しく低下していた。


 そして作戦開始から約二週間が経過した一九四五年一月現在。

 ドイツ軍は燃料や弾薬、それに食料といった消耗品の枯渇という問題にさいなまれ、次々と敗走を重ねていた。

 対する連合軍は、年末に天候の回復したことや増援が駆け付けたことによって息を吹き返していた。


 「トーマス伍長、ドイツ軍はどこ行っちまったんですか?」

 「黙って前見てろ…。敵なんか出てこない方がいいだろ。永遠に雪の中にいてくれた方が好都合ってもんだ…」


 パラつく雪の中、森の中の道路を疾走するジープで兵士たちが話していた。

 ジープの後方には、M4中戦車シャーマンM5軽戦車スチュアートといった米軍の戦車部隊が隊列を組んで進んでいた。


 彼らは、一個戦車大隊と行動を共にする戦闘団を編成しアルデンヌ付近にある前進基地に向けて進軍していた。

 バルジの戦いも一段落して、上層部はドイツ本国に進撃するため戦力の事前集積を逐次開始していた。

 そのため戦闘団編成ながら工兵大隊や衛生大隊、野戦砲兵大隊も伴っての行軍だった。


 一個連隊を超える規模といっても差し支えないこの部隊を指揮するモリンズ大佐は、延々と続く長い車列の中程でジープの助手席の乗り寒さに震えながら、周辺を警戒していた。

 朝の出発時はあまり降っていなかった雪が、目的地に近づくにつれて徐々に強く吹雪に近い状況になってきているのを嘆く。

 正午ごろに目的地である前進基地に到着するはずだったが、すでに予定は遅れていた。


 「まったく、吹雪いてきやがった…。戦車だと視界が悪くなる一方だろうな」


 空に舞う雪を忌まわしそうに睨みつけながら、モリンズは戦車隊の心配をしていた。

 一個戦車大隊の七〇輌を超える戦車が、モリンズの乗るジープを挟んだ格好で進んでいた。


 「もうじき目的地です。ドイツ軍もいないはずです」

 「少尉は楽観的だな。所在不明の敵部隊もいるんだ。各車警戒を怠らせるな」

 

 モリンズはジープを運転する少尉をたしなめると、視線を上空に移す。

 上空は雪雲が黒く厚く立ち込めていて、そこから降ってくる雪は目に見えて増えてきている。

 ただでさえ雪で視界が悪いのだが、戦車の無限軌道キャタピラが巻き上げる雪煙で更に視界が効かなくなっている。

 こんなところを敵軍に攻撃されたらたちまち半数は撃破されてしまうだろう。


 今通っている道は、緩やかな丘に挟まれた谷間になっている部分で、道幅の狭さから左右に広がることが出来ずに戦闘団は一列縦隊で進むことを余儀なくされている。

 もし、先頭車輌が攻撃を受け擱座でもしたら途端に動けなくなってしまう。


 一応、ジープ二輌に分乗させた一個分隊を隊列から先行させて道路上に障害物がないか調べさせているが、モリンズは背筋がゾクリとする悪寒に襲われた。

 自分でも勘は鋭い方だと思っているモリンズは部隊を止めて大々的に偵察させようかと考えたが、師団から受けた前進命令もあり決めあぐねていた。

 その時、車載無線機に先行していた分隊から連絡が入った。


 『第一分隊より本隊へ、一キロ先に複数の倒木を確認。まだ新しい』

 『敵の妨害工作か?自力撤去は可能か?』

 『結構デカい木で…手持ちの装備では不可能』

 『分かった。周辺を警戒しながら待機せよ』

 『了解』


 モリンズも無線内容を聞いていたが、これが嫌な予感の正体か?と疑問を持ちながらも部隊を進め続けた。

 倒木の現場に到着したモリンズは状況を見て唸り声をあげた。

 どこから倒れてきたのか、見慣れない巨木が道路を塞いでいた。


 「軍曹、この辺りでは見かけない木の種類だな」

 「そのようです大佐。わざわざ別の所から引っ張って来たんでしょうか?」

 「分からん。だが障害物だという事に変わりはない…戦車を使え」

 「了解…。おい!戦車を前に出せ!」

 

 そこに横たわる木は巨大で、大人が三人いても手が回らないほど太い幹をしていた。

 モリンズは辺りの木々を見渡すが、どれもこれも二人いれば十分に手が届くほどの幹の太さしかなく、明らかに倒木だけが異質な存在だった。

 その不可思議な倒木を疑問に思いながらモリンズはジープに乗りこみ、M4中戦車が準備する様子を眺めていた。


 戦車の後部にワイヤーが取り付けられ、巨大な倒木にも二重にワイヤーが巻きつけられた。

 そして、M4中戦車のエンジンが力強く唸り倒木を路外へ引きずり出そうとしたときに、それは起こった。


 シュン!という音と共に倒木を引きずり出していた戦車の真横で爆発が起きたのだ。

 モリンズは一瞬何が起きたか分からなかったが、すぐに状況を理解した。

 戦車の下で爆発が起きたのなら対戦車地雷を踏んだことになるが、爆発は戦車の横で起きた。つまり敵兵が迫っているという事になる。


 『右側の森で何かが動いた!』


 ジープに積まれている無線機から声が聞こえた。声の主は自分たちの後ろにいたM5軽戦車の戦車長だった。

 その声を聴いた各将校や戦車長たちは、一斉に双眼鏡を取り出すと森の中を確認しだした。


 モリンズが森の中を双眼鏡で見ていると、視界に黒い影が映った。

 黒い影は人で、手には細長い筒を抱えており、丘の斜面を駆けのぼっていた。


 『榴弾を森に向けてぶちかませ!』


 モリンズは双眼鏡を下ろすと、無線機のマイクに向かって吼えた。

 その言葉を合図に各戦車は、ゆっくりと砲身を右に向けると次々と発砲を始めた。

 殷々たる砲声が辺り一面に反響し、発射の衝撃で戦車に付着していた雪はすべて吹き飛んだ。


 各戦車から発射された榴弾(中にはフレシェット弾を発射した車輌もあった)は、森の中で炸裂し一帯に破片をバラ撒いた。

 数発ずつ発砲した段階で「射撃中止」の命令がモリンズから掛かり、各車は発砲を止めた。


 トラックからは歩兵が降り立ち、各々が手近にある岩や木立に隠れて布陣した。

 あまりに遮蔽物が少なかったので戦車の陰に隠れて警戒する歩兵も多くいた。

 

 戦車が発砲を止めたことで静まり返る戦場、聞こえるのは風に揺れる木々の騒めきと吹雪の音だけだった。

 モリンズは兵を森の中に散開させて広く警戒しようと考え、再び双眼鏡を取り出して覗き込んだ時に仰天した。


 そこには、丘の斜面を転がるようにして駆け下りてくるドイツ兵が大勢いたのである。

 その中に連合軍戦車の天敵であるタイガー戦車も数輌混じっていた。


 「敵襲!タイガーも来てるぞ!対戦車戦闘を……ん?」


 モリンズは双眼鏡で敵を睨みつけながら叫んでいたが、不意に敵の動きがおかしいことに気が付いた。

 もし、我々を攻撃するはずなら火点であり虎の子であるタイガー戦車を不用意に敵の戦車部隊に突っ込ませるはずがない。

 いかに装甲の厚いタイガー戦車でも味方こちらの戦車の数を考えれば押し負けることは必定で、それならば射程外から攻撃し一方的な戦いをすることが出来たはずだ。


 つまり敵は我々を襲おうとしているのではなく、前進せざるを得ない状況に追い込まれたとみるのが自然だった。

 咄嗟にモリンズは迫りくる敵の後方に視線を移した。

 数台の戦車だけでは立ち昇らせることのできない巨大な雪煙が、一枚の壁のようにこちらに迫って来ていた。


 モリンズの顔色がどんどん青褪めていく。あれは雪崩だ…。


 「雪崩だーっ!車輌の陰に隠れろ!」

 「大佐、反対斜面からも雪崩が…!」

 「なんだと?!」


 反対斜面を警戒していた運転手の少尉が慌ててモリンズに報告する。

 モリンズは倒れそうになってしまった。

 狭い谷間で、両側から雪崩。生き残る術はほとんどないような状況だった。


 「全員、手近なものに掴まるんだ!」

 「大佐、敵が来ます!」

 「アイツらも雪崩から逃げることに精一杯だ。攻撃する余裕はない!」


 少尉とモリンズが話している間にも雪崩は、すぐ目の前といっていいほどに近づいていた。

 こちらに走って来ていたドイツ軍の姿は、既に雪煙の中に消えて見えなくなっている。

 何輌かの戦車は、雪崩に向けて正対する姿勢をとっていた。

 それがドイツ軍への警戒なのか、雪崩へ対抗する為なのかモリンズは考える余裕を失っていた。


 「来るぞーっ!!!」


 モリンズの叫びが一体どれほどの兵士に聞こえただろうか。

 その叫びを最後に、モリンズ大佐率いる米陸軍戦車大隊と護衛を含む輸送部隊は、その全てが雪崩に呑み込まれた。


 三日後、事態を把握した欧州派遣米軍は直ぐに増援部隊を欧州へ送り込んだ。

 ドイツ国防軍の陸軍総司令部は、手酷く損害を受けており戦力の増強もままならないまま、末期の戦闘に従事することとなった。

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