飛ばされた部隊-8

 雪深いアルデンヌの森で雪崩に見舞われた米陸軍の一個戦闘団は、ベルギーではない見慣れぬ場所で、敵であるドイツ国防軍と再び対峙した。

 しかし、戦闘が始まろうとした直前に、地球では人々の空想の中に生きる生物…ドラゴン…と遭遇してしまった。


 赤茶けた体をしたドラゴンは、着地すると二本の後ろ足で上体を起こした。

 二本足で立つと、M4中戦車シャーマンを三台ほど積み重ねたぐらいの背丈がある。


 その巨大さで見る者を圧倒し、人間が名実ともに矮小な存在であるという事を否が応でも認めさせられるほどだ。

 そしてドラゴンは、自分の真下に居た人間たちに視線を向けると、牙の生えた口を開いて金切り声を上げた。



 「GIYAAAAAAAAAA!!!」



 数秒にも満たない咆哮だったが、聞いたものを委縮させるには十分な声量だった。

 その場にいたほとんど全員が、石にされたかのように動けなかった。

 ましてや直下にいたアメリカとドイツの各一個分隊は、数名が金切り声に耐えられなかったのか、自らの頭を押さえてのたうち回っていた。


 咆哮を止めたドラゴンは、片足をゆっくりと持ち上げると、のたうち回る米兵を踏みつぶそうと足を下ろし始めた。

 鋭い爪の伸びる足が歩兵の上にのしかかろうとした瞬間、一発の銃声が響いた。


 ドラゴンの足の裏目掛けて放たれた銃弾は、のたうち回るドイツ兵が苦し紛れに発砲した拳銃だった。

 その銃声で、のたうち回っていた米独の兵士たちは我に返り、手にしている小銃や短機関銃をドラゴン目掛けて乱射し始めた。

 未だに地面を転がる兵士もいたが、気絶する米兵をドイツ兵が引きずり、怯えて歩けないドイツ兵には米兵が肩を貸しながらドラゴンから遠ざかろうとしていた。


 最期を迎えるはずだった奴らが攻撃を仕掛けてきたことに驚いたのか、それとも遊びたくなってしまったのか、ドラゴンは静かに足を戻すと動き出した足下の兵士たちを追いかけ始めた。

 兵士たちは、銃をドラゴン目掛けて乱射しながら逃げまどっていた。

 

 「早く準備しろ!味方が殺されるぞ!!」


 逃げまどう兵士たちを援護するべく、モリンズ大佐は配下の部隊に命令して、戦闘準備を急がせた。

 ちょうど対面に位置するドイツ軍も戦闘準備に入っている。


 「大佐、戦闘準備整いました。というかあれは何なんですか!!」

 「知らん!ドイツの新兵器じゃないか?!とにかくあの鳥の化け物を撃つんだ!全ての火力で相手しろ!」

 「しかし、ドイツ軍も戦闘準備に入っていますが…」

 「今はどうでもいいっ!!援護射撃カバーリング・ファイア!!!」


 モリンズの号令一下、米軍は手持ちの火力全てをドラゴンに向けて撃ち込んだ。

 戦車砲、重機関銃、軽機関銃、小銃に短機関銃…ありとあらゆる火器がドラゴン目掛けて火を噴いていた。

 これには流石のドラゴンもたじろいで、一瞬立ち止まってしまった。


 「動きが止まった…撃ち続けろ!」

 

 更なる号令をかけて、米軍の弾幕は更なる激しさを増す。

 その間に追い回されていた米独の二個分隊は、やっとの思いでドイツ軍の布陣する場所に逃げ込んでいた。


 立ち止まったドラゴンはというと、大きな体を丸めて襲い掛かる砲弾や銃弾の雨から防御していた。

 体を丸めると硬さが増すのか、いままでドラゴンにキズを生み出していたM4中戦車の七六ミリ砲も通らなくなっていた。


 「撃ち方止めシース・ファイア


 モリンズが発した言葉が、各員によって復唱され米軍の弾幕が止んだ。

 奇妙な静寂さが辺りを支配して、聞こえてくるのは木々の間を時折駆け抜ける風の音だけだった。

 ドラゴンは未だに体を丸めたまま、身動ぎ一つしていなかった。


 「大佐…どうします?」

 「どうするもこうするも…俺にもわからん」


 ジープの陰でM1小銃をドラゴンに向けたまま、サイラス伍長が問いかけてくる。

 その問いに、額にかいた冷や汗を袖で拭いながらモリンズは答えた。

 その時、ドラゴンがゆっくりと体を広げていくのがモリンズの目に入った。


 「大佐、動いてます」

 「分かってる…各員射撃用意」


 モリンズからの手信号ハンドシグナルで、静かに武器を準備をする米軍一同。

 モリンズも撃ちまくって空になった拳銃に新たな弾倉を差し込むと、装填して構えた。


 やっと巨大な体を広げ終えたドラゴンは、なぜか淡く光っているようにも見えた。

 そして砲弾や銃弾が命中して煤けていた体には一片の汚れも見られなかった。


 「嘘だろ…やっこさんどうやった?」


 目の前で見せられた超常現象ともいえるドラゴンの行為に呆然とするモリンズだったが、次の瞬間には更なる超常現象を目撃することになる。

 ドラゴンは、大きな口を開くと米軍目掛けて炎の塊を吐き出してきたのだ。

 炎の塊が地面に当たって爆発音がすると同時に、着弾地点にいた兵士数名が、風に舞う木の葉のように数メートル吹き飛ばされて地面に激突した。


 それを見た米軍は、モリンズが号令を掛ける前に再び猛烈な射撃をドラゴンに向けて繰り出した。

 いつの間にかトラックに積んであった輸送物資である迫撃砲まで設置して、ドラゴンの立っている一帯を吹き飛ばさんばかりの勢いで砲弾を発射していた。


 ドラゴンの顔は米軍を正面にとらえており、後ろのドイツ軍には興味の一欠けらすら抱いていない様子だ。

 しかし、それはドラゴンの大きな間違いだった。


 突如として、ドラゴンの後頭部に大きな爆炎が上がった。

 前を見据えていたドラゴンも予想外の一撃に、思わず前につんのめった。

 更に背中側からの攻撃が集中し、ドラゴンは前後からの激しい攻撃に全く身動きが出来なくなった、


 ドラゴンが背中に喰らったのは、ドイツ軍が連合軍を震え上がらせた戦車…タイガー戦車の八八ミリ戦車砲だった。

 それに追随して発射されるのは、命中すれば重戦車の装甲さえ貫通する対戦車ロケット弾のパンツァーファウストやパンツァ―シュレックだった。


 タイガー戦車の積む主砲は、八八ミリ高射砲を改設計して戦車砲に仕立てたもので、元々の設計の優秀さから終戦まで連合軍に恐れられた主砲として君臨していた。

 被帽徹甲弾を使用した場合、西部戦線で米軍主力戦車であるM4中戦車の装甲を一六〇〇メートルの彼方から貫通する威力を持っていた。

 反対にM4中戦車は、零距離射撃でもタイガー戦車の正面装甲を貫けず、側面装甲も三〇〇メートル以内でないと貫通することが出来なかった。

 西部戦線でタイガー戦車と対等に渡り合える戦車は、末期に配備されたシャーマンファイアフライの一七ポンド砲まで待つしかなかった。


 またドイツ軍歩兵が手にするパンツァーファウストやパンツァ―シュレックは、目標至近まで(約一〇〇~一五〇メートル)接近しないと命中が期待できないが、その分命中した時の威力はお釣りがくるほどで、弾薬にロケット弾を用いるパンツァーシュレックは命中角度にもよるが一六〇~二三〇ミリの装甲を貫通した。


 パンツァーファウストは、ある種の無反動砲と言っても差し支えなく、使い捨て式の発射筒を用い、弾頭には成形炸薬弾等を使用した。

 命中精度が悪いことが難点だったが、複数発を同時に発射したり、至近距離まで目標に接近する事で補っていた。

 貫通能力は二〇〇ミリに達し、当時の連合軍の主力戦車全てを鉄屑に変えることが出来るという恐ろしい威力を持っていた。


 そんなドイツ軍の誇る三種類の対戦車兵器が、ドラゴンの背後から牙をむいて襲い掛かったのだ。

 背中側の鱗がボロボロと剥がれ落ち、血がにじみ出していた。先程の威勢の良かった叫び声と異なる苦悶の叫びをドラゴンがあげていた。

 そんなことお構いなしに、持てる火力を全てドラゴンに叩き込む両軍だったが、ついに決着が着いた。


 さすがにドラゴンの硬い鱗でも度重なるダメージに回復が追い付かず、悲鳴に近い叫び声をあげると翼を広げて天に羽ばたいた。

 空中に停止し、恨めしそうに両軍を睨みつけるとそのまま空高く舞い上がり、姿を消した。

 両軍は、大きな脅威が去ったことで自然に射撃を止めた。





 次の瞬間、両陣営から歓声が上がった。

 生き残ったこと感謝を神に祈る兵隊もいれば、座り込んで一服する兵士たちもいた。

 モリンズも腰のホルスターに拳銃を戻すと、ふぅと一息ついた。

 ずっと横にいてM1小銃を撃ち続けていたサイラス伍長も、モリンズの横に座ると胸ポケットから煙草を取り出した。 


 「大佐…一本どうですか?」

 「あぁ、貰おう」


 サイラスは、よれよれになった包み紙から煙草を二本取り出すと一本をモリンズへと差し出した。

 モリンズが差し出された煙草を咥えると、ジッポーでお互いの煙草に火を点けて一息ついた。

 

 「大佐も吸われたんですね」

 「差し出しといて今更言う事じゃないな…普段は紙巻煙草は吸わないんだがな」


 そういってモリンズは懐に手を入れると大事そうに包装された包みを取り出した。

 サイラスはそれを見て合点がいった。


 「なるほど。普段はパイプでしたか」

 「慣れるといいぞ?香りも良いしな」

 「自分はこっちで大丈夫です」


 サイラスが指に挟んだ吸いかけの煙草をモリンズに見せたところで二人も笑い出してしまった。

 激しい戦闘が終わって、それだけ気が緩んでいたのだ。

 だが、モリンズは気づいてしまった。森の広場に歩み出てくるドイツ軍の一団が居ることに。




 「アメリカ軍の諸君!諸君らの指揮官と話がしたい!指揮官は出てきてくれないか!」




 流暢な英語で、広場に出てきたドイツ兵はそう叫んだ。

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