飛ばされた部隊-4

 大波を喰らって転覆したはずの輸送船の中で澤村は目を覚ました。

 昨晩は大きく揺れる船内で、一緒の部屋に居た他の将校たちと部屋中を転げまわっていたが、大きく横に傾いたときに意識を失ってしまった。


 澤村が起きた時、部屋にいる他の将校たちは床に倒れこみピクリとも動かなかった。

 息が無いのかと心配して確認してみたが、ただ気絶しているだけと分かり胸を撫で下ろした。


 「おい、起きろ。…ほら!大丈夫か?」


 澤村は倒れている将校たちを揺すって起こし始めた。

 少しするとみんな起き出してきたので、起きた者に場を任せて澤村は甲板へ向かった。

 甲板に向かう船内の廊下や船室といった至る所で、他の中隊の将兵や船の乗組員が倒れていたが、全員気絶しているだけと分かり甲板へと急いだ。


 昨夕に煙草を吸いに出た所の扉を開けて外に出た澤村は、輝く太陽に一瞬目が眩んだ。

 太陽はすでに真上まで昇っていたので、時間は正午ごろだというのが分かったが、あまりに時間がたちすぎている。

 確か、大波が来たのが昨夜の八時から九時の間…計算すると十二時間以上は気を失っていたことになる。


 海上を見渡すと、他の輸送船や護衛艦艇が同じように海上に漂っている。

 持っていた双眼鏡で他の船を見てみるが、甲板には誰もおらず、船橋内も人が動いている気配はなかった。


 双眼鏡をしまった澤村は、急いで船橋へと向かった。

 外から船橋へと直接通じているラッタルを駆け上がり、船橋へ飛び込んだ澤村は気絶している船長以下数名の乗組員を見つけた。


 「どうなってるんだ…?船長、船長!」


 他にやったように船長も揺すって起こすと、まだはっきりと意識を取り戻せないのか、ゆるゆると船長は立ち上がった。

 頭を片手で押さえながら立ち上がる船長に、澤村が声を掛ける。


 「船長、第八中隊の澤村中尉です。昨晩は何があったんですか?」

 「分からない…。火山噴火の通報があってから一瞬で意識を失ってしまった…」


 未だ夢現ゆめうつつといった状況の船長の肩に寄り添いながら澤村が諭す。


 「そうですか…。とりあえず他艦に交信しましょう。船長は交信をお願いします。私はここで気絶している乗組員を起こします」

 「あぁ、頼みましたよ中尉殿」


 船長は澤村に頼んだ後、フラフラとよろけながら無線室まで歩き出した。

 澤村は、倒れている乗組員に二、三度軽く平手打ちして目を覚まさせていた。

 起こしている乗組員の中に、当直だったのか海軍少尉が倒れていたことで状況を聞き出せた。


 曰く「冬月からの無線で海底火山が噴火したことを知った。増速しようとした時に直下で噴火したらしい」と海軍少尉は教えてくれた。

 少尉から話を聞いている時に無線室に向かった船長が、幾分かはっきりとした歩調で船橋に入ってきた。


 「中尉…。他艦からの応答がない。どうやら我々が一番先に目覚めたらしい」

 「話は少尉から聞きました。噴火に巻き込まれたと…」

 「あぁ、私も段々と思い出してきたよ。ここは天国なのかもしれないな…」


 外を眺めながらボソリと呟く船長だったが、澤村は「それは違う」と言い放った。

 船橋内にいた誰もが澤村の顔を見つめる。


 「我々が死んだのであれば、何も感じません。だが…」

 「だが…?」

 「とりあえず私は腹が減りました。天国だったら空腹なんか感じないはずです」


 自信気にそう言い放つ澤村を見つめる乗組員たちは、お互いの顔を見合わせて笑い出した。

 落胆とも緊迫とも言えた雰囲気の船橋だったが、これで一同は落ち着きを取り戻すことが出来た。

 豪快に笑っていた船長は、澤村中尉に向き直ると肩を叩いた。


 「いやいや、中尉殿の洞察力には敵いませんね」

 「落ち着かれたようで何よりです」

 「ありがとうございました。…そこで折り入って頼みがあるのですが」


 船長は澤村に、船団の指揮官が乗っている長門に行ってほしいと頼んで来た。

 この船以外に起きている者がいないのならば、とりあえずは指揮官を起こしてもらってほしいというのだ。

 

 「しかし、私は一介の将校に過ぎません。船長が行くのが筋では?」

 「私は雇われ軍属ですので…。それにこの船の状態も調べなくてはいけません。搭乗されている他の高級将校の皆さんには、私から直接お話しておきます」


 そう言って頭を下げられては澤村も「わかりました」と言うほかなかった。

 とりあえず、先ほど詳しいことを話してくれた海軍少尉と二人で長門へ向かうこととなった。

 起きてきた他の乗組員たちは、乗っている陸兵や船の状態を調べるために分散して持ち場へ向かった。


 輸送船に搭載してあった小発をクレーンで海面に降ろしていると、澤村と海軍少尉それに起きてきた陸軍一個分隊が舷側に集まった。

 一個分隊を指揮するのは勿論澤村中尉であり、さっき叩き起こした真田軍曹が副官としてついてきた。

 小発の準備に手間取ったこともあり、大隊長や連隊長たちが先に起きてしまい澤村が状況説明するとともに長門に行くことの許可を得た。

 連隊長たちもいまいち自分たちが置かれている状況が分からなかったのである。


 やっと小発の準備が整い、澤村中尉以下一個分隊の人員が縄梯子を使って小発に移乗した。

 そして小発はゆっくりと長門へ向けて進みだした。

 戦艦長門は船団後方に位置しており、澤村たちの乗る輸送船からは一キロほど離れて漂っていた。


 「中尉…平手打ちはもう少し優しくお願いします」


 起こされるときに澤村から平手打ちされた右の頬をさすりながら真田軍曹が澤村を茶化す。

 

 「お前がイビキを掻いて寝ていたからな。少し腹が立ったんだ」


 冗談には冗談で返すのが澤村だった。

 その様子に同じく乗込んでいる一個分隊も苦笑いで二人を見ていた。


 そして数分後、船団最後尾で単艦で漂っていた長門の近くまでたどり着いた一行だったが、大きな問題に直面した。

 普通、船舶が停泊している時には諸々の移動の関係で舷側のラッタルが下りているはずなのだが、今回の事態は航行中に発生した。

 つまりラッタルは上にあげられており、それを降ろすための人員も起きていないのでラッタルは降ろせるはずがなかった。


 「真田…お前、ちょっと鉄板登って来いよ」

 「無茶言わんでください中尉…」


 キチンと折りたたんで格納してあるラッタルを見上げながら恨めしそうに二人は呟く。

 他の分隊員達もどうしたものかと同じくラッタルを見上げていた。

 その時、ふと澤村が小発の後方を見つめた。それにつられて小発に乗り込む全員が後方を見つめた。


 そこには黒光りする機銃が一丁鎮座していた。口径七.七ミリの九二式重機関銃だ。

 日中戦争から終戦まで全戦線において使用された日本軍の主力機関銃で、命中精度が高いことで知られており太平洋戦域で対峙した連合国軍将兵を恐れさせた。

 

 「真田ぁ…ラッタルを固定してる金具撃って壊せるか?」

 「本気ですか?」

 「緊急事態だ。やるしかない」


 澤村にそういわれた真田は後方の機銃座に取りついて保弾板をセットすると、ラッタル上部のウインチに照準を合わせた。

 いくら波が穏やかとはいえ揺れる海上での射撃だ。

 真田は慎重に照準をラッタルに合わせると、押し金を押し込んだ。


 弾薬が少なくなるにつれて徐々に早くなる特徴的な発射音が続き、保弾板の上に並べられた一連三〇発の弾薬が次々と発射され、空薬莢が勢いよく排莢口から飛び出して海へと消えていく。

 万が一の跳弾対策のために、狭い小発内で這いつくばるようにして伏せていた澤村が、頭を持ち上げて視線を上に動かす。


 バシバシという命中の音が聞こえ、着弾を示す火花も散っているが、それも数発に一発の事。

 いくら命中精度の高い九二式重機関銃といえど、揺れる海の上では著しく命中精度は落ちるようだった。

 そうして数秒後、一連三〇発を撃ち終えた。ラッタルは相変わらず上部に格納されたままだった。


 「中尉…ダメです」

 「見て分かる。お前はよくやったよ」


 二人は再び見上げながらつぶやくが、まさに八方塞がりの状況だった。

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