飛ばされた部隊-3

 その日の夕方、船団は再び硫黄島目掛けて南下を始めた。船団の最前列は重巡の利根が務めていた。

 船団の中程には輸送船がまとまって航行し、少し離れた後ろに戦艦と空母が控えていた。

 二隻の駆逐艦は敵潜水艦を警戒するため、船団の周りをグルグルと周回しながら


 鈍足の輸送船に速度を合わせているため、船団は十二ノットの低速で南下を続けていた。

 そして、数時間後に事件は起こった。

 それは対潜警戒に当たっていた駆逐艦冬月からの発行信号に端を発する。

 

 『海中二異音アリ。潜水艦二非ズ』


 その信号は各艦から中継され、船団全体に信号が伝わったところで冬月から追加の信号が来た。


 『異音ハ海底ヨリ。海底火山噴火ノ兆候アリ』


 冬月から追加信号を受け取った各艦の艦橋職員は、誰が見ても分かるように狼狽しだした。

 その中でも船団の先頭を行く重巡利根の艦橋では、航海士が海図を睨みつけるようにして確認していた。

 折からの低気圧で空は一面の雨模様で、月すら見えない暗夜だったため天測が出来なかった。

 

 利根の航海士がこれまでの針路と速度から割り出した結果、船団の現在位置は須美寿すみす島の北方であると推測された。

 この海域は昔から漁師たちに好漁場として知られているが、同時に海底火山があることが知られている。

 つまり海底には確かに火山があり、異音を捉えたという事は間違いなく火山に何らかの兆候があるという事を知らせていた。


 「全艦に対し増速を命ぜよ。一刻も早くこの海域から離脱するんだ」


 船団最後尾に居た戦艦長門の艦長、渋谷大佐は、言い知れぬ恐怖を感じたが、それ押し殺して命令を発した。

 その命令を聞いた副長が艦長席に座る渋谷に進言する。

 

 「しかし、悪天候で輸送船の速度が今以上には出せません」

 「構わん。一ノットでも増速させろ!」


 長門から発光信号が発せられ、嵐のなか船団は増速で離脱を図った。

 しかし護衛の軍艦は直ぐに増速出来たが、輸送船は遅々として増速しなかった。

 俊敏な機動を求められる軍艦と、経済性を優先とする商船のエンジンの機械的構造の差であり仕方ない事であった。


 だが、今回に関してはその増速の遅さが致命的となった。

 今度は発光信号ではなく、無線電話により全艦に冬月から連絡が入った。

 

 『直下より轟音!火山噴火と思われる!』


 通信が入って数秒後、船団中央部で異変が生じた。

 海が大きく盛り上がると、ドーンという轟音と共に弾けた。

 海底火山が大噴火を起こし、水蒸気爆発を起こしたことが分かった。


 一発目の爆発で、直撃を喰らった輸送船数隻が波に呑まれて消えていった。

 直撃を喰らわなかった他の船には大波が前後左右から押し寄せてくる。


 「速度宜候ようそろ、面舵三度!艦を波に立てろ!」


 長門艦長の渋谷は、船団の後方にいたが僅か一キロ先に巨大な波がそそり立つのを見た。

 その巨大な波は形を崩すとともに、付近に居た艦を次々と呑み込み始めた。

 横波をまともに喰らって二隻の駆逐艦は既に姿を消していた。


 「艦長、前方に居た船団の姿が見えません!」


 副長が悲鳴にも似た声で叫んでくる。

 

 「他の船の事を考えるな!本艦を…長門を生きながらえさせることを考えろ!」


 その声に渋谷からの檄が飛ぶ。

 傍から見れば非情に見えるが、生存者を探すためにも生き残る艦が居なければいけないのである。

 数分後、何とか大波を凌いだ長門艦橋では皆一様に安堵の表情を浮かべていた。


 「生き残った艦に通信を…」

 「酒匂から無線!"ワレ、二回目ノ噴火ヲ確認。警戒セヨ"」

 

 長門艦長の渋谷が生存艦に通信しようとした矢先、生き残っていた軽巡の酒匂から無線連絡が入った。

 酒匂は長門の右前方に占位しており、ギリギリのところで横波を耐えきった後、水中聴音を実施していたのだった。

 その酒匂から悲劇的な内容の通信が入り、さすがの渋谷も表情を崩した。

 

 「最大戦速!後続の天城と隼鷹に無線を!」

 「艦長、来ます!」


 渋谷が海域から離脱を命令しようとしたとき、海底から二度目の噴火が生き残った艦を襲った。

 一度目の噴火より大規模だった二度目の噴火は、さらに広範囲に渡り海水を沸騰させ、水蒸気を発生させた。

 途端に木の葉が舞うように、三万トンを超える長門の巨体が浮き上がった。


 渋谷以下、長門乗組員一千三百名余は意識を深い闇の中に落としていった。

 

 海底火山によって引き起こされた水蒸気爆発が収まった海上は、ただ一隻の艦もおらず、低気圧の嵐が吹き荒れるだけだった。





 翌朝、昨晩までの嵐が嘘のように晴れ渡った現場海域に、横浜海軍航空隊の二式大艇が飛来した。

 昨夜の船団内で交わされた無線は、八丈島を中継して横須賀鎮守府でも傍受されており、天候の回復を待って直ちに二式大艇に発進が命ぜられた。


 しかし、飛来した二式大艇は一人の漂流者、一欠片の浮遊物すら発見できずに帰還を余儀なくされた。

 燃料が続く限り、捜索範囲を広げてみたが何一つとして見つからなかったのである。


 "輸送船団ヲ捜索セルモ、発見ニ至ラズ。漂流者、浮遊物等モ無シ。火山噴火ニヨッテ船団ハ消失セリ"


 捜索に当たった二式大艇の機長が、帰還後に提出した報告書には、このように書かれていた。


 ここに日本側は史実とは異なる歴史を歩むことになるが、それはまた別の話。

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