第三章 第五話「剱さんはひょっとして?」

 剱さんのことを考えるとモヤモヤするけど、 今はそんなことを考えている場合じゃない。

 今はとにかく、キャンプの準備を進めなくてはいけない!

 時計を見ると、もう二〇分も経過してしまっていた。


 ほたか先輩はというと、一生懸命にザックに荷物を詰めている。

 ザックは四つもあるので、一人だと大変そうだ。


「ほたか先輩、手伝います! これを入れればいいんでしょうか?」

「あわわわわ……。ましろちゃん、待って! どれに何を入れたのか分からなくなっちゃう!」

「あぅぅ、すみません」

「ご、ごめんね。怒るつもりはなかったんだけど……。いつもは計画書に荷物の分担表を書くから混乱しないんだけどね、準備ができてないから大変で……」


 ほたか先輩は本当に余裕がなさそうで、必死すぎてまわりが見えなくなっているようだ。

 作業がかぶらないようにしようと考えた時、千景さんが「テントの点検」と言っていたことを思い出した。


「じゃあテントを……。……。あの、点検って、何をするんでしょう?」


 しかしその質問も先輩に余計な負荷をかけてしまったようで、ほたか先輩の目はぐるぐると回り始めてしまった。


「えっと、えっと……。補修とペグの数確認、ポールとロープの確認……あとはえっと……。うう、ダメだぁ。お姉さんが全部やるから、ましろちゃんは気にしなくていいよ……」

「あぅぅ……」


 その時、ほたか先輩がぽんと手を叩いた。


「あ、そうだ! 献立を考えるのってどうかな? 当日の夕ご飯と、次の日の朝とお昼の三食。食べるものが決まれば、食材の買い物は明日でもできるし……」

「わ、わかりました! じゃあ、ひとまず皆の食べたいものを聞いてきますね!」

「お姉さんの希望は最後でいいからね! 本当に決まらなかったら提案するぐらいでいいから!」


 そう叫びながら、ほたか先輩はテントと思わしき大きな袋を担いで、部室を出て行ってしまった。



 ポツンとひとり残されてしまったけど、役目が一つできた。

 献立を決めるために千景さんたちにインタビューだ。

 私はメモ帳を片手に、ふたりに駆け寄った。


「あのぅ……。キャンプで食べたいものってありますか?」


 邪魔しないようにタイミングを見計らって質問すると、二人はほぼ同時に答えた。


「肉!」

「牛乳系で……何か」


 それぞれ、わかりやすいほどにその人らしい回答だった。

 具体的なメニューではないけど、何かのヒントになりそうだ。

 そう思ってメモ帳に書き記そうとした時、剱さんが「待った」と叫んだ。


「やっぱアタシも牛乳系がいいっす!」

「え……でもお肉ってさっき……」

「言ってない! 牛乳最高! 骨も丈夫になるしさ」


 ……また、あからさまな嘘を。

 私がジト目で剱さんを見つめていると、なぜか彼女は目をそらす。

 千景さんはそんな剱さんの不自然さに気付いているのか分からないほど平静なままだ。


「美嶺さんも……牛乳、好き?」

「え、ええ。まあ……」

「ボクも」


 そう言って、剱さんに向かってにっこりと笑顔を送った。


 千景さんの笑顔がもらえるとは、なんかうらやましい……。

 ひょっとして、それが目当てで意見を変えたのだろうか。

 なんか心の奥がモヤっとした気分になったが、とりあえず今の自分の役割を忘れるわけにはいかない。


 牛乳系……。

 シチューしか思いつかない……。

 小桃ちゃんがいれば色々と言ってくれそうだけど……。


 モヤモヤした頭で考えても、あまり面白いアイデアは浮かばなかった。


「あの、千景さん。普通にシチューでいいですか?」

「……シチュー、好き」


 そう言って、にっこりと笑ってくれる。

 すると剱さんが二人の間に割って入ってきた。


「こら。伊吹さんは忙しいんだ。邪魔すんな」


 そして私を追い払うしぐさをする。

 希望も聞けたので、私はこの場を離れるしかなかった。



 シチューのレシピをスマホで確認しながら買い物リストをまとめていくが、さっきまでのやり取りが気になって仕方がない。


 う~~。なんなのかな?

 私が千景さんと仲良くするのを邪魔してる感じがする。

 そう言えば昨日までの部活では、こんな感じはなかった。


 昨日までと違うことと言えば、一つしかない。

 私が千景さんと友達になったこと。

 そういえば剱さん、私と千景さんが手を握っているのを見てうろたえていた。

 絶対にお肉が好きなのに、千景さんに合わせるように「牛乳」って言い出すし。


 その時、とあるヒラメキが天から降ってきたように感じられた。

 まさか、剱さんって、千景さんのことを……?


 遠目に剱さんと千景さんを観察してみる。

 剱さんは私へのそっけなさとは打って変わって、千景さんとは普通に接している。

 何を話しているのか分からないけど、剱さんも珍しく笑っている。


 ひょっとして、好き……なの?

 そんなことを考えると、ドキドキしてくる。

 でも、そう考えると違和感に筋が通ってしまう。

 千景さんに片思いを抱いていた剱さんは、私が仲良くなったことで先を越されたと思い、ジェラシーの炎が心に宿っているのかもしれない。


 友達は何人いてもいいはずなのに、まるで剱さんは千景さんを独り占めしようとしているようだ。

 せっかく千景さんと友達になれたのに、剱さんに邪魔されてしまうの?

 そう考えると、もういてもたってもいられなくなってしまった。

 剱さんに負けない!

 千景さんへの猛アタックの開始だ!



 下校まで残り二〇分。

 戦いの幕が切って落とされた。

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