第三章 第六話「合戦です!」

 せっかく千景さんと仲良くしたいのに、剱さんが邪魔をしてくる。

 多少の邪魔ならモヤモヤした気持ちで終わったはずだけど、こうも露骨ろこつだと、もう我慢の限界だった。


 どうすれば剱さんに勝てるのか?

 勝利条件は千景さんへのアピールポイントを上回ること。

 しかも剱さんに邪魔されずに行動する必要がある。


 その攻略方法として思いついたのは「先回りフォロー」という奥義だった。

 つまり千景さんの思考を読んで、剱さんが動くよりも前に必要な荷物を見抜いてお届けするのだ。

 伊達に絵を描いてるわけじゃないので、観察力だけなら自信がある。


 剱さん。

 この勝負、私が参戦した時点であなたの負けですよ。ふっふっふ……。

 心の中で不敵な笑いを浮かべ、さっそく戦場の状況を確認する。

 テーブルの上に集められた道具を見ると、どうやら調理道具がそろいつつあるようだ。


 人の営みの基本は「衣食住」……。


 キャンプと言えばその営みのミニマム版だろうから、「衣食住」を網羅しているはず。

 テントはほたか先輩が点検中のようだし、きっと次に来るのは「衣」に違いない!


 私はロッカーにターゲットを定め、扉を開け放った。

 その瞬間、お花のようないい香りがあふれ出る。

 中を見るとハンガーで奇麗に吊るされている服の他に、フローラルタイプの防虫剤も入っていた。


 さすがは女子の部室……。

 いや、ほたか先輩と千景さんのおかげ?

 想像してたような汗臭さが全然ない!


 ふわふわと幸せな気分に包まれながら、ロッカーの中に手を突っ込む。

 ハンガーには「八重垣やえがき」のゼッケンが縫い付けられた体操服のような白い半そでシャツと、長いアンダーウェアのようなものが何着も吊るされていた。

 ハンガーの下の引き出しを開けると、そこには色とりどりの衣服が入っている。

 どうやら色違いの短パンが何着も入っているようだ。


「あ……。これ、可愛い」


 短パンを広げると、むしろそれはスカートのように裾が広がっている。

 キュロットスカートと呼ばれるタイプの半ズボンだった。

 登山用の服は勝手にチェック柄の長袖長ズボンを想像していたけど、これは予想以上に可愛い。

 スポーティでシンプルなデザインだけど、かわいらしさも兼ね備えていて、一目で気に入ってしまった。


「千景さ~ん! これはキャンプで着ますか?」


 キュロットスカートを腰に当てながら、その姿を千景さんに見せる。

 千景さんはコクリとうなずいて、笑ってくれた。


「……うん、似合ってる。……ちょうどこれから、出そうと思ってた」


 予測通りの展開に満足した私は、ロッカーから服一式を取り出して、千景さんに手渡す。


「えへへ~。ほめて、ほめて!」

「……よし、よし」


 頭を差し出すと、千景さんが撫でてくれた。

 すると、離れた場所で剱さんが悔しそうに眉間にしわを寄せている。

 「ぐぬぬ」と言っているのも確かに聞こえた。


 ふっふっふ。

 アピールポイントいただきだよ、剱さん。

 そして、こんなことで気を緩ませる私ではない。

 服が一式そろったということは、次は便利な小道具的な物をそろえる気がする。

 小道具のありかを推理しながら、私は部室の中を一望した。


 その時、部室の隅にあるポットが目に飛び込んでくる。

 ほたか先輩がお茶を淹れてくれるときに、何かを見た記憶がある。

 お茶やコーヒーの棚の隣に、確か細かい備品が入った箱が置いてあった。


 小走りに駆け寄ると、案の定、コンパスや笛、ヘッドライトが整理されて入っていた。


「あのっ! これも持っていきますか?」

「うん。……その箱に入ってるもので、必要なものは揃う」


 千景さんはうなづくと、満面の笑みを私に投げかけてくれた。


「ましろさんのおかげで、早く揃った。……ありがとう」


 その言葉は勝利以外のなにものでもなかった。

 剱さんも、なんか悔しそうな顔をしている気がする。

 私は勝利のパレードのように備品の入った箱を掲げながら悠々と歩き、箱を千景さんに差し出した。


 すると、剱さんは箱の中身に興味を持ったようで、中に入っていた笛をつまみ上げた。


「へぇ。……やっぱりクマよけの笛も持っていくんすね」

「剱さん……。お店でも気になってたけど、もしかしてクマに執着してるの? 戦うの?」

「クマは強いだろ? 最終的には素手で倒すのは目標だけどな。だから笛には頼りたくないんだよな……」


 剱さんは強者を追い求める格闘家のようなことをつぶやきながら、拳を私の前に突き出した。

 その拳の指の付け根は、女の子の手とは思えない分厚さになっている。


「あぅぅ……。これってもしかして、『けんダコ』っていう奴?」

「ああ。こぶしを鍛えてるんだ。すごいだろ」

「クマと戦っては、ダメ」


 そう言って、千景さんは剱さんの手から笛を回収した。


「クマも、大切な自然の一部。……倒すものじゃ、ない」

「いやいや……。なんで倒せる前提なんですか。普通にこっちが死んじゃいますよ……」


 私がため息をつくと、千景さんは笛を私たちの目の前に掲げる。


「この笛は、クマよけだけじゃ……ない。怪我で動けないとき、自分の居場所を教える役に立つ」

「へぇ。声で助けを呼ぶだけじゃダメなんすか?」

「……声を出すと、体力を消耗する。それに……人の声は自然の音に紛れて、聞こえない」


 その知識はさすが、山の道具屋さんというだけはあった。

 剱さんも納得したようにうなづいている。

 私も笛をまじまじと見た。

 この小さな道具が自分の命を救ってくれるかもしれないと思うと、道具はやっぱり侮れないものだ。



 その時、部室の扉がおもむろに開いた。

 突然の音に驚いて視線を向けると、そこにはテントを腕いっぱいに抱えたほたか先輩が立っていた。

 ほたか先輩の顔を見て、大切なことを思い出す。

 献立と買い物リストのこと……忘れてた。


 下校のチャイムまで、あと一〇分。

 気が付けば、事態は深刻なものになっていた。

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