第六章 第五話「甘々おやつタイム!」

 五竜ごりゅうさんチームから目を離せない。

 つくしさんはなんだかんだ言って五竜さんのお世話をしているし、双子の両神りょうかみ姉妹も安定の百合っぷりだ。

 ずっとイチャイチャしてるので、うらやましくて仕方がない。


 お菓子を一通り食べ終わったのか、五竜さんは小さなポリタンクの蓋を開ける。

 水分補給をするのだろう。


 ちなみに、私も同じようなポリタンク……通称『ポリタン』を持っている。

 普通の金属の水筒だと重いので、千景さんがおススメしてくれたのだ。

 プラスチック容器の四角い水筒で、ザックの中の収まりもいい。


 五竜さんはスポーツドリンクの粉末をポリタンの中に入れようとしているが、離れたところからでも分かるほど、ポリタンの口の外にこぼれていた。

 五竜さんって、意外と手先は不器用かもしれない……。


「あ~! 天音あまねさん、私がやりますよ~」

「申し訳ありませんね。お手数をおかけします」


 つくしさんと五竜さんのやり取りが聞こえてきた。

 つくしさんは自分に自信がないって言ってたけど、すごくお世話をしてるし、五竜さんも頼りきりに見える。

 なんだかんだで、五竜さんのチームもうまく回ってるのかもしれないと思った。



 しかし、楽しそうな様子を目の前で見せつけられてると、悔しくなってくる。

 私はというと、大会が始まってから、みんなとあんまり触れ合えてない。

 初めての大会だから、不安と緊張感で気持ちにゆとりがなかったのだ。

 休憩で緊張がほぐれてきたと同時に、心がムズムズしてきた。


(あぅぅ……。私もみんなとイチャイチャしたい! 「あ~ん」って言われながら食べさせてもらいたい!)


 心がみんなを欲してる。

 そしてついでに、五竜さんに見せつけて悔しがらせたい。


 その時、千景ちかげさんが自分のザックの中からカロリーメイトの箱を二つ出した。


「ほたか。……行動食を……」

「そうだった! 千景ちゃん、ありがと~」


 ほたか先輩は箱を開け、中身を取り出している。


「こうどうしょく……ってなんですか?」

「えっとね。行動食っていうのは、こういう休憩の時に食べるおやつの事なの。やっぱり歩くと消耗するもんねっ」


 なるほど……。

 だとすると、五竜さんたちが食べてるお菓子も、きっと『行動食』だったんだろう。

 ほたか先輩は私と美嶺みれいにカロリーメイトの二本入りの小袋を差し出してくれた。


「ましろちゃんと美嶺ちゃんは、フルーツ味とプレーン味、どっちが好き?」

「アタシはフルーツっすね。カロリーメイトっていうと、やっぱこれが定番っすよ」

「私はプレーンが好きです。なんか食べやすいんですよ~」

「じゃあ二本ずつどうぞっ」


 そして、今度は千景さんに残りの袋を差し出した。


「千景ちゃんはどっちがいい?」

「ほたかは?」

「お姉さんはどっちでもいいから、千景ちゃんが選んでっ」

「……じゃあ、プレーン。ましろさんと、同じ」


 私と同じ……。

 千景さんの言葉に、私の胸はきゅんと高鳴ってしまった。


(これ……。あ~んって食べさせてもらいたいなぁ……)


 心の底からそう思うけど、おねだりするのも恥ずかしい。

 せめて何か忙しそうに両手をふさいでいれば、食べさせてもらえるかもしれないのに……。

 もやもやした気持ちで、私は金色の袋を見つめていた。


 その時、ふと思い出した。

 五竜さんがスポーツドリンクを作っていたとき、両手がふさがっていたことを……。

 そしてタイミング良いことに、今まさに千景さんが粉の入った袋を取り出したところだった。


「千景さん、私が作って配りますよ~」

「……うん。じゃあ……」


 私は千景さんからポリタンとスポーツドリンクの袋を受け取り、蓋を開ける。

 そして慎重に……つまり、食べさせてもらえる時間的余裕ができるぐらいにゆっくりと、粉をポリタンの口に注ぎ入れていった。

 さらにここで、決め手となる一言だ。


「け、結構歩くだけで、お腹がすくもんですね~。早くドリンクを作って、私も食べた~い」


 ついでに、餌を欲しがる魚のように口をパクパクと動かしてみる。


 ……動かしてみたところで、自分のバカさが情けなくなってしまった。

 そもそも、ドリンクづくりが遅いとみんなの迷惑にもなる。

 私は自分の行為が恥ずかしくなって、急いでスポーツドリンクを作り終わることにした。


 すると、私の口元にカロリーメイトのスティックが伸びてきた。


「あ~ん」


 可愛い声で、千景さんが言ってくれている。

 小さく開けた唇が、私のすぐ横にある。

 その様子を見るだけで、私の心臓が飛び跳ね始めた。

 これは……完全に理想的な展開!


「あぅっ……! い、いいんですかぁ?」

「うん。手がふさがってるので、ボクが……」


 そう言って、私の口にスティックが差し込まれる。

 かじると、香ばしい甘い味わい。

 身も心も満たされていくのを感じる。

 そしてスティックの端っこを口に入れようとすると、千景さんの指先まで一緒に口に入ってしまった。


 このきれいな指先が!

 私なんぞの唇に触れるなんて!


(あうぅ~~! 幸せ!)


 身もだえするように体が震える。

 この時の私は、さぞや恍惚こうこつとしていたのだと思う。



 すると、美嶺が私の顔をハラハラしながら見つめはじめた。


「ましろ、早くしろ。休憩が終わりそうだ」

「もぐ? もぐもぐもぐ?」


 まだ一本目を食べている途中だと言うのに、美嶺は二本目を私の鼻先に突き出してくる。

 確かにまわりの人はザックを背負って立ち上がっている。

 ふざけすぎて、時間がたつのも忘れていた。


「口を開けろ。ほら、あ~ん」

「んんーっ! んんんーっ!」


 少しだけ唇を開けたら、美嶺はスティックをすかさず突っ込んできた。

 確かにこれも「あ~ん」だけど、余韻にひたる隙がない。


(あぅぅ……時間配分、間違えたぁぁ……)


 口の中はカロリーメイトで満杯だ。

 乾いたスティックは口の中の唾液を奪い、たちまち干からびさせてしまう。

 これは、作ったばかりのドリンクを口にふくまなくては、飲み込めない……。

 私はとっさにカップをつかんだ。


 すると、なんということだろう!


 ほたか先輩が私の指をなめたのだ。

 舐めると言っても、ほんの少しかするくらいだけど、確実に舌の先が触れていた。


「んんんーーっ?」

「ビックリさせちゃってごめんねっ。ドリンクの粉がついてたのっ」


 ほたか先輩はいたずらっぽく微笑んでいる。

 どうやらスポーツドリンクの粉末をポリタンに入れるとき、粉が私の指についていたらしい。

 理由はどうあれ、これが最高のご褒美であることに変わりはなかった。



 その時、目の前から拍手の音が聞こえてきた。

 見上げると、五竜さんが満足そうに拍手をしている。


「ましろさん。……やりますね。素晴らしいです」


 その表情には悔しさはなく、「いいものを見せてもらった」というような笑みがこぼれていた。

 イチャイチャを見せつけても、五竜さんは喜ぶだけらしい……。

 しかしその笑みはすぐに消え、険しい表情をほたか先輩に投げかける。


「ところで梓川あずさがわさん。余裕がなさそうですが、大丈夫ですか?」

「えっ?」

「まだ記録が書けてないようが、出発の時間ですよ?」


 五竜さんの指摘で、私はようやく気が付いた。

 ほたか先輩はスポーツドリンクにも手を付けず、ずっと記録を書いていたようだ。


「う……うん、もちろん大丈夫だよっ! 続きはお昼ごはんの時に書けばいいしね!」


 先輩は慌てたようにカップを傾けて飲み干すと、ザックの片づけを始める。


「じゃ、じゃあみんな。ザックを背負おっか~!」


 そう言って大きなメインザックを背負うほたか先輩。

 気のせいか、足元が少しふらついているように見えた。

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