第二章 第七話「あかるく可愛い店員さん」

 エプロンドレスを身にまとった銀髪ロリの店員さん。

 島根のような田舎の街で、しかも山の道具屋さんでこんな逸材を見つけるなんて、思いもよらなかった。

 二次元の世界から飛び出してきたような、私の嗅覚をビンビンと刺激してくる女の子が、現実に目の前にいるのだ。

 私は心の底からこの世界に感謝した。


「登山靴をお探しなのですね。まずはどのような登山を予定されているのか、お伺いいたしますっ」


 かわいらしい声。

 店員さんの優しそうな微笑みが私の心臓をわしづかみにする。


 店員さんの身長は一四〇センチぐらいだろうか。

 その小さな体のわりに、とってもグラマラス。

 そしてやや吊り目がちの大きな瞳に、モデルさんのような美しい白い手。


 ああ、この店員さんはまるで、まるで……。


【挿絵】

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 ……って、千景ちかげさんだよ!

 どんなに外見を変えようと、顔立ちや体つき、手の特徴はそうそう変えられるものじゃない。


 私が千景さんの何を知ってるのかって?

 一応は……シャワー室で多少の触れ合いぐらいはさせていただいておりますよ。

 それに絵をかいていますから、私の観察眼は伊達に鍛えられておりません!

 そして何よりも、身にまとっているお店の制服が決定的だった。


 エプロンに描かれてるお店のロゴ……。

 思いっきり「伊吹いぶきアウトドアスポーツ」って書いてある!

 千景さんって、山のお店の娘さんだったんですね……。



 私があまりの衝撃のせいで硬直してしまっていると、銀髪の店員さんはきょとんとした表情で首をかしげている。


「靴は初めてのご購入なのですか?」


 店員さんは、私が空木うつぎましろだと知らないかのように、微笑んだまま表情に変化がない。

 そして明るく滑らかに話す様子は、小声でたどたどしく話すいつもの千景さんとは全く違う。

 同じ声なのに、まるで別人としか思えない。

 私は悪い意味でショックを受けてしまった。


 千景さんとのふれあいはここ数日ほどの浅さしかないけど、知り合った人に裏表があると分かって、動揺してしまう。


 こんなにキャラが違うなんて。

 そして私のことを知らないふりするなんて……。

 なんだか、スッゴク悲しくなってくる。



 私の目から涙がこぼれそうになった時、ほたか先輩が私と店員さんの間に割り込んできた。


「この子は初心者なんだけどね、二日かけて行われる登山大会を目指してるの! あとね、お姉さんとしては日本アルプスの縦走じゅうそうにも誘いたいなって考えてて……。いい靴ないかな、?」


 ほたか先輩は、相手が千景さんであれば当然知っているはずの情報を説明し始める。

 なによりも、銀髪の店員さんのことを「千景ちゃん」と呼ばなかった。

 仲のよさそうな先輩たちの関係性から推測する限り、こんな他人のような対応はおかしい。


 千景さんじゃ……ない?

 私は銀髪の店員さんの顔をまじまじと見つめる。


 いつも片目隠しの千景さんと違って両目がしっかり見えているから、一目見ただけだと別人に見える。

 でも、私の目はごまかせない。

 画像を加工する感覚で、脳内で店員さんの髪の毛を黒く染め、前髪を片目だけ隠すように変換してみる。

 そうすると完全に千景さんになった。

 頬の輪郭、目、鼻、口。すべてのパーツが千景さんと一致している。

 ここまで瓜二つなのに、別人という設定。

 この不思議な状況が成立する設定について、一つだけ思いついたことがあった。


 ひょっとして……双子?

 双子だとすれば、人格の違いにも納得できる。



 そんな風に私が一人でモヤモヤと考えているうちに、いつの間にか店員さんは分厚い靴下を私の元に持ってきていた。


「登山靴はこの厚めの靴下を履いた上に履くことになるのです。試し履きされる際にお使いくださいっ」

「あ、ありがとう……ございます」

「登山大会というと、長時間の登山が二日ほどはあるかと思うのです。そうなると、足首をしっかり守ってくれるハイカットの靴がオススメ! ハイカットのものはこちらになるのです~」


 店員さんはにっこり笑いながら私を誘導してくれる。

 言われるままについていくと、スニーカーよりも少し大きな靴が並んでいる棚にたどり着いた。

 確かに足首まで覆うことができそうな丈の長い靴が並んでいる。これがハイカットという形の靴なのだろう。

 登山靴というと、てっきり剱さんがはいているような無骨な革靴を想像していた。

 しかし棚にはスニーカーのようなスポーティーなものも多い。


「あのぅ……。たくさんありすぎて、よくわかんなくて……。どれがいいんでしょう?」

「最近の靴は、どのメーカーの物もとても高機能になっているので、最終的には見た目の好みで問題ないのですっ」


 好みでいいと言われても、選択肢が多いと選べない。

 ひょっとすると自分にふさわしくない靴があるかもしれないし、適当に選んでも笑われてしまうかもしれない。

 私が迷っているのを察してくれたのか、ほたか先輩が笑いかけてくれた。


「例えば、ましろちゃんは何色が好き? 色から選ぶのもいいと思うよ!」


 色……。

 その言葉をとっかかりにして想像を広げてみると、鮮やかな色のイメージが広がってきた。


「私はやっぱり赤ですね!」

「赤ってかわいいよねっ。リンゴやイチゴ、さくらんぼ!」

「あぅ。うん、そうですね!」


 私は大げさに首を縦に振って肯定しながら、心の中で否定した。

 そんな可愛い理由じゃない!

 好きなアニメの推しキャラの色だなんて、恥ずかしくって言えない!

 色について深く掘り下げられても困るので、私は強引に話題を変える。


「と、ところで店員さん! 最後は好みでいいとして、最初の決め手はあるんでしょうか?」


 私が訪ねると、店員さんは「待っていました」とでも言いたいように、にっこりと笑った。


「はいっ! 一番大切なのは、足と靴のフィット感なのです!」


 そして店員さんは私を椅子に案内してくれる。


「さっそくなのですが、靴と靴下を脱いでいただけますでしょうか?」

「あぅ。わ、わかりました……」


 普段の靴選びで靴下まで脱ぐことはないけど、きっと貸してもらえた分厚い靴下を履くのかもしれない。

 私は素足になった後、手に持っていた分厚い靴下の口を広げた。


「ひゃぅんっ」


 私の口から突然、変な声が出てしまった。

 何が起きたのか理解できず、とっさに足元に視線を移す。


 そこには、普通だとあり得ない光景が広がっていた。

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