第二章 第六話「山の道具屋さんへようこそ!」

「いらっしゃいませ~~」

 私たちが店内に入った途端、とても明るい声で出迎えられる。


 駅前通りを少し進んだところに、確かに登山用品店はあった。

 店内は明るく清潔で、品物も多い。棚には手書きのポップが飾られていて、初心者でも道具が選びやすいように配慮されている。

 剱さんのオススメということで怖いお店かもしれないと思ったけど、意外にもまともで、安心した。


 店内に入るなり、金属の食器類が気になってしまう。


「あ、これって部室にあったマグカップだ」


 シンプルな円筒形で、雪の結晶のようなマークが小さく描かれているのがかっこいい。

 マグカップの横には食器などが並んでいるけど、私の視線はバレーボールぐらいの大きさの円筒形の容器に吸い寄せられた。

 ふたのようなものを外すと、その中には少し小さい蓋が見える。小さい蓋を外すと、さらに小さなかわいいポットが入っていた。

 まるでロシア土産のマトリョーシカのようだ。


「おお~。これ、お鍋だ! 大きさの違うお鍋を重ねて収納できるんだ!」


 取っ手の部分がきれいに畳めるので、鍋を重ねてコンパクトに収納できるらしい。

 確か昔のロボアニメにもこういうマトリョーシカ合体をする作品があったなと思い出すと、私の顔は勝手ににやけてしまうのだった。


 さらにあたりを見回すと、色とりどりの服や小物が目に飛び込んでくる。

 ポップな色が多くて、デザインも可愛いものが結構ある。

 そうかと思えばツルハシのような形の武器も飾ってあるし、可愛さからカッコよさまで幅広くカバーされている。

 登山道具は意外とあなどがたいものかもしれない。


 ほたか先輩が妙に避けていた店なので不安だったけど、素人の視点ではとてもいいお店に思える。



 ちなみに、道具以外で気になっていたのは店員さんの制服だった。

 特に女性の店員さんの制服は、どこからどう見てもウェイトレス風のかわいいエプロンドレスなのだ。

 山のお店にしては不思議だなと思っていたが、その謎はすぐに解けた。

 お店の中にカフェスペースがあるからだ。


 今は「山飯やまめしフェア」なるものをやっているらしい。

 イーゼルに飾ってある写真をみると、登山用の食器にリゾットやスープパスタが盛り付けられていて、見ているだけでお腹が減ってくる。

 そんなこんなで「登山靴を買う」という当初の目的をすっかり忘れて店内をフラフラしていたら、お店の奥からほたか先輩の声が聞こえてきた。


「ましろちゃ~ん、はやく靴を決めよ!」




 ほたか先輩の声に誘われてお店の奥に移動すると、奥の壁には色とりどりの登山靴が飾られていた。


「すごい。いろいろあるんですね。どれがいいとか、あるんでしょうか?」

「えっとね……。うちの部は夏休みに縦走じゅうそうをする可能性があるから、初心者向けすぎる靴はあまりよくなかった気がする……」


 ほたか先輩の説明はとっても曖昧あいまいだった。

 そう言えば、お店に入ってからの先輩はとても静かだった気がする。

 私がフラフラと店内をさまよっていたせいもあるけど、ほたか先輩の気配は意外なほどに薄かった。


 山の道具に関心がないのかな、と少し残念になりつつ、聞きなれない単語があったので私は質問する。


「じゅうそうって、なんですか?」


 すると、覇気のなかったほたか先輩の顔が、みるみると輝いてきた。


「縦走っていうのはね、山脈みたいに山頂と山頂がいくつもつながってるお山を、連続して歩いていくことなんだよ! 何日もかけて、旅をするみたいに進んでいくの。一つの山に登るだけじゃ終わらないんだよ! 山の向こうに山があるの! 日本アルプスを歩いてると、どこを向いても山、山、山! 尾根おねを歩くのなんて、天国でピクニックしてる気分になるんだよ! 山脈最高!」


 突然スイッチが入ったような怒涛どとうの勢いに、私は圧倒されてしまう。


「あうぅ……。ほたか先輩、天国に行ったことないから、どんな気分かわかりませんよぉ……」

「オコジョやライチョウは可愛いし、花畑もきれいだよ!」

「分かりました! ちょっと落ち着きましょう。ほら、他にもお客さんがいますから……」


 先輩は依然として、鼻息を荒げながら私に迫ってくる。

 ひとまず「縦走」や「山脈」という言葉でほたか先輩のスイッチが入るということだけは、しっかりと私の頭に記憶されることになった。


 そして、完全に本題からずれてしまっている。

 私は仕切り直すように、靴を指さした。


「ところで先輩。どの靴がいいんでしょう?」


 質問した途端に、ほたか先輩の勢いは消えてしまった。


「ええっと……。ゴア……テックス? とかがよかった……気がする……かな?」

「……よくわからないんですね?」

「……うん」


 しょぼんとしているほたか先輩がちょっとかわいい。

 体力が女子高生離れしているから驚いてたけど、苦手な事もあったようだ。

 山の道具に詳しくないのは意外だったけど、それはそれで親近感がわいてくる。

 新しい発見に、私は少しうれしくなった。


「……っていうか、普通に店員さんを呼べばいいじゃないですか!」


 道具のことはプロに聞くのが当然だ。

 そんな当たり前のことを、今まで忘れてしまっていた。

 周囲を見渡すと、ちょうど接客が終わったばかりの店員さんが近くにいる。


「すいませ~ん。靴を選びたいんですけど、いいでしょうか~?」


 私が声をかけると、店員さんはすぐに気が付いてくれて、振り返った。


「は~い。すぐに行きま~す」


 明るくきれいな声と共に、エプロンドレス風の制服を軽やかに弾ませながら、店員さんは駆け寄ってきた。

 小学生ぐらいの背の高さだけど、体つきがすっごく大人っぽくて、年齢感がまるで分らない。

 ショートヘアに切りそろえている銀髪は、染めているのだろうか。

 頭のてっぺんで結んでいる黒くて大きなリボンは、店員さんが走るたびにふわふわと動いていた。


 うっ……かわええ……。可愛すぎる!

 美少女アニメから飛び出てきたんじゃなかろうかと、目を疑うばかりのかわいらしさ。


 三次元の世界にようこそ!

 私は両腕を大きく広げて、店員さんを出迎えるのだった。

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