第一章 第九話「山登りでインターハイ?」

「えええっ……! インターハイがあるんですかぁ?」

 私は驚きのあまり、手に持っていたチョコを落としてしまった。


 登山部の部室に入った私は、ほたか先輩から活動内容の説明を受けていた。

 色々と聞いていたはずなのに、ほたか先輩の口から「登山大会への出場」という言葉が出た時点で、話の内容が私の頭からすべて消えてしまった。

 しかも、次の大会はインターハイの県予選だという。


 インターハイって、たしか陸上とかバスケとかで目指すスポーツの全国大会のことだったと思う。

 そんなバリバリの運動部みたいな大会に、山登りが関係あるのが信じられなかった。


「だ、だって登山ですよ? 山の上でキャンプするだけじゃないんですか?」

「やっぱり意外だよねぇ。お姉さんも一年生の時には驚いたんだよぉ」

「あのぅ……。やっぱり団体戦なんでしょうか? 早く登ったほうが勝ち……とか?」

「山で走っちゃ、あぶないよぉ~。さすがに、登る速さで競うわけじゃないんだよ」


【挿絵】

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 ほたか先輩は笑いながら話を続ける。


「一チーム四人で参加するんだけどね。チェックポイントを通過した時に、決められた時間より遅くなると得点が減る感じなの」

「やっぱり、体力が大事なんですね……」

「えっと……。歩くだけじゃなくてね。テントの張り方や料理のやり方、筆記試験や天気図審査もあって、最終的に得点が一番多かったチームが優勝なんだ~」

「へ、へぇ……。そうなんですか」


 適当に相槌あいづちを打ちながら、私はもう上の空だった。

 詳しい審査内容よりも前に、大会という存在自体で不安になってくる。

 競争という一番苦手なことが、まさか山登りでも付きまとってくるとは思わなかった。


 すでに私の頭の中は「どう断ろうか」という思考で埋め尽くされている。

 もちろん単刀直入に「入部しません」と言えば済む話だし、それは分かってる。

 でも……今はとっても断りづらい。

 だって、ほたか先輩が出してくれたチョコをたくさん食べてしまっていたからだ。


 きれいな箱に入ったチョコはとても高そうで、そして半分以上が私のお腹に入っている。

 ほたか先輩は部員が増えることが心の底からうれしかったのだろう。

 「どんどん食べてね」と満面の笑みを浮かべながらすすめてくれるので、最初は遠慮していた私も、おいしくて夢中で食べてしまった。

 こんな状況で簡単に断れるほど、私は図太くいられない。

 私は遠回しに入部を断ろうと思い、入りづらい理由を探ることにした。


「……あ、あのぅ。登山道具とか、高いですよね?」


 登山道具と言えば、色々あるはずだ。

 よく知らないけど、たぶん高いものだってあるに違いない。

 それこそ、テントとか、寝袋とか……。

 ほたか先輩もそこは図星だったようで、少し困ったように眉を下げた。


「うん、確かに買ってほしいものはあるんだよ……。ほとんどの道具は部にあるけどね。……靴だけは、自分の足に合っている物じゃないと足を痛めちゃうの……」

「や、やっぱり、そうですよね! あの、入りたいのはやまやまなんですけど……。本当に興味があるんですけど! ……あの、ええっと……親が! そう、親がオッケーしてくれないと難しいかなって!」


 私の言い分は完璧だったはず。

 登山靴が高いのか知らないけど、親を言い訳にすれば、ほたか先輩も無理は言えないだろう。


「じゃ、じゃあ、今日は仕方がないので失礼して……」


 私がそそくさと立ち上がろうとした時だった。

 向かいに座っていたほたか先輩が、私の手をぎゅっと握りしめた。

 ほたか先輩は懇願こんがんするように目を細め、私を見つめる。

 そのまなざしがあまりにきれいで、私の心はざわめいてしまった。


「あのね、……今、ご両親に入部のことを聞いてくれないかな……!」

「い、今……?」

「今日が……今日が最後なの! 今日中に部員がそろわないと、廃部になっちゃうの……」

「は、廃部? そんなこと言われても……。きっと私以外にも、いい人がいますよ……」

「ずうっと勧誘してたんだけどね……、興味を持ってくれた子はましろちゃんが初めてなの! ましろちゃんしかいないの!」


 私を見つめるほたか先輩の眼には涙がたまり始める。

 うるうると瞳が揺れはじめ、あと少しであふれてしまいそうだ。

 確かにさっき部活の説明をお願いしたばかりだけど、さすがに剱さんから逃げるためなんて言える空気じゃない。

 仕方がないので、私はスカートのポケットからスマホを取り出した。


「……わかりました。親に聞いてみます」


 私は観念して、お母さんに電話をかけることにした。

 普通の大人なら、その場で結論を出すように急かせば困るはずだ。

 家に帰ってから、ちゃんとお父さんとも相談しろと言うに違いない。

 今日をやり過ごせば、先輩も諦めてくれると思う。


 私は淡い期待を胸に抱きながら、電話のコール音を聞く。

 ちょうど三回目のコール音が鳴り終わった時、お母さんの声が耳元に響いた。


「あ、あのね。突然なんだけど、登山部に誘われちゃったの。でも話を聞くと登山靴を買ったり、大会で遠征する必要もあるみたいで……。今すぐ許可が必要みたいなんだけど、さすがにダメだよね? ……え? オッケー?」


 あっさりと許可されてしまった……。

 も~~~! もっと検討してよ!

 ……お母さんは普通の大人じゃなかった。

 それでも私は簡単に引き下がるわけにもいかないので、なおも食らいつく。


「でもでも、お金かかるよ! ……え? 全然問題ない? いや、ダメでしょ! ほら、お父さんの許可だって必要だし! え……お父さんも隣にいる? う、うれしがってる? インドア派の娘がアウトドアに興味を持ってくれてうれしい? 一緒に登ろうって? あぅぅー!」


 部長さんによろしくね、というお母さんの言葉と共に、電話は切れてしまった。

 私はなんだか疲れ果てて、脱力しながら椅子にもたれかかる。


「うふふ。よかった!」


 ほたか先輩を見ると、涙をぬぐいながら微笑んでいる。

 まるでハートマークがぽわぽわと浮かんでいるのが見えるようだった。


 完全に外堀が埋められた、と私は思った。

 もう、なりふり構っていられない。

 断りづらいなんて気にしている場合じゃない!


「わ、私、入部しません!」

「え? だってご両親の許可ももらえたし……」

「私、大会とかコンクールとかは苦手で……。と、とにかく私は帰りまね」

「ましろちゃん……」


 驚いているほたか先輩を見ると胸が苦しくなってしまったが、私はすぐにこの場を離れようと立ち上がる。


 ……立ち上がる、はずだった。

 気が付いた時には、直径一センチほどのロープが私の体の周囲を舞っていた。

 まるで新体操のリボンのように円弧を描いているロープは、急速に輪を狭めて私の胸あたりを縛り上げてしまった。

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