第九章 セクシーメイド

 大里はアパートに転居したとすれば、不動産屋を介したに違いないとの読みから、軽井沢市内の不動産屋に片っ端から電話して、大里サチらしき人に心当たりはないか聞き取り調査をしたが、有力な情報は得られなかった。そのような結果も踏まえて、大里は殺されたのではないかという疑惑を我妻と安西に話して、警察による捜査を要請したのだが、両刑事ともにそれは憶測に過ぎないとして直ちに捜査に着手するのは困難との見解であった。やはり警察に動いて貰うためには、大里殺害に関する何らかの傍証がなければならならないようだ。行き詰まった事態を打開するために悟郎と聡理は話し合うことにし、今、二人は神楽坂のカフェで向き合っている。悟郎としては、この前の別れ際のキスが気になるところであったが、十代の男の子ではあるまいし、それぐらいのことでオタオタしていられないと自分に言い聞かせ、大人の男らしくさりげない風を装っている。

 神楽坂の赤城神社や毘沙門天の境内の桜は今を盛りと咲いており、街は華やいでいたが、二人が話している内容は殺人についてであって春風駘蕩とは程遠い。


「大里は殺されたとの前提で話を進めるよ。先ずは大里を殺したのは誰かということだけど」と悟郎が聡理に話を振る。

「殺人動機があるのは長瀬竜也とその妻の彩乃」と答える聡理は、自宅の近くということもあるのか、細身のジーンズに白いセーター、その上にグレーのパーカーという至ってカジュアルな恰好である。いつもお団子に丸めている髪も今日は自然な髪形にしている。普通の女子の服装をしている聡理を見るのはこれが初めてであることに悟郎は気付き、とても新鮮に思えるのだった。そんなことに注意がとられて「うーん、彩乃さんもか」と不用意につい言ってしまった。

「あら、ご不満ですか?」

聡理は皮肉っぽく言う。

「いや、不満なんてないよ」

「そう?それならいいけど」

悟郎は聡理の追及を避けるべく急いで話題を変える。

「えーっと、次は大里が殺された時期だけど、大里が挨拶の為、サカグチ家政婦紹介所を訪ねた後ということになるね」

「そうね、家政婦紹介所を訪ねた後に、消息がぱったり途絶えている」

「それじゃ、どこで殺されたかだけど、やはり軽井沢周辺か」

「えぇ、弁護士の職権で大里さんの住民票を確認したんだけど転居届を出していないわ。大里さんは老人ホームが見つかるまで、軽井沢市内のアパートに仮住まいする積もりのようだったし、軽井沢に留まっていたはずよ」

「となると殺害場所として可能性が高いのは矢張りあの別荘・・・あぁ、そう言えば、あの別荘を調べた時、何か気づいたことない?」

「うーん、特にないけど」

「車寄せの先にカーポートがあっただろう。あそこだけ何か違和感があって、引っかかっていたんだ」

「そういえば、重厚な山荘風の別荘には、不釣り合いのチープな感じのカーポートだった」

「見栄えや体裁など度外視して、突貫工事で拵えたんじゃないかな」

「つまり、ということは、大里さんは殺されてその遺体は・・・」

二人は見つめ合い、大きく頷く。

「軽井沢にもう一度行こう。あのカーポートについて調べなきゃ」

「わかった。行きましょう」


 かくなる次第で悟郎と聡理は、再度軽井沢に向かうことになった。聡理は今回も、コスプレの定番と言うべきメイド風の装いでピックアップに乗り込んできた。コスプレ用のメイド服だけあって、中々セクシーである。当初、聡理のコスプレを迷惑に感じていた悟郎であったが、最近はそのコスプレ姿に、男心をくすぐられる自覚があった。これがいわゆる「萌え~」ってやつかなどと自身の心の変化に戸惑いながら「まっ、いいか」と小さく呟いて、悟郎はシルバラードをスタートさせた。

 

 今回も前回同様、横川のサービスエリアで釜めしを食べ、そこで聡理は弁護士ルックに着替えて軽井沢に到着した。それから二人は、上の原別荘地の管理事務所を訪ねて、ガレージなど外回りの工事をする業者について聞き取りし、それが関口エクステリアという業者であることを突き止めた。更にその業者のもとに行き、長瀬家から、従来あったガレージの取り壊しと、その跡地に、五、六台の駐車が可能なカーポートを作るオーダーを受けたとの情報を得ることができた。


「兎に角、大至急、工事して欲しいというんですよ。カーポートの屋根は既製品の安物でも構わないというので、不本意ながらやりましたがね。やっぱり、あの重厚な山荘風の別荘には不似合いです。あなた方が、あのカーポートを見て、違和感を覚えたのは尤もです」

受注業者の社長である関口は、面目なさそうに悟郎と聡理に頷いてみせた。

「参ったのは、工事を急がされるだけでなくてね。あの別荘の旦那、えーっと、自殺だかなんだか知れないけど、川に嵌まって死んでしまった・・・」

「長瀬竜也ですか?」

名前を思い出せないでいる関口に悟郎が助け舟を出す。

「あっ、そうそう、その竜也って旦那がね。現場に付ききりで、あれこれと指図するので往生したんだ」

「ほお、どんな指図をしてきたのですか?」

「大至急と言ってるくせに、土台の下の地面を二メートルほど掘下げて、砂利とコンクリートで確り固めろなんてね。無茶苦茶だよ。戦車を駐車させる訳でもなかろうにって、職人仲間のみんなあきれたもんです」

「成るほど、それは面倒でしたね」

悟郎は言葉を区切り、咳払いをして本題に踏み込んだ。

「ところで私たちはあのカーポートの下に死体が埋められているんじゃないかと思っているんです」

「えーっ、まさか!だって、あそこを掘り返すなんて大変だよ。大型の重機使ってコンクリートぶち壊さなきゃならないからね」

「いやそうじゃなくって、カーポートの工事中、地面を掘下げたときに埋めたのではと見当をつけているのですが、何か思い当たることはないでしょうか?」

「あー、そういうことか。うん、そう言えば・・・」

そこで関口は話しを中断し、目を閉じて何やら考え込む風であったが、しばらくして目を開け、続きを話し出した。

「地面を指図通り、二メートルまで掘り下げた日だったなぁ。夕方だったけど、まだ日が明るいので仕事を続けていたんだ。すると工事の様子を見ていた旦那が、近所から騒音の苦情が来ているので、夕刻以降の工事はしなくていいって言うんだよ。他の工事を断って無理しているこちらの事情なんかお構いなし。いささか不貞腐れて、工事を終いにして帰ったんだよ」

「えぇ、それで」

悟郎が先を促す。

「翌朝、現場に来て掘下げられた地面を点検したんだけど、何やら掘り返されたような跡があったんで首を傾げているとね、あの旦那がやってきて、早く工事を進めろって大声で喚くんだよ。仕方ないやね。職人たちに指示して砂利を敷き詰めてコンクリート流し込んだんだよ」

「ありがとうございます。今の話しで事件解決への筋道が見えてきました」

この情報を我妻や安西に伝えれば、警察も家宅捜索など強制捜査に踏み切るだろう。

「今、私たちに話していただいたこと、警察にも話していただけますか?」

聡理が、身を大きく乗り出して警察への情報提供の協力を求める。間近に迫る聡理の迫力に、たじろいだ関口は「そりゃ、構わないけど」とのけ反りながら答えていた。

聡理は、不思議キャラ、おバカキャラのように見えるが、肝心なところでは抜け目ない。仕事上のバディとしては頼もしい。

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