不思議の国の羊

九重工

第1話 綾小路咲

 担任から渡された紙に高校2年、綾小路咲、と書いて私は大きなため息とともに机に突っ伏した。子供の頃は望めば何にだってなれると思っていた。だけど、絶賛進路難民と化している。


「あーー、自分が何したいのか全然わかんない!」


 進路希望の紙がクシャリと音を立てる。慌てて力を入れすぎた手の下から紙をどかす。何度も書き直した進路希望が薄ぼけて、お前は何ににもなれないんだと言うように滲んで見える。明日は最終締め切り日だ。


 進路、人生の大きな分岐点とも言えるそれを、咲は見つけられずにいた。

 どうしてみんなはそんな簡単に決めてしまえるのだろう?いや、自分が思う以上にみんな将来のことを見据えていたのかもしれない。


 就職という考えも頭をよぎった。両親ともお金に困っていたわけじゃないけど咲に就職を進めていた。しかし、このまま何も見つけられずに就職したところで長く続けられるのか?みんな何かしらの不満を抱えて仕事をしているけど、きっと私は具体的な不満なんて思いつかなくて、給料が安いとか、仕事に飽きたとか、そんな理由で辞めたくなる日が来るんじゃないかと思ってしまう。


 きっと両親も私に期待なんかしていない。それでも自分で自分の将来を諦めたくはないと思うのだから進路を決めるのに時間がかかっても仕方がないと一人で納得する。

 気づくと時計の針は午前0時を指していた。いつの間にと思うも、ゆっくりと眠気がやってくるのを感じる。


「ふぁ、もう寝よ。」


 明日の朝起きたら書けばいっかとベットにダイブする。顔を枕に押し付けたとたんあっという間に睡魔が襲ってきて、咲は眠りについた。



 朝、目が覚めるとそこは緑に囲まれた森だった。


「んえぇ!!!!こんなことってあるーー!!!!!!」


 咲の声に驚いた鳥がバサバサと飛んでいく。


「いかん。進路のことを考えすぎて現実逃避しすぎちゃったのかな……。本当にこれって夢なの?リアルすぎない?めっちゃ土と森の匂いするし、素足だから草の感触がくすぐったいんだけど。」


 動揺のあまり独り言をぶつぶつと呟きながら歩き出す。傍目から見たら、パジャマ姿で歩いている不審者である。


「誰もいないのかな……。こんなよくわかんないところで一人とか生きてける自信ないんだけど。」


 スゥッと息を吸い込み、全力でお腹に力を入れる。


「だれかーーー!いませんかーー!!」


 その時遠くの茂みでガサガサと何かが動いているのが見えた。もしここで熊や猪に出くわせば咲はなすすべもなく殺されるだろう。その考えに思い当たり、すっと咲の顔が青ざめる。急いで近くの木陰に隠れるが慌てたあまり、そこに何かがいることに咲は気づかない。


「——ッ!」


 咲は思い切り何かを踏んづけ倒れこむ。何を踏んでしまったのか恐る恐る確かめようと首を動かすとそこには、——血だらけの子供が倒れていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不思議の国の羊 九重工 @8686

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ