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Aが祖父から謎のお土産を授かっていた頃、Aの地元にある、A教団のアジトでは、得体のしれない男が、Aの部下の女剣士をからかっていた。
風体の悪い男は、アジトで留守を任されていた女剣士バーカン・マーカスに言った。
「おっす! 女剣士」
マーカスは、相手を不審者だと思って、一瞬身構えたが、すぐに警戒を解いて言った。
「あなたは……、ネオ! わたしが知っているあなたと、ぜんぜん雰囲気がちがっていたので、わかりませんでした」
「見ちがえただろう?」
風体の悪い男の正体は、かつてのかしらの一人である男、ネオであった。
マーカスは言った。
「あなたは、いま寺で修行を積んでいると、お聞きしましたが」
「ああ、そうだよ?」
「そのあなたが、なぜここに?」
「ああ、終わったんだ。なにがって? 修行がさ。ついに完成したんだ。それで、なぜ来たかって?」
「いえ、聞いてませんけど……」
「おれがここに来た理由は、こうだ。おれは、あんたに『修行の完成おめでとう!』って言われたくて来たんだ」
「は? …………それは、わざわざどうも。修行の完成おめでとうございます。だいたいのお話は、ヨーゼフからラインでうかがっておりますが。なんでもどこかの寺で瞑想の修行にはげまれていたとか」
「瞑想? ああ、ちがうちがう。やめたんだ、瞑想は。最初の一週間くらいで。悟ったんだよ、おれは。で、何を悟ったかって?」
「いえ、聞いてません……」
「おれは、わかっちまったんだ。決してわからないということがな」
「は?」
「まあ、おまえにはピンとこない話だろうな。その謎めいた言葉の意味はこうだ。瞑想なんかしても、世界の真実はわからない。ただ、わかった気になっているやつがいるだけだ、ってことさ。世界の真実を見つけるには、世界に出ていくしかない。なあ、女剣士よ。これほど明白な道理があると思うか?」
「ええ、まあ……。それは一理あるかもしれませんけど。ところで、立ち入ったことをお伺いしますが」
「うん、なに?」
「あなたが瞑想の修行を、最初の一週間で打ち切ったのだとすれば、それ以後は寺でどんな修行をしていたのですか?」
「ほほう――。いい質問だ。なかなか勘がいいな。おまえから尋ねてこなけりゃ、こっちから切り出して、おまえに自慢しようと思ってたところだ」
「はあ」
「おれはな、ついに会得したんだ。それはもう、厳しい、厳しい修行の末にな――」
マーカスは、それまでネオの話をめんどくさそうに聞いていたが、少しだけ態度を軟化させて、
「ふーん。わざわざ出向いてきて、わたしに自慢したくなるほどのことをねえ。ほんのちょっとだけ興味がわいてきました。あなたは修行でいったいなにを会得したというのです?」
「聞いて驚くな?」
「いいから、もったいつけないで。じゃなきゃ、聞いてあげませんよ?」
「瞬間移動さ」
「瞬間移動?」
「驚いたか、女剣士よ」
「ふっ……なにをばかなことを。少年マンガじゃないんですよ? 人間にそんな技ができるわけないじゃありませんか」
「女剣士よ、こんな言葉を知っているか? 百聞は一見に如かず」
「ええ、もちろん知ってますとも。――とすると、あなたはわたしの目の前で、その瞬間移動とやらをやってみせるというのですか?」
「ああ、そのとおりだ。おまえには、特別に無償で見せてやろう。無償とは金をとらないという意味だ。いつもは金をとるんだがな」
「なんでもいいから、はやくやって見せてください。もうすぐ会議の時間なんで」
そのとき、突然ネオが、左右にすばやく激しく揺れた。
「ただいま」
「え?」
「ただいま、と言ったんだ。行って帰ってきたって意味だよ。それくらいわかれ」
「…………なにをするのかと思えば、そんな子供だましを。なにが瞬間移動ですか。超スピードでごまかしてるだけです」
そのとき、ネオがズボンのポケットをまさぐって、中から布のようなものを取り出して見せた。
「これ、なーんだ?」
それを見て、女剣士は思わず赤面した。
「はっ。それは……わたしのお気に入りの下着ではありませんか。わたしはたしか昨日、それを箪笥の奥にしまったはずなのに。それをどうしてあなたが!」
「はっはっは」
「まさか、あの一瞬で、わたしのアパートまで行って戻ってきたというのか! ここからわたしのアパートまでいったい何キロあると思っている!」
「驚いたか、女剣士よ」
「くっ……どうやったのですか?」
「特別大サービスだ。わが奥義の極意をおまえにだけこっそり教えてやろう。聞け、女剣士よ。この技はな、相手の姿かたちでなく、相手の気をとらえて、相手のいるところに……。やっぱ、やーめた!」
「え……」
「こんなこと、おまえみたいな素人に説明したところで、わかるはずもない。話をするだけ時間の無駄というわけだ。悪いがおれは忙しいんだ。それじゃあな、女剣士よ」
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