3

 ルーカス・アバントゥーラが謎の飛空艇に乗って飛び去った日の昼。Aの妹は、Aの祖父母の家で、基本的に暇を持て余していたので、Aのしもべたちが自発的に労働に従事する中を、今日もうろちょろしていた。

 ガルガンチュアは、今日もまき割りに従事していた。

 そこに、Aの妹がつかつかやって来て、言った。

「ガルガンチュアさん、ごきげんよう」

「おお、姫。今日もいい天気ですなあ? わたしの鍛え上げた肉体を、今日も見に来られたのですか?」

「ええ、まあ、そんなところです」

「よろしければ、こっちに来て、わたしの肩の筋肉をちょっとさわってみますか? そのうえで、わたしの肉体改造の極意を、姫にだけこっそり教えてさしあげましょう」

「せっかくですが、遠慮しときます」

 そう言って、妹はガルガンチュアのもとを去った。


 ヨーゼフ・マルクスは、今日も洗濯を手伝っていた。

 そこに、Aの妹がつかつかやって来て、言った。

「ヨーゼフさん、ごきげんよう」

「おお、姫。今日もいい天気ですねえ? わたしの兄貴分であるガルガンチュアどのへの愚痴を、今日も聞きに来られたのですか?」

「ええ、まあ、そんなところです」

「よろしければ、こっちに来て、いっしょに洗濯機の渦を眺めてみますか? そのうえで、ガルガンチュアどののとっておきの失敗談を、姫にだけこっそり教えてさしあげましょう」

「せっかくですが、遠慮しときます」

 そう言って、妹はヨーゼフのもとを去った。


 ユキトは、家の中で、事務的な作業に従事していた。

 そこに、Aの妹がつかつかやって来て、言った。

「ユキトさん、ごきげんよう」

「ああ、姫さま。今日も見回りですか?」

「ええ、まあ、そんなところです」

 そう言って、妹は室内をきょろきょろ見回した。

 ユキトは言った。

「若旦那でしたら、今日も蔵におりますよ?」

「ええ、存じております」

「みずからも労働に従事されている若旦那に代って、姫さまがしもべどもの労働を監督なさっておりますのは、しもべの一人として、頭の下がる思いでおります」

「ええ……」と、妹は、やや芝居がかった口調で、

「わたくしも、若旦那の代理を務めるのが、こんなに大変とは思っても見ませんでした。ですが、わたくしは、兄の妹として、兄のためにできることは、なんでもしたいと考えております」

「そうですか。姫の兄上を慕っての御心遣い、ユキトは感服いたしました」

 そう言って、ユキトは妹に平伏した。

 それを見て、妹は戸惑って言った。

「ユキトさん。あの、わたくしとしましては、あなたともっとお話ししていたいのですけれども……。あいにく忙しい身ですので、これで失礼いたします」

 そう言って、妹はユキトのもとを去った。


 Aは、Aの祖父母の家にある、古い蔵の中にいた。

 Aの妹は、蔵の中につかつか入って来て、言った。

「お兄さま、ごきげんよう」

「……」

「ちょっと、どうして無視なさるんです? ちょっと、お兄さま!」

「……」

「お兄さまってば! おーい!」

「……」

「ぐすん。ひどすぎます、お兄さま」

 Aが、蔵の二階から顔を出して、妹をたしなめて言った。

「あの、ちょっと、静かにしていただけますか?」

「え……? お兄さまが、二人?」

 兄はあきれ顔で言った。

「妹よ。それは兄ではありません。ただの銅像です。昨日も言いましたよね? ちょっと顔が似ているからって、わたしとまちがえたふりして、銅像に呼びかけるごっこ遊びは、いいかげん飽きてください。そして、すみやかにこの倉から立ち去ってください。あなたがいると、作業に集中できません」

「……」

「どうしたんですか?」

「お兄さまが、石に……」

「だから銅像です! それは兄ではない。ついでに言えば、石でもありません。銅は、石の範疇には属さないからです。妹よ。暇なら、あなたも倉の整理を手伝ってください」

「あ、いけない! わたくし、用事を思い出しました。お友達と約束があるのを、すっかり忘れておりましたの。それでは、お兄さま。ごきげんよう」

 そう言って、妹は足早に兄のもとを去った。


 妹が去ると、Aは蔵の二階で見つけた黒い小箱を持って、Aの祖父のところに行った。

 祖父は、Aを見ると言った。

「おう、蔵を整理してくれて、サンキューな」

「どうってことありません。それより、祖父よ。このようなものを見つけたのですが」

「ほう、それは……」

 祖父は、遠い目をして言った。

「なんだっけか?」

「ちょっと、祖父よ。しっかりしてください。この箱の中身は、いったい何なのです?」

 祖父は頭を掻いて言った。

「いや最近、どうも物忘れが激しくてな。やっぱり歳には勝てんよ。Aよ。その箱の中身が、おまえは気になるか?」

「ええ、まあ。ちょっと」

「だったら、それはおまえのお土産にしなさい。どのみち、わしにはもう必要ないものだろうからな。中から何が出てくるかは、帰ってからの楽しみにとっておきなさい」

「そうですか。それでは、遠慮なくいただきます」

 Aが立ち去ると、Aの祖父は言った。

「あの箱の中身は、本当になんだっけ? まあ、Aのことだ。あいつがあとで、お礼の電話でもかけてよこしたとき、聞けばいいか」

 もしかすると、高価なものかもしれず、その場合、Aに気をつかわせてしまうかと、ちょっと思ったが、祖父は、ちょっと考えて、

「まあいいか」

 こうして、Aの祖父の蔵にあった小箱が、Aのお土産となった。

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