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 日が西に傾きかけた頃、Aが庭に出て、沢で一匹の釣果も得られなかったことを気に病んでいると、そこに、大きなかごを抱えたルーカス・アバントゥーラが帰ってきた。

 かごの中には、食べて口によい、めずらしい山菜やきのこが、たくさんつまっていた。どうやら彼は、朝早く起きて、山に山菜採りに出かけていたらしい。

 Aはルーカス・アバントゥーラに言った。

「こんなにたくさん……。たいへんだったでしょう?」

 ルーカス・アバントゥーラは言った

「いえ、わたくしとしましては、このような辺鄙なところに、みすみすご厄介になっているだけでは、たいへん申し訳ないと思いまして」

「いや、ありがとうございます。あなたのご好意に、心よりお礼申し上げます。ルーカス・アバントゥーラよ」

 夕食は、ルーカス・アバントゥーラが採ってきた山菜の天ぷら、それから、冷蔵庫にあった肉と、ルーカス・アバントゥーラが採ってきた山菜の鍋が出て、ふだんより豪勢な食卓となった。

 妹は、鍋をつつきながら、兄に言った。

「お肉もたいへんよろしいのですが、わたくしはいつになったら、お兄さまが釣り上げた川魚を食べられるのでしょうねえ?」

「妹よ、あなたが欲しかったのは、兄の川魚ではなく、兄に買ってもらうバッグではありませんか? あなたは自分の望みを、ほぼ達成しました」

 妹は、箸を止めて言った。

「そんなことありませんわよ。わたくしにとっては、お兄さまの川魚も、お兄さまに買ってもらうバッグも、どちらもたいへん価値があるものです。どっちに転んでも、わたくしは得をするのですから、わたくしとしましては、一石二鳥です」

「妹よ、あなたがいまおっしゃったことは、一石二鳥の事例には該当しないと、わたしは考えますが。ともあれ、妹の喜ぶ顔が見られるのは、兄としても、たいへん喜ばしいものです」

「あら? いつになく優しいお兄さまですわね? わたくしとしましては、たいへんけっこうなことです」

 妹は、いつになく真面目な顔つきで言った。

「人間は、優しいほうが、良いに決まってますから。将来、わたくしの伴侶となるであろう方も、お兄さまのような、優しい方を選びたいと、妹は考えます」

 そう言って、妹はちらとユキトのほうを見たので、Aは、たしかにユキトなら、妹の連れ合いとして申し分なかろうと、ひそかに考えていた。

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