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ルーカス・アバントゥーラは言った。
「あの、たいへん申し上げにくいのですが、その質問には、お答えしかねます」
ユキトが、その言葉尻を捕えて言った。
「しかねる、とは、どういうことですか? あなたは何か知っているのですか? あなたが教団に来たのと相前後して、街から悪党どもの姿が見えなくなったのです。わたしの推測では、あなたは、あの街の暗いところをねぐらにしていました。なにか事情を知っているのなら、わたしたちに話してくれませんか。非常に重大なことです。あなたが知っていることについて、わたしたちに話すのは、わたしたちのところで世話になっている、あなたのせめてもの義務だとお考えになりませんか?」
ルーカス・アバントゥーラは言った。
「たいへん恐縮ですが、あなたがいま言った要求には、応じられません」
ユキトは言った。
「どうしてですか? どうしてあなたは、ことさらに、ご自分の素性を隠そうとなさるのです? ことによると、あなたは――」
さらに追及しようとするユキトを、Aがたしなめて言った。
「よさんか。ルーカス・アバントゥーラが話したくないことは、彼は話さなくともよい。ユキトよ、おまえはちょっと頭を冷やせ。考えてもみよ。ルーカス・アバントゥーラは、ただでさえ、教団内で寄留者という居心地のわるいポジションに甘んじているのに、おまえたちから、言いたくないことを根掘り葉掘り聞かれなどしたら、彼の教団内での立場は、さらにまずくなるのだぞ? ちょっとは、彼の身になって、彼の立場を理解してやるんだ。ユキトよ、おまえは、あとで風呂場で水でもかぶって、反省しなさい。ルーカス・アバントゥーラよ。しもべが、たいへん申し訳ないことをした。余からも、しもべの不手際を、あなたに謝罪させてください」
「あの、お言葉を返すようで、たいへん申し上げにくいのですが、ノー・プロブレムです」
そのとき、ヨーゼフの携帯に、電話がかかってきた。
「かしらです!」
Aはヨーゼフに言った。
「かつての部下として、積もる話もあるでしょう。ヨーゼフ・マルクスよ、この部屋を出て、どこかくつろげる場所に行って、ゆっくり話してきなさい」
ヨーゼフが部屋を出ていくと、ユキトがAに言った。
「これで、なにかわかるといいのですが」
しかし、Aは、ユキトの期待を打ち消して、
「いや――。たぶんなにもわからないだろう。余の見立てでは、ネオは、街で起こっていることには、関係しておらん」
「それならどうして、今日まで音信不通だったのでしょう?」
Aは言った。
「詳細は、ヨーゼフ・マルクスの口から語られるであろうが、余の見立てでは、ネオは、どこか寺にでも籠って、自戒のために、修行していたのだ。元来、根がまじめな男であるから、自分を戒めて反省するために、どこか寺にでも籠って、瞑想していたのである。あるいは、自分を戒めて反省するために、どこか山にでも籠って、獣のような生活をしていた可能性もなくはないが、いずれにせよ、修行の邪魔になると思って、ネオは携帯の電源を切っていたのだ。だが、元来、根がまじめな男であるから、自分のことを気にかけ、心配してくれる両親には、心配をかけたくないと思い、ちょくちょく両親と連絡をとるために、ほとんどそれだけのために、ネオが、ちょくちょく携帯の電源を入れるであろうことは、わかりきったことだ」
あとで、ヨーゼフの口から語られたところによれば、真相は、ほとんどAが予想した通りであり、ネオは、どこかの寺に籠って、瞑想の日々を続けていたのである。したがって、ネオは、街で起こっていることには、無関係だった。
ネオをめぐるやりとりが、一段落つくと、
「勝手なことを申すようで、たいへん恐縮ですが、わたくしといたしましては、みすみすこのような辺境の地におもむいて、たいへん満足しております」
Aは答えて言った。
「え? ああ。それは、たいへん結構なことです。ところで、冷蔵庫に冷たい肉と、冷えたビールがあるから、ユキトが水ごりから帰ってきたら、みんなで一杯やりましょう」
結局、ユキトは、水ごりのあと、冷たいビールを飲んだため、風邪をひいて、数日寝込んだ。
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