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その日の夕食は、昼間、Aの祖父が沢で釣ってきた川魚が出た。Aとちがい、Aの祖父の釣りの腕前は、なかなかのものだったし、Aの妹に注意されても、餌代をケチらなかったので、Aの祖父が沢で釣ってきた川魚は、数が不足することなく、Aの祖父の家族と、Aの祖父の家に寄留する者の全員に行きわたった。
「わたくしたっての希望で、このような辺境にまで押しかけて、みすみす川魚までご馳走になり、たいへん申し訳ありません」
Aが祖父に代って言った。
「ノー・プロブレムです。ルーカス・アバントゥーラよ」
Aの妹が言った。
「おじいさまが釣ってきた川魚は、まだ余りがあるから、あとで、わたくしどものペットである山羊にも、ご馳走して差し上げましょう」
Aが妹に言った。
「妹よ。山羊は、川魚なんて食べないと、わたしは思いますが?」
「あら、そうなんですの? でも、やってみたら、意外と食べるかもしれませんわよ? ねえ、おじいさま」
「おまえの好きにしなさい」
結局、山羊は川魚を食べなかったので、山羊に供された川魚は、近所に住む野良猫がくわえていった。
――なお、Aの妹は、山羊が川魚を食べたと思いこんだので、その後も、機会あるごとに、山羊に川魚を提供しつづけた。
が、こんなどうでもいい小話は、省略してもよかったし、さほど深い意味もないので、読者の方もすぐ、お忘れになってよろしい。
Aのしもべたちは、実のところ、Aの祖父母の実家のある辺境に、バカンスに来たのではなかった。かれらは、ある目的をもって、わざわざこんな辺鄙なところまで、出向いてきたのである。
ただし、
Aのしもべたちは、ルーカス・アバントゥーラが風呂に行った隙を見計らって、Aを訪ねてきた目的を、Aにひそかに打ち明けた。
ヨーゼフ・マルクスが言った。
「かしらと連絡がつかないんです! こっちから、しつこく電話をかけてるんですが、ずーっと電源が切れたままで」
かしらとは、かつて、Aのしもべたちのかしらの一人であった男、ネオのことである。ヨーゼフは、ネオのかつての部下であり、ネオがA教団を離れてからも、ネオのことを、かしらと呼びつづけていた。
ヨーゼフは続けて言った。
「しつこく電話をかけつづけて、もう10日目になります。街から、魔女である女の眷属だった者が、みんないなくなっちまったんで。わたしはもう、気が気でなくって」
そう言って、ヨーゼフはその場に泣き崩れた。
ヨーゼフは、激しく泣いて、これ以上、話せそうになかったので、ユキトが代わりにAに説明して言った。
「若旦那よ、ヨーゼフがただいまご報告したように、ネオが失踪しました。そして、街に異変が起きています」
「知っておる――。余は、一週間ほど前、妹と買い物をするために、いちど地元の街に行ってきたのだが、街には、あってしかるべきものがなかった。かねてより、あの街にはびこっていた悪魔の眷属どもの姿が、どこにも見えなかったのである。ユキトよ、おまえは、ネオの、仮定された失踪と、そのことが関係あると見ているのか?」
「仮定された、と申しますと?」
「余は、ネオの失踪は、おまえたちが仮定した事象であると言っておるのだ。その事象は、おまえたちの頭の中だけにあることかもしれん」
「ネオの失踪は、真実ではないかもしれないとおっしゃるのですか? 本当は、ネオは失踪などしていない可能性もあると?」
「そうだ――。ユキトよ、おまえは結論を急ぐ癖がある。ネオが失踪したという結論をくだすのは、もう少し慎重な検討が必要であろう。連絡がつかないだけで失踪したと決めつけるなら、携帯のバッテリーが切れただけで、人間が失踪したことになるのだからな」
「しかし、連絡がつかないとわかって、もう10日目ですよ? もしかして、若旦那には、ネオの『失踪』の真相が、あらかた予想がついているのですか?」
「まあな――。大体の見当はついている。それより気がかりなのは、街から悪魔の眷属どもがいなくなったことだ。そのことについて、何か思い当たるふしはないか?」
「ありません」
「もし、あなたさえよければ、あなたの意見も聞いてみたいのですが。ルーカス・アバントゥーラよ」
部屋の片隅には、いつのまにか風呂から上がってきた、
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