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 次の日の夕方頃、Aの母親である女は、Aの祖父が夕食後の散歩に出た隙を見計らって、Aの祖母にこう切り出した。

「お母さま。実は、お話ししたいことがございます」

「なんです、娘よ」

 Aの母親は、Aの父親の元同僚Cとの再婚について、昨日Cと話し合ったことを、Aの祖母に語り聞かせた。

 話を聞き終えると、Aの祖母は言った。

「話はよくわかりました。娘よ、再婚については、あなたは大人の女性だし、親であるわたしが、どうこう言う問題ではありません。あなたが再婚したいと思うなら、再婚すればよろしい。しかし、あなたが、あなたの娘を、わたしどもの家に残していくというのは、わたしとしては、感心しません」

 Aの母親は言った。

「はい、お母さまよ。そのことは、よくわかっております。ですが、わたしと、わたしの娘の幸せを考えたとき、わたしは、わたしの娘を、お母さまの家に残して再婚するのが、最良の選択肢だと考えております」

 Aの祖母は言った。

「娘よ、あなたは、あなたの娘の幸せと申せ、その実、あなたの幸せのことしか、考えていないのではありませんか?」

 Aの母親は答えて言った。

「いいえ、まったくそうではありません。わたしは、わたしの娘の幸せも、きちんと考慮して、それが最良の選択肢だという結論を導きました。わたしが新たに嫁ぐ家は、まったく裕福ではありません。わたしの新たに夫となる男は、かなりの美男ではあるが、まったくの甲斐性なしだからです。かれの妻として、家計を助けるために、パートに出る生活は、わたしにはつらい。かれの義理の娘として、家計を助けるために、アルバイトに出る生活は、わたしの娘にはつらい。回避できる労働に従事することは、人生の貴重な時間を浪費することだと、わたしは考えます。それとも、人間は、回避できる手段があるにもかかわらず、嫌でも働かなければならないのでしょうか。それについて、お母さまはどうお考えですか?」

 Aの祖母は言った。

「娘よ、きわめて野暮な質問です。わたしも、わたしの夫も、あなたと、あなたの娘が、この家にやって来た日から、一度でも、外に働きに出ろと、あなたがたに言ったことがありますか? 一度でも、あなたがたの無為を、それとなく諭したことがありますか? 一度でも、あなたがたが家でごろごろしてばかりいるのを、咎めたことがありますか? いいえ、ありません。そのような指示は、不必要なことだと考えるからです。わたくしどもは、比較的裕福な暮らしをしております。あなたがたは、回避できる労働に従事する必要はありません。そんなことは、議論するまでもなく明らかなことです。ですが、それはあ、あなたがたが、この家の厄介になっているあいだの話です」

 Aの祖母は続けて言った。

「あなたが再婚して、娘を連れて家を出るのであれば、あなたがたをとりまく、経済的な前提が変わります。あなたと、あなたの娘は、いやいやながら、外に働きに出ることも、場合によっては、やむをえないことでしょう。それが結婚ということの、ゆるがせにできない重大な意味だからです。あなたは、結婚という契約の重みを、もっと真剣に考えたほうがよろしい。あなたは、同意の上で、甲斐性なしの男に嫁ぐ決断をしました。甲斐性なしの夫の妻は、それ相応の苦労をする覚悟がなければ、決して務まるものではありますまい。娘よ、このさいだから、あなたにはっきり問いましょう。あなたが再婚をあきらめることが、あなたにとっても、あなたの娘にとっても、それから、わたくしどもにとっても、最良の選択肢だとは思いませんか?」

 Aの母親は言った。

「いいえ、まったくそうは思いません。お母さまよ、お話をお聞きするかぎりでは、あなたもまた、わたしと同じく、道義上の問題よりも、経済上の問題を重視しているように見受けられます。あなたは、わたしの新たな夫となる男を指して、『甲斐性なし』という言葉を、一度ならず、二度までも口にしたからです。それならば、お母さまよ。考えてみてください。あなたがたにとっても、まったく損な話ではないのです。わたしがもし、甲斐性なしである男との再婚を断念するならば、あなたがたは、わたしと、わたしの娘を扶養するために、これからも、お金を支出し続けなければなりません。ですが、わたしが再婚すれば、あなたがたは、わたしを扶養するためのお金を節約することができます。再婚後は、わたしは、甲斐性なしの夫に扶養されることになるからです。――もし、あなたがたが、わたしが娘を連れて再婚するのでなければ、再婚を認めないとおっしゃるのであれば、わたしは再婚を断念するでしょう。娘を連れての再婚は、わたしには荷が重すぎるからです。わたしの娘も、きっとそれを望みはしないでしょう。ですから、わたしとしては、わたしの娘をあなたがたの家に残して再婚することが、皆が幸せになれる、最良の選択肢だと考えます。わたしは強くそう確信します。なぜなら、このルートは、誰もが損をせず、誰もが得をする、すばらしいストーリーを、わたしどもの未来に約束するからです」


 次の日の昼過ぎ、Aの祖母は、Aの母親が買い物に出た隙を見計らって、昨日娘から打ち明けられた話を、彼女の夫にひそかに伝え聞かせた。

 Aの祖母はそれを語り終えてから、彼女の夫に言った。

「わたしは、娘のことを不憫に思います。あなたはどうお考えですか?」

 彼女の夫、Aの祖父は、彼の妻に言った。

「どうしようもない娘だとは思うが。あれでもまあ、わしらのかわいい娘だ。ヘレネーよ、娘の好きにさせてやりなさい。娘にとっては、これが再婚の、最後のチャンスかもしれないのだ。娘の娘の面倒は、わしらが見よう」

 こうして、Aの祖父母は、Aの母親のわがままを受け入れた。

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