第53話

電車に揺られて2駅ほど。



大した進学校でもない西山高校には、

他の高校と比べて地元の生徒が多かった。



どうやら高松玲奈もその一人のようだ。



私の家とは反対方向だが、

何度か通ったことのある駅だった。




電車を降りて、駅から15分ほど歩いた。



スマホはようやく電波を受信するようになったけれど、誰かに連絡しようだとか、そんなことを考えることもなく、私はマップを開いて歩きだした。




何がこんなに私を駆り立てているのか、

私には分からない。



どうして高松玲奈にこんなにも会いたいのか、何もかもが分からない。




それでも、私は無我夢中で歩いた。



何も考えず、ただ無心に。



近くの高校で爆発騒ぎがあったというのに、この町は何も動いていない。



それが、また普通の日常に戻ったみたいで、私にはひどく愛おしく感じた。





高松玲奈の家は、

小さなつくりの一軒家だった。



もう陽が落ちようとしているのに、

どの部屋からも明かりは漏れていない。



共働きなのだろうか。



だとしたら、今この家には、

高松玲奈ただ一人。



会って何を話そうか。



二人きりになると分かると、

私の胸のざわつきは大きくなった。



そもそも、知らない人を家に上げてくれるかさえ、分からないというのに。





ピンポーン……





恐る恐る、インターフォンを一度鳴らす。



カメラが付いていて、

対話ができるタイプのインターホンだ。



高松玲奈は、同じ学校の体育着を着た私を見て、一体どう思うのだろう。



怪しまれても仕方がない。



受け入れて、くれるだろうか。




そんな私の心配は無駄であるかのように、応答はなかった。





ピンポーン……





もう一度鳴らす。



しばらく待っていても、

家の中から音がすることすらなかった。



カメラさえ覗きに来れない精神状態なのかもしれない。




……入ってみようか。



ドラマとか、漫画とか。



そういう類のものでは、

鍵が開いているのが定番だ。



やってみる価値はある。



何より、やってみなきゃ分からないと

榊原が教えてくれたのだから。



ただドアノブをひねるだけだ。




自分でも、なぜこんなに冷静でいられるのか分からなかった。



学校中の人間が死んで、

もはや吹っ切れているのかもしれない。



あんな光景を見た後で、まともな感情を取り戻せるわけがなかった。




ドアノブに手を伸ばそうとして、

ふと鍵穴が壊れていることに気付いた。



ピッキング?



それにしては粗い仕事だ。



もう元の鍵さえ入らないのではないかと思うほど、鍵穴はぐちゃぐちゃに壊されている。




そんな鍵穴を見ながらドアノブを回すと、いとも簡単に開けることができた。



それはそうだ。



壊れているのだから。



それにしても、なぜこんな壊され方を?



強盗にでも入られているのだろうか。



だとして、鉢合わせたらどうしよう。




……でもまあ、その時はその時だ。



別に今更、命なんて惜しくないんだし。



おとなしく殺されればいい。




そう思いそっとドアを開けると、

玄関先に靴は一つもなかった。



目立った足跡もない。



誰もいないのだろうか。




ゆっくり足を踏み入れる。



一階はリビングのようだから、

ひとまず上の階に行こう。



階段の手すりを持って、

そろりそろり階段を上って行く。




すると、二階の一番手前に

「Reina」

と書かれた札のかかった部屋があった。



こっちには鍵が付いていない。



もしかすると、

ここに高松玲奈がいるかもしれない。




思い切ってドアを開けようとすると、

そのドアは異常に重かった。



何の変哲もない木のドアなのに、何キロもの重りがついているかのように重い。



私は自分の全体重をかけて

ドアを少しずつ開けていった。





ずるっ、ずるっ。





そんな音が聞こえてくる。



やっぱり、このドアの向こうに何かがあるようだ。



まるで私が入るのを拒むような、

鉄壁のガードを作ったみたいに。




少しずつ見えてくる部屋の中は、

変わり映えのしない殺風景な部屋だった。



窓が開いていて、

柔らかい風が部屋を吹いている。



揺れる真っ白なカーテンが、

どこか気味が悪かった。




やっと人一人が入れるほどのスペースを確保して、私はその部屋に足を踏み入れた。




すると。





ぴしゃっ。





何か、液体を踏んだ。



足元を見ると、

部屋の入り口が濡れている。



そして、言い表しがたい悪臭が私の鼻を襲った。




この臭いを、私は知っている。




部屋の中ほどまで足を踏み入れて、

私はおもむろに後ろを振り返った。




「……あ、」




そこでは、一人の少女がドアノブに首を吊って死んでいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る