終わらない悪夢

第49話

私と理事長が連れられたのは、

高校のグラウンドだった。




渡されたナイフは、縛られていた理事長の縄を切るためのものだったらしい。



言われたとおりに縄を切って解くと、理事長は小さくお礼を言い、私からナイフを受け取ってそれをこっそり懐に忍ばせた。



そのナイフで、美咲の隙を見て反撃するつもりなのだろうか。




もう反抗する気力も残っていない私は、

ただ静かに美咲の後をついて行った。




グラウンドに向かう前、美咲は



《レンアイ放送で生き延びた皆さん、おめでとうございます!これで皆さんは晴れて自由の身です!今から皆さんを解放するための儀式をしますので、今から10分以内に全員グラウンドに集合してください!》



と明るい声で放送していた。




解放の儀式とは、何だろう。



私を生贄にして、

生徒を解放するのだろうか。




生徒の目の前で私を殺して、

見せしめにする?



それとも、生き延びた生徒全員で私を殺すのだろうか。



どちらにせよ、殺してと懇願した私は、

確実に殺されるのだろう。




人前で死ぬのは嫌だ。



自ら死にたいと願ったくせに何を言うかと思うが、それでも、嫌なのだ。



自分が誰かのトラウマになってしまうのは心が苦しい。




改めて、阪本が私の目の前で死んだ度胸はすごいと思う。



私には絶対できないから。



そして、誰かのトラウマになりたいだなんて願うこともない。



もう、私を記憶していてほしい人は、

誰一人としてここにはいないのだから。




でももう、私には死に方を選ぶ資格などないのだ。



どんな殺され方だって文句は言えない。



今からやっと、「殺してもらえる」。



この苦しみから解き放たれて、

自由になれる。



もう誰も死なない世界に行ける。




私が行くのは、

天国だろうか、地獄だろうか。



……地獄だろうな、きっと。



いいんだ、どこでも。



死ぬことが出来るならどこだっていい。



地獄で拷問され続けようが、

きっとこの苦しみには勝らない。



こんな世界で生きている方が、

何億倍も苦しいのだ。




早く、死にたい。







美咲は、私と理事長を

朝礼台の上に並んで立たせた。



まさに、見せしめ。



生き延びた生徒の目の前で私たちを殺して「お前らは他人の屍の上で生きているんだ」と思い知らせるためだろう。



死を覚悟したくせに、

私の脚は震えだす。



やっぱり、私は誰かのトラウマになってしまうのだ。



綺麗な死に方なんて、

願っても叶うことのないものだった。




続々とグラウンドに集まってくる生徒たちは、私と理事長の並びを不思議そうに横目で見る。



それもそうだ。



他の生徒から見れば、一般生徒と理事長なんて意味の分からない組み合わせだろう。



美咲が理事長の娘だなんて、

私以外誰も知らない。



存在感の薄い私が美咲の親友だったことさえ、誰も気付いてはくれないだろう。



それが、私の今までの人生だったのだ。



今から私たちが死ぬなんて、

きっと誰も思っていない。



人生で一番目立つのが死に際だなんて、自分でも呆れるくらいにくだらない人生だ。



そんなクソみたいな人生を、

今やっと、捨てられる。





見覚えのある姿が走ってこちらへ来た。



矢崎瑠香と向山真司だ。



瑠香は、私を見つけるなり

嬉しそうに笑って



「お!美咲もいんじゃん!

見つかってよかったね!」



と言った。



私が朝礼台に立たされている状況には何も突っ込んでこないようだった。




「う、うん、良かったよ。」



「てか榊原は?どこいんの?」



「……すぐ、来ると思うよ。」




もう死んだかもなんて、言えない。



美咲が犯人だなんて、言えない。



今から私が死ぬなんて、言えない。




言えないことばかりで、

早く楽になりたい気持ちが増す。



早く、殺して。



私の口からこんな事実は語りたくないんだから。



全て、終わらせて。




私は、どうやって殺されるだろう。



さっきからそんなことしか考えていない。



死ぬなら、一思いに。



すぐに死ねるように、殺してほしい。





《太一!お前も来るんだよ!早く!》





美咲は、手に持っていた拡声器で

校舎に向かって叫んだ。



どうやら安藤太一もここに呼ぶつもりらしい。




あぁ。



もし安藤太一がここへ来たら、

それは榊原の死を意味する。



もう死んだと諦めていても、僅かばかりの希望を抱いてしまうのは仕方がなかった。



どうか、来ないでほしい。




美咲は何をするつもりなのだろうか。



本当に、ここにいる全員を解放するのだろうか。




一抹の不安がよぎる。




グラウンドを見る限り、もう二十人にも満たない数しか生き残っていないようだけれど、それでも、私を生贄にしてみんなが助かるならそれでいいと思っていた。



私一人で、二十人の命が救えるなら。




でも、助からなければ……?




考えたくもないのに、

そんなことが頭をよぎる。



こんな馬鹿げたゲームを始めた人間だ。



解放するとは、限らない……




そう考えると同時に、勢い良く吹いてきた風がグラウンドの砂を舞い上げた。



目の前が白っぽく霞んでいく中で、

美咲が体育倉庫を開ける。




そこには、大量のパソコンに囲まれたこの学校の教師たちが、意気消沈して座り込んでいる衝撃の光景が広がっていた。


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