レンアイ放送

第44話

「さ、早く中に入って。」




美咲はそう言って

私を放送室に招き入れる。



あまりに普段通りな様子に

怪しがりながらきょろきょろしていると、


「安心してよ、ここには何もないから。」


と軽く笑ってそう言った。




「う、うん……」




そう頷いてはみるものの、

やはり疑いは晴れない。



レンアイ放送の開始から今までのことを思い出せば出すほど、今目の前にいる美咲が幻のように思える。



ここにいるのは、

私が知っている美咲じゃない。



警戒しておかなければ、

寝首をかかれる。



私は極力美咲と一定の距離を保って、

美咲の後をついて行った。




ドアから離れて奥に進むと、マイクの前で縛られている男が目に入った。



少し白い髪の毛に、

よれたスーツの中年男。



間違いない。



何度か見たことのある、

この学校の理事長だ。




「理事長……?」




私がそう呟くと、

理事長はきまりが悪そうに俯いた。



どれくらいここで縛られていたのだろう。



もう目に光は宿っていなかった。




「瑞季、そこに座ってちょっと待ってね、

今紅茶を入れるから。」




落ち着かない私とは対照的に、美咲はまるで、休日に友達を家へ招いているかのように落ち着いていた。



犯人である美咲にたどり着いたはいいものの、何から問い詰めていいか分からない。



私は美咲に促されるがままに椅子に座り、そこでじっと押し黙っていた。




「はい、自慢のローズヒップティー。」




そう言って美咲が私に差し出したのは、

綺麗な赤色をした紅茶だった。



本当に、赤い。



血を思い出して、吐きそうになるほど。




「いらない。こんな色、飲めないし。

何が入ってるかも分からないし……」



「あっそう。親友が淹れた紅茶がそんなに怖いんだ?」



「親友なら……どうして話してくれなかったの……どうして何も言わずにこんなこと……」




消え入りそうな声でそう言った。



本当は、もっと責め立てたい。



胸ぐらをつかんで怒鳴りつけてやりたい。



けれど、今の私には、これが限界だった。




「まあまあ、そう焦らずにさ。

ゆっくりお話ししようよ。

レンアイ放送はもう終わったんだから。」




そう言って美咲は紅茶を口にする。



その姿は、まるで生き血をすするセレブのようだった。



私とは違う、遠い世界の人。



中学の頃、一緒にいたずらをした美咲とは別人で、見たことのない顔に戸惑うばかりだった。



それ以上何も言えなくなってしまった私は、紅茶をじっと見つめた。



視線を美咲に合わせることはできなかった。





「私ね、」




美咲が沈黙を打ち破る。



じっと私を見る目に、

思わず目を逸らした。




「ちゃんと、目を見てよ。

じゃなきゃ話さない。」




そう言う声は、重く冷たくて、

安藤太一とよく似ていた。




「今から私のことを話すから。

瑞季が知らない、私のこと。」




その声に顔を上げると、美咲は



「ちゃんと聞いてね。」



と優しく微笑んだ。




知ってるはずなのに、

知らない顔。



美咲の微笑なんて何度も見てきたはずなのに。



いつの間にそんな大人びた表情を。



迫りくる見えない何かに、

少し身震いした。




じっと美咲の目を見ると、

美咲は満足げに口を開いた。




「私はね、あそこに縛られている男の、娘なの。」



「……え?」



「理事長の娘。

あの人、安藤っていうでしょ。」




そういえば、そんな名前だった気がする。



理事長なんて普段関わることのない存在。



名前を意識して過ごしているはずなどなかった。




私が黙っていると、美咲は構わず話を続けた。




「あの人は理事長だけじゃなくて、その他にいくつか会社を持っているの。結構、大きいんだよ。」




美咲はそう言って、

ぽつりぽつりと話し出した。



私の、知らないことばかりを。


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