第43話
これは、走馬灯だろうか。
目を閉じると、美咲と過ごした日々がよみがえってきた。
中学入学を機に引っ越してきた私に、一番最初に話しかけてくれたのは美咲だった。
私たちは中学生とは思えないほど子供で、親や先生の目を盗んで何度もいたずらをしたし、自転車でどこまでも遠い所へ遊びに行った。
美咲が私の隣にいない日なんてなかったし、どこへ行くのも何をするのも一緒で。
それが。
いつ、どこで、壊れてしまったのだろう。
なんで、どうして、私は今、美咲の従兄妹に殺されようとしているのだろう。
全部全部、私が悪かった。
もう一度、やり直すことができたら。
「じゃあ行くよ~3……」
私の死への、カウントダウン。
もうみんな死んでしまった。
今から何をしても、
私には誰も救えない。
死体が一つ増えたって、
何も変わらない。
「2……」
それならば、
このままここで死んでしまえれば……
死後の世界はきっと、
こんなに苦しい思いをせずに済む。
天国で待っている皆に会えるかな。
すぐ行くから、待ってて。
「1」
その数字を最後に、キュッ、と、
上履きが廊下に擦れる音がした。
私はより一層、目を固く瞑る。
やっぱり、怖いよ。
死にたくなんてない。
でも、これは罰だから。
助けられなくて、ごめんね……
……
「痛ってえ……」
痛みがない。
その代わりに、
聞きなれた声がする。
愛おしくてたまらなくて、
頭の中で何度も何度も再生した声。
私の、大好きな人の声。
「榊原っ……!?」
倒れてくる大きな背中を
必死に受け止める。
一人では支えきれない重さに動揺した。
何が起きたのか分からない。
さっき、突き放したはずなのに。
「なんで……なんでよ……」
榊原の肩を必死に揺する。
揺られた榊原は勢いよく顔を上げて、
私をキッと睨みつけた。
「なに諦めてんだよ、逃げんなよ……」
「だって、もうどうしようもなくて、」
「お前が、解決しなきゃ、いけない問題じゃねえ、のかよ……戦えよ……お前が始めた、ことだろ……」
荒い吐息と共に放たれる言葉は、
これ以上になく重かった。
「そうだけど、でも、なんで榊原が、」
「好きな女を守れなくて、何が、男だよ……俺は、お前……瑞季を、守んなきゃ、ゲホッ……」
「榊原……!」
血がドクドクと溢れ出す。
真っ赤に染まっていく視界が、
だんだんと揺れ始めた。
「だから関わらないでって言ったのに!
私といたら殺されるからって!」
「そんなの、関係ねえ……
俺が選んだことだ……」
まただ。
また、目の前で人が死んでしまう。
それなのに、それなのに。
私はまた何も出来ないんだ。
「どうしよう、榊原……」
「なに、迷ってんだよ。
瑞季っ……早く行けよ!」
榊原は大声でそう叫んだ。
「でも、このままじゃ榊原が、」
「俺は死なねえ……絶対に死なねえから……ウッ、ゲホッ……」
榊原はとうとう血を吐いた。
こんなの、死なないはずがないじゃない。
私がここから離れたら、
榊原はきっととどめを刺される。
もう誰も見殺しになんてしたくないのに……
これから死ぬ人を、置いていくだなんて。
「榊原……榊原ぁっ……」
「いいから、早く行け。瑞季。」
そう私の名前を呼んで、
榊原は私の手を強く握り締めた。
まだ、あたたかい。
こんなにも、あたたかい。
榊原は、生きてるんだ。
まだ死んだわけじゃない。
ちゃんと、生きている。
「私、行くよ。」
私は立ち上がって走り出した。
奥へ、奥へ行かなきゃ。
放送室に行って、あの子に会わなきゃ。
「おい、待てっ!」
「っ行かせるかよ……」
榊原が、安藤太一の脚を掴む。
血を吐いた人間だとは思えないほどの強い力だった。
「お前は、俺を倒してからじゃねえと行かせねえ……」
「くそっ、しぶてえ奴め……!」
私は無我夢中で走った。
大丈夫、榊原は生きている。
死ぬはずなんてない。
榊原は、強いんだから。
あんなに深く刺されても。
あんなに大量の血を吐いても。
榊原は、
榊原は……
……分かっていた。
助けも呼べないこの状況で、
榊原を回復させる方法などないと。
でも、それでも……
榊原が用意してくれたこの道を。
私は走り続けなきゃ。
もう誰の死も無駄にできないのだ。
ここへたどり着くのには、
あまりにも犠牲が多すぎた。
私が、晴らさなきゃ。
やっとの思いで辿り着いた放送室は、
入口からドス黒いオーラが漏れていた。
この中に……
ごくりと息を呑むと同時に、
入り口のドアが開いた。
「遅いよ、瑞季。」
悲しそうな、恨めしそうな眼差しで、
美咲が私を突き刺した。
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