第42話

「通せないって……?」




鈍く光るナイフに怯む。



私にもあの包丁が……と思いながらブレザーのポケットに手を入れると、



「さっき回収しちゃったよ。」



と言いながら、安藤太一が私の持っていた包丁をちらつかせた。



いつ取られたのかさえ、

全く気付いていなかった。



そんな中、

安藤太一がにやりと笑って口を開く。




「俺ね、瑞季ちゃんに遭遇したら殺せって言われてんだよね、まだレンアイ放送の主催者を見つけることができていない罰として。」



「そんな……」



「だから今日、わざわざ玲奈の家からここに来たんだよ。早く瑞季ちゃんを殺して戻らなきゃ、ね。」




安藤太一の不敵な笑みに、

目の前が真っ暗になった。



誰に指示されたのか。



そもそもなぜ私が主催者を見つけなければならなかったのか。



何も分からない。



このままでは、結局誰も救えないまま、

何も分からないまま死んでしまう。



せっかく阪本が自分の命を犠牲にしてまで私を守ってくれたのに。



私が死んだら、阪本をトラウマとして

私の中で生かすことすらできない。



あげはちゃんも、ゆりちゃんも、

なんのために死んだのか……



美咲やあげはちゃんとした、

必ず生きて帰るという約束。



そしてゆりちゃんと交わした、

私が主催者を探してみせるという約束。



なにひとつ、果たせないじゃないか。



私が、今まで主催者を見つけられなかったばかりに……




「あと少し……

あと少し時間をください……!

必ず見つけて見せるから……!」




そう言って、

私は必死に安藤太一にしがみついた。



ここまで来たんだ。



死にたくない。



絶対に生きて帰らなければならない。



それが、約束だから。




「うーん、別にいいけど、怒られたくないからレンアイ放送が終わるまでね。終わったらその時点で殺すから。」






《D組43番 和田結衣わだゆいさんの好きな人は……》








安藤太一がそう言った途端、

また放送が流れ始めた。



まるで、私たちの会話を

聞いているみたいに。




流れ始めた放送に、

42番の若草樹わかくさいつきの名前はなかった。



もう、死んだのだろうか。



D組は43人。



つまり、43番の和田結衣が最後ということだ。



あと何秒だろう。



その秒数が、私の寿命だ。




もう半分諦めていた。



あと数秒で何かが変わるはずなんてない。



けれど私は、最後の望みを託して、

私はレンアイ履歴のサイトを開いた。



そしてページを隅々までチェックしていく。



どこにも隠しコマンドらしきものはない。



画面の余白をタップしてみても、

何かが起きる気配はない。



このサイトに答えなんてない。



そう、分かっていた。




私は一体何をしているのだろう。



もう答えなんて分かりきっているのに。



ずっと気付いていたのに、そんなはずがないとその気持ちに蓋をしていた。



だって、あの子は私の……




本当は、まだ信じたくなんかない。



けれど、その子の名前を何度タップしてもページが移動しない。



画面が真っ暗になる。



好きな人も、生死も、

何一つ表示されない。




ずっと、そうだった。



これは私に向けたメッセージだったのに。



なんで、どうして。



ずっと気付かないふりをしていたのだろう。




彼女は私に助けを求めていた。



私に気付いて、止めてほしかったんだ。



それなのに、私は……



私は……




「ごめんなさい……」




知らぬ間に涙がこぼれ落ちていた。



私が、全ての元凶だったのだ。



レンアイ放送の主催者を見つけて止める覚悟なんて、最初から私には微塵もなかった。



こんな悲劇に、

気付いてしまうのが怖かったのだ。






《和田さんは、失恋です。これですべての生徒の放送が終わりました。》






「あーあ。泣いてる間に放送終わっちゃったよ?」




そう言って、安藤太一は手に持ったナイフを、またクルクルと指で回した。




「んで、分かったの?」



「……はい。」




まだ信じたくないけれど、

きっと、そう。



不信感は確信に変わっていた。




「あっそ。まあ俺も流石にヒント与えすぎたよな~。」




結局後で怒られそうだわ、と言って、

安藤太一はハハッと笑った。




「行かせてください、

あの子のところに。」




私は安藤太一に頭を下げた。



床に座り込み、額を床にぴったりと付けて必死に頼み込む。



下を向くと、目に溜まっていた涙が一気に零れ落ちた。



それを何度も拭って、

私は頭を下げ続けた。



あの子に会いたい。



その一心で。




「いや、無理でしょ。

レンアイ放送終わっちゃったし。」




私の必死さとは裏腹に、安藤太一が投げた言葉は薄情なものだった。




「……ですよね。」




意外にも、私は冷静だった。



本当は会いたくない気持ちの方が大きいのかもしれない。



このまま、何も知らないくらいの気持ちで生きていたかったのかもしれない。






《これで、レンアイ放送を終わります。》






レンアイ放送の終わりを告げる無機質な声が、私たちしかいない廊下に響き渡った。




「うん、ごめんね?こんなことなら、何も知らずに死にたかったよね。」




安藤太一は私の顔を覗き込んで、

私に頭を上げさせた。




「でも、俺、そんなに優しくないから。

立って、歯食いしばってくださ~い。」




クルクルと振り回していたナイフを止めて、安藤太一はナイフを強く握りなおした。




もう、死ぬんだ。



殺されるんだ。




私は歯を食いしばって、目を閉じて。



この世に別れを告げた。




ごめんね、お父さんお母さん。



ごめんね、榊原。



ごめんね、阪本。



ごめんね、かなめちゃん。



ごめんね、あげはちゃん。



ごめんね、ゆりちゃん。




ごめんね。



美咲……


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