第31話
「……え?私?」
流れた放送に、
思わず素っ頓狂な声が漏れる。
私の聞き間違えでなければ、
今、放送は……
「もう、間に合わねえよな。」
榊原が呟いた。
自分の手を握り締めて、
涙で震えている。
私が切りつけた右腕は、
ほんのかすり傷のように見えた。
全く、この期に及んで私は、
榊原を殺す決断が出来なかったのか。
自分を情けなく思った。
好きで好きで仕方がなくて、
傷付けることすら怖かった。
だから今、かすり傷を付けてしまったことでさえ苦しい。
でも、今はそんなことより。
「私のことが、好きなの……?」
「じゃなきゃ殺そうとなんかしねえよ。」
「でもなんで、」
「ごめんな。大丈夫。もう手を出す気はないから。俺は黙って死ぬよ。」
……信じられなかった。
榊原が私のことを好きだなんて。
夢のようだった。
《そんな渡辺さんの好きな人は……》
「藤田の束縛が激しくて、別れるに別れられなかったんだよ。だからお前にも言えなかった。まず、俺に興味なさそうだったし。あんまり接点もないしな。」
「……そんなことっ。」
「彼女がいるのに他の人のことが好きなんてさ、最低だよな、俺。」
榊原は、項垂れるようにしてその場に倒れこんだ。
榊原が私のことを好きだなんて、まだ信じられない。
それでも、今自分の中にある嬉しさは本物なのだと思う。
心臓が、熱かった。
「……榊原。放送、聞いてほしい。」
《そんな渡辺さんの好きな人は、
C組15番 榊原悠人さんです。
両想い、おめでとうございます!》
「……は?」
鳴り響くファンファーレに、
今度は、榊原が素っ頓狂な声を出した。
榊原の戸惑っている表情を初めて見て、
少し、可笑しかった。
「私も、好きだったんだ。
去年からずっと。」
「……言えよ。」
「だって藤田さんと付き合ってたし、
叶うはずないよなって。」
「うわあ、まじか……」
そう言って榊原はその場に寝転んだ。
安心したように大きく息をして、
「いてぇ。」
と右腕をさすった。
「ごめん、身の危険を感じたから。」
「いや、正当な判断だよ。
大丈夫、そんな深くない。すぐ治るわ。」
榊原は寝転がったままそう言った。
私もなんだか力が抜けて、
ほっと溜息が出た。
「馬鹿だなあ、俺ら二人とも。」
「うん……もし放送がもう少し遅かったら、私、榊原のこと……」
「待て、俺も同じなんだから、言うなよそれは。」
「でも、いくら追い込まれてたからって、お互い殺そうとした事実は変わらないよ。」
「そうだけど……」
重い沈黙が流れる。
お互い何も言えないまま、
その場で黙りこくってしまった。
ああ、どうしてこんな余計なことを言ってしまったのだろう。
大好きな榊原と両想いになれて、
最高に幸せな気分だったのに。
もう少し、幸せに浸っていたかった。
でも、こんなゲームの中で、
たくさんの人が死んでいった。
それこそ私が今持っている包丁には、
死んだ人の血が大量についていて。
私たちがこうして両想いだの何だの言っていられるのは、色んな人の犠牲があってこそだということを、いくら幸せでも忘れてはいけなかった。
私たちがお互いを殺さなかったからといって、人が死んでいる事実は消えない。
人が二人助かっただけで、
他は何も変わらないのだ。
だから、私たちが変えなきゃ。
自分本位で生きていたって何も始まらない。
この猟奇的な殺人ゲームを、
終わらせなければならない。
助かった命を、無駄にしないために。
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