第14話

それでも、私は、

こんな死に方なんてしたくない。



自分で死ぬのも嫌だ、

誰かに殺されるのも嫌だ。



だからといって榊原を殺すのも怖い。



死にたくないし、殺されたくない。



どうにかして自分の手を汚さずに助かりたかった。




そんな方法なんてないと分かっている。



こんなことを思ってしまう自分の汚さだって十分に分かっている。



けれど、こんな場面に遭遇したら誰だってそう願ってしまうだろう。



むしろ、これが当たり前の感情だ。



もう傷付きたくないし、

誰も傷つけたくない。



そんな至極当然の願いが、

どうして許されないのだろうか。



どうして、死ぬか殺すかの二択しかないのだろう。




誰か、助けて……




もう随分と固くなってしまった阪本を、無理やり自分から引き剥がしてそう思った。






そんな時。




「瑞季ちゃん!助けてっ……!」




後ろから誰かに抱きつかれる。



あまりの勢いの良さに、

背後から刺されたのかと錯覚した。




恐る恐る振り返ると、A組の小栗おぐりかなめちゃんが涙ながらに私にしがみついていた。




「かなめちゃん、どうしたの……?」



「黒パーカーの男がっ!黒パーカーの男がぁ……っ!」




かなめちゃんはそれだけを何度も必死に叫ぶ。




身体を刺された死体二つと、

血まみれのブレザーを着た私。



それが並んでいる異常な光景に、

かなめちゃんは何も突っ込んでこない。



相当パニックになっているようだった。




「何、わかんないよ……」



「私、たかくんと付き合ってるのに!

死ぬわけなんてないのに!

さっきからずっと黒パーカーの男が

追いかけてくるの!どうしよう!」




かなめちゃんは、顔を涙でぐちゃぐちゃにしながらそう叫んだ。



何一つ嘘偽りのない、

心からの叫びだ。



本気で怯えているのが

ひしひしと伝わってきた。




私はかなめちゃんの発言にハッとする。



そういえば、さっきグラウンドで生徒を刺した男も黒パーカーを着ていたような気がする。



阪本の言うように、やはりあれが失恋者を殺す人間なのかもしれない。



そう思った。




「とにかく、落ち着いて……?」



「やだやだやだやだ!

たかくんが私を裏切るわけないじゃん!

私が死ぬわけないじゃん!」



「そう思ってるならもっと余裕をもってさ……」



「こんな状況で余裕を、なんて、

瑞季ちゃんバカなの!?」




かなめちゃんは大声で私を罵る。



耳をつんざくような声に、

頭が痛くなった。




バカなの、なんて……



今まであまり会話をしたこともないのに、

随分と酷い言いようだ。



直接話すのはこれが2回目くらい。



それなのに、バカなんて……




どうでもいいところが気になって、

私は無性に腹が立った。



目の前で阪本が死んで傷付いているというのに、かなめちゃんはそんな私の気持ちを一切考慮してくれていない。



ただ自分がよければいいと思っているのだ。



心に余裕がないのは仕方がないけれど、

それは私だって同じこと。



余裕がないのはかなめちゃんだけじゃない。




気付いた時には、勝手に口が動いていた。




「付き合ってるとかはどうでもいいけど、そのたかくんとやらを信じたいなら勝手に信じてりゃいいじゃん。私には関係ないことなのに、そうやって八つ当たりされても困るよ。最期まで好きな人を信じて死ねるなら本望なんじゃないの?私のこと、巻き込まないでよ……」




……最低だ。



こんなことを言いたかったんじゃない。



自分だって不安になって美咲に八つ当たりしたくせに、自分のことは棚に上げてかなめちゃんを責めるなんて。



私は本当に最低だ。



もっと不安な気持ちに寄り添ってあげられるような、そんな言葉をかけたかったのに。




目の前で阪本が死んで、すぐに他人のことを思いやる方が無理だった。



私だって苦しいのに。



そんな押しつけがましい思いもあった。




「瑞季ちゃん……最っ低!」




かなめちゃんが私を睨みつけてそう言う。



その通りだ。



我ながら、人間の血が通っているとは思えない発言をしてしまったと思う。




「ごめん、でも……」



「これやったの、瑞季ちゃんなの?

酷い殺し方するね?

私には偉そうに言うくせに、自分は好きな人を信じれず殺したんだ?

マジ、最低!」




かなめちゃんは、私の目の前に転がる阪本の死体を指して早口でまくし立てた。




「……それは、」




それは誤解だ。



殺したのは私じゃない。




そう言いたいのに、私のせいで死んだのは間違いではないから、何も言えなかった。



後ろめたいことがあるわけじゃないのに、

なんと答えていいのか分からない。



私は何も言えぬまま、

その場で黙り込んでしまった。






《続いて、A組9番 小栗かなめさんの好きな人は……》






そこでタイミングよく、

放送が私たちの会話を遮った。




「はっ、始まった……!」




かなめちゃんが、

ぎゅっと私の袖を掴んだ。




あんなに私を罵倒して、

結局私に縋るんじゃん。



ものすごい手のひらの返しようだ。



また、そんな酷いことを思ってしまった。

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