第13話

「目の前で青木が殺されたんだ。


主催者側の男に殺される奴も、

生徒に殺される奴も見た。


俺は殺されたくない、

でも渡辺のことも殺したくない。


どうすればいいのか、

本当に分からなかった……」




こぶしを握り締めながら、

たまに鼻水をすする。



悔しさや、悲しさ。



俯いていて表情は分からないけれど、

阪本からは色んな感情が読み取れた。



それほどまでに、本心で話しているんだとはっきり分かる声色だった。




「だから、考えたんだよ。

どうすればいいか。」



「……逃げ道があるの?」



「そうじゃない。

多分レンアイ放送に逃げ道なんてない。」



「じゃあ一体……」



「それは、な。」




阪本は、床に置いた包丁をもう一度手に取った。



それを見て、私はやっぱり殺されるのだと身構える。



綺麗事ばっかり言って、

結局は私を殺すつもりなのだ。




けれど、阪本の選んだ道は全く異なるものだった。






「俺が、ここで死ぬことだよ。」






そう言って、阪本は勢いよくその包丁を自分の腹に突き刺した。




ほんの少しばかりの返り血が、

私の視界を赤く染める。



何が起こったのか、

しばらく理解ができなかった。





「え……阪本……?」



「これで、忘れられないだろ、

俺のこと……」




阪本は途切れ途切れにそう言った。



荒い息と、ドクドクと流れ出していく真っ赤な血。



私は、それをただ見ていることしかできなかった。




「両想いになれないなら、せめて、お前のトラウマとして、お前の中で生きていこうって思ってさ……」




そう言って、阪本は私の上に覆いかぶさった。



阪本の溢れ出す血が、私のブレザーに直接染み込んでいく。



阪本の体温がそのまま私の中に流れ込んでくるようで。



その感触が気持ち悪くて仕方なかった。




それでも、死にかけている人間を拒否することはできない。



私のトラウマになりたい、という発言の意図がつかめないまま、私は阪本の背中に手を回した。



阪本の腹に刺さった包丁の柄が、

私のシャツに優しくぶつかる。



私はそれだけで吐きそうになった。




どうすれば阪本は助かるのだろうか、

どうすれば血は止まるのだろうか。



考えれば考えるほど、目の前の光景が夢ではないのだと認識して気分が悪くなっていく。



人が死にかけているのに、

私は薄情だと思った。





そんな私の耳元で、

阪本が吐息交じりに呟く。





「忘れるなよ、俺のこと。」





耳の後ろがぞわっとする。



息絶える寸前だとは思えないほどに、

はっきりとした言葉だった。




阪本は、それっきり動かなくなった。




「阪本?阪本……?」




私の呼びかけにぴくりとも反応しない。



本当に、死んでしまったのだ。




私は、初めて人の死を目の当たりにした衝撃に震えた。





……私が殺したんだ。



私が阪本のことを好きならば、

こんなことにはならなかった。



私が阪本の気持ちに応えられなかったせいで、阪本は自殺してしまった。



全ては私のせいだ。




そう思った。




だんだんと重くなっていく阪本の体重を感じて、それが私の罪の重さに比例していくような気がしてくる。




榊原を殺さずとも、

私は一つ罪を背負ってしまった。



こんな罪を背負って、

私はこれからどう生きよう。



榊原を殺そうと思っていた気持ちも、

なんだか薄れていくような気がした。



直接手を下さずにこんな気持ちになるなら、自分の手で殺めてしまった時には

気が狂ってしまいそうだ。




じんわり染み込んでいく血の温度を感じながら、私はその場から動けなくなってしまった。


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