第11話

「ヒィッ!」




あまりに突然の出来事に、

思わず変な叫び声を上げてしまう。



人が刺されるのを見た後だからか、

振り返るのが怖かった。




「うわっ、なんだよその驚き方。」




聞き慣れた声に振り返ると、私の肩に手を置いたのは、D組の阪本海人さかもとかいとだった。




「ごめん……ちょっとびっくりして。」



「いや、こっちがびっくりしたんだけど。」




阪本はそう言ってハハッと笑った。




私の唯一の男友達と言える阪本は、

去年のクラスが同じで

一緒に文化祭実行委員をやった仲だ。



グラウンドでの惨い光景を目の当たりにした後でも、阪本の顔を見るとどこか安心できた。




「そんな怯えてどうしたんだよ。」



「や、あの、あれ見ちゃって……」




窓の外を指すと、刺された生徒は

まだそこに倒れこんでいた。




「え?なんだあれ。」



「学校から逃げようとして、黒づくめの男に刺されたみたいなんだけど……」



「うわ、酷いな……黒づくめって、失恋者を殺すアイツか?」



「そうなの?分からないけど……」



「さっき、青木が刺される現場を俺も見てたんだよ。だからその男もさっき見た。何人かいるんだろうな。」




阪本は、私から少し目を逸らしてため息をついた。



この状況で冷静に考察できているのは、

美咲だけでなく、阪本も同じみたいだ。




阪本は、視線を窓から私に戻して私に尋ねてくる。




「職員室、見たか?」



「あー、遠目からなら見たけど、誰かいた?」



「いや、誰もいなかった。」



「……だよね。」



「うん。望みなんか持つだけ無駄だよな。

誰もいないってわかってたはずなのに、ちょっとだけ期待してさ。馬鹿みたいだわ、俺。」




阪本は吐き捨てるように笑った。




やっぱり、あの場にいる人間はみんな微かな望みを抱いていたんだ。



望みを捨てきれない人たちが愚かなんじゃなくて、この状況を受け入れきってしまった自分が異常なのだろうか。



そんな不安さえ抱く。






「嫌だよな、

殺されるのが決まってるのは。」



「……え?」




阪本から飛び出した、

意外な言葉に驚いた。




「決まってるの……?」



「ああ、うん。

まだ確かめてないけど、多分な。なんとなく、そいつの好きな人も分かるし。」




阪本は眉を下げて、

少し悲しそうに笑った。



私と、同じだ。



他人事には思えない。




「私も、だよ。」



「え?」



「私も確定してるの。両想いじゃないこと。」




共鳴したかったのだろうか、

慰めのつもりだろうか。



そんな言葉が口をついて出た。




「振られた?」



「ううん。彼女いるから。」



「……そっか。」




それを聞いて、

阪本は深くため息をついた。




「じゃあ、俺も確定かな。」



「……?どういう意味?」




阪本の言葉の意味が分からず、私の頭には無数のクエスチョンマークが浮かんだ。



まさか、阪本も榊原のことが好きなのだろうか。



私に腐った趣味はないが、

それを否定する感情もない。



榊原に彼女がいることを、

阪本は知らなかったのだろうか。




そんなことを思っていると、

阪本がおもむろに私に向き直った。






「俺が好きなの、お前だよ。」






一瞬、息が詰まった。




阪本が放った言葉の意味が分からないまま、口を開けて唖然とする。




まさか、そんな。



阪本が私のことを好きなんて。




やっとその意味が呑み込めても、それが嘘か本当か、そしてなんて返せばいいのか分からない。



ただ一つ分かるのは、私を見つめる阪本の瞳にはこれっぽっちの嘘もないということだけだった。





「え……嘘でしょ?」



「去年からずっとなんだけど、

鈍感だよな、お前って。」




少女漫画みたいなセリフ。



けれど、そんなトキメキ漫画とは状況が違う。




この状況での告白は……死刑宣告だ。





「私のこと、殺すの……?」



「うん、まあ、包丁は持ってるけど。」




そう言って、阪本は後ろポケットから包丁を取り出した。




何度か見たことがある、家庭科室の包丁。



私と鉢合わせるその前に、阪本はもう既に家庭科室へ行っていたのだ。



もしかしたら、私と鉢合わせたのも偶然ではないのかもしれない。




まさか、最初から殺す気で私の後を……




そんな考えが頭をよぎった。





「嫌っ……!」




私は急いで階段を駆け下りる。




このままじゃ私は殺されてしまう。



嫌だ……



殺されたくない……!




その一心だった。


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