一生のトラウマ
第10話
教室を出ると、廊下は
逃げ惑う生徒で溢れかえっていた。
もう、逃げ道なんてどこにもあるはずがないのに。
この人たちは、まだこのレンアイ放送から逃げる望みを捨てきれていないのか。
なんて、そんな冷たいことを思った。
私だって、始まった直後は逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
けれど、今ではもうそんな気持ちは湧いてこない。
電波もない、助けも呼べない。
誰かに助けを乞うても、
虚しく終わるだけだ。
それならば、戦うしかない。
そんな考えに至っていた。
今から人を殺すというのに、
流石に丸腰では心許ない。
まずは家庭科室に行くことにした。
そこで包丁やらなんやら、
最悪まな板でもいい。
とにかく武器を調達しよう。
この状況で、私はやけに冷静だった。
いや、人を殺すという考えに至っている時点で冷静には程遠いのかもしれないが。
それでも、自分が一番、この状況を素早く呑み込めたという自負があった。
それもこれも美咲のおかげだろう。
美咲の助言がなければ、私はただ教室で死を待っていたに違いない。
ならば、一番に状況を飲み込んだのは美咲で、私はそれを吸収しただけか。
私は
自分が放送されるまでかなりの時間的余裕はあるが、万が一、A,B組に私を好きな人がいれば放送が早まってしまう可能性がある。
家庭科室にも早く行かないと、
きっと武器の数が尽きてしまうし。
なんにせよ、早めに行動しておかなければならないと思った。
家庭科室は、確かB棟の1階だ。
自分の微かな記憶を頼りに、
私は自分のいるA棟の階段を降り始めた。
2年生の教室がある3階から1つ降りると、2階の職員室の前に生徒が群がっているのが見えた。
よく聞き取れないが、
怒号も飛び交っている。
生徒たちが押し合いひしめき合い……
その状況はまさにカオスだった。
……そうか。
私は単純な疑問を抱き忘れていた。
この状況で、教師は一体何をしているんだという純粋な疑問だ。
電波はこんなことになっているし、逃げ道なんてないだろうと勝手にそう決めつけていた。
勝手な決めつけはよくないが、現場を見に行かなくても、多分、先生たちはいないのだろう。
こんなに逃げ道をなくした上で、
助けてくれそうな教師なんかを
そのままにしておくはずがない。
期待するだけ無駄だ。
そう思った。
何にせよ、私は早く家庭科室へ向かわなければならない。
そこから視線を外して階段に向き直ろうとすると、グラウンドにぽつりと一人の人影が見えた。
走って校門へ向かっているようだ。
逃げようとしているのだろうか。
私は無性にその生徒の動向が気になって、
しばらくじっと見つめていた。
逃げ道なんてないと分かっているくせに、
どこか淡い期待をしていたのだろうか。
……私は、馬鹿だった。
その生徒の後を追ってきた黒ずくめの男が、その生徒を力尽くでねじ伏せる。
そして、思いっきり。
生徒のふくらはぎをナイフで刺した。
吐きかけた息が、
ヒュッと喉に戻ってくる。
のたうち回る生徒を見ながら、
私はその血の色に恐怖を覚えた。
逃げられない。
そんなことはとっくに分かっていたけれど、まさか、それに対する罰があるなんて。
そんなこと、考えてもみなかった。
私は怖くなって、
一目散に階段を降り始める。
希望なんて捨てたはずなのに、
どうしてこんなにも怖いのだろう。
初めて人が直接刺される瞬間を見たからなのだろうか。
あんな鮮明な血の色は初めて見た。
早く、早く殺さなきゃ。
逃げずに戦うって、意思表示をしなきゃ。
そうじゃなきゃ、私が刺される番になる。
私は、傷付きたくない。
混乱する気持ちを必死に抑えて、
私は階段を駆け下りた。
踊り場まで来たところで、
「渡辺、」
背後から、誰かに肩に手を置かれた。
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