第9話

何故かは分からない。



ちらりと横目で榊原を見た。



殺したいだとか、

生きたいだとか。



そんな気持ちは一切抜きにして、

視線だけを移したつもりだった。





……ぱっと、目が合った。



言いようのない罪悪感に駆られて

思わず目を逸らす。



榊原の感情は読み取れない。



ただ、じっと。



私の事を見つめていた。





「ねえ、瑞季。」




私より少し身長の低い美咲が、

私の顔を覗き込むようにして囁いた。




「殺すの?」




短く、だけれど強く。



美咲は私にそう言った。




「……何を。」



「今、見てたじゃん。目が合ってたよ。」




私が視線を逸らすのを許さないような、

美咲はそんな重い声で尋ねてくる。



上目遣いではあるが、

私を突き刺すような視線だった。




「別に、私はっ……」



「瑞季がどんな道を選ぼうと、私は否定しないよ。ただね、さっきも言ったけど、私は瑞季に生きてほしいから。」




私の手を握り締めて、美咲は優しく、

けれど必死にそう言った。



きっとこれは、

それ以上の意味を孕んだ言葉だ。



私を想うと同時に、まるで殺人を示唆するような意味合いを含んでいる言葉なのだと思う。



生きるためなら殺したって構わないと、

そう読み取れるような言葉だった。




「何、言ってるの……」



「だって、見たでしょ、さっきの愛美。生きたいって気持ちはみんな一緒なんだよ。」




他の誰かに聞こえないようにか、

美咲はそっと小さな声で話す。




「もう愛美がやっちゃったわけだし、瑞季が榊原を殺したって誰も瑞季のことを責めたりなんてしないよ。みんな、考えてることは同じなんだから。


私たちはまだ子供で、脅迫されて殺すんだから罪も軽くなるはず。生きるためなんだから、仕方ないんだよ。みんな生きたい気持ちは同じ。だから瑞季も、生きたいって、思っていいんだよ。」




洗脳に近い何かだった。




聞いているうちに、あ、そうかもって。



私、生きたいのかもしれないなって。




高校生の時の好きな人なんて、大学に行ったらどうせすぐに忘れてしまうのに。



そんな一時の色恋に、

どうして命を賭ける必要があるのだろう。



榊原のために死ぬなんて馬鹿らしい。



たった一人、榊原を殺せば。



私の人生はひとまず保障される。



それなら、殺してしまえば。



ただ一時の罪悪感で、命が救われるなら。



殺したって、構わない。




そう思ってしまった。




「……そうかもね。」




思わず、そんな声が漏れる。




「うん。生きよう。」




その言葉に、美咲の思いが詰まっているような気がした。




私たちは中学からの大親友だ。



美咲が一番、私のことを分かっている。



これからもきっと、

私の一番そばにいるのは美咲だ。



その美咲が容認したことなら、

やってもいいんじゃないか。




……私は、死にたくない。



榊原を犠牲にしてでも。




そう思って、私はもう一度

榊原に視線を戻した。



すると、もうそこに榊原の姿はなかった。



そこにあるのは戸惑うクラスメイト達の騒めきだけ。




榊原には、彼女がいるのに。



じっと座っていたって、

殺されることはないのに。




……まさか。



私の揺れる思いに気付いたのだろうか。



身の危険を感じて逃げたのかもしれない。




それならば。




「美咲……私、行くよ。」




美咲をじっと見つめて、

私は力強くそう言った。



もしそこに榊原の姿があれば、

私の意志は揺らいでいたかもしれない。



それが、壊れないうちに。



気持ちが動かないうちに、

榊原を捜しに行くべきだと思った。




「うん。ここで待ってる。

何があっても私は瑞季の味方だからね。」




美咲も力強くそう返してくれた。




大丈夫だ、私には美咲がついている。



こんなにも心強いことはない。



美咲がいれば、

私は何だって出来るのだから。




美咲のその言葉に深く頷いて、

私は教室を後にした。




これからが、戦いの始まり。



榊原との。



そして、自分との。


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