第9話 休日の終わり
「原因はわかったわ、で私たちはどうすればいいの?」
沙織の方は一応は納得してくれたようだ。
俺はあらためてオークションを確認するためにノートPCを操作する。
「何もしなくていいよ、むしろ何かしちゃいけない」
俺は沙織の反応をみたが、異論がないように見えた。
「沙織のお母さんはすでに受け取り連絡をしている、もうAさんの口座には代金が振り込まれているはずだ」
「取引自体は問題なく終わっている、だからAさんとの取引メッセージはもうやめる」
「Aさんは間違った商品が送られていることを知らないから?」
沙織は言う。
「そう、Aさんはシステムが指示したように”みっつリーン”に発注した」
俺は言葉を選んで伝えた、少なくとも何を送るべきかは確認すべきだ。
「だから沙織のお母さんの取引メッセージにも返信しない」
「Aさんいとっては因縁をつけてきた怖いおばさんというなる」
沙織は一瞬ムッとした表情をしたが、そうよねとと表情を戻す。
「”悪い”の評価を付けるのもだめだ、報復評価をされても損なだけさ」
この状況で”悪い”評価も因縁以外の何物でもない。
Aさんはそのうち”×オク”から居なくなる、でも悪い評価は残る。
「だからといって、”良い”評価をする必要もないけどね」
評価しないことが、せめても報復くらいでいい。
あとは気持ちのケアになる。
「届いた商品は普通に使えるものなんだろう?」
沙織はすこしうなずいた、俺は続ける。
「うん、『これでも別にいいんだけど』とお母さんは言っていたわ、返品することもあるからまだ使ってないみたいだけど」
「問題は値段なんだが、これは授業料と思って納得するしかない」
欲しかったものが手に入るワクワク感は残念ながら補償対象外だ。
「俺はこれ以上、沙織と沙織の家族にAさんたちと関わって欲しくない」
あえてAさんたちという言い方をした。
「Aさんのバックに何がいるかわからないから?」
沙織が聞いてくる、俺と同じ考えのようだった。
「そう、Aさんは”商品リスト”という形でツールの提供者とかかわっている」
「それがどんな奴らかは全く分からないから」
Aさんが単なる使い捨ての駒である可能性が一番高いことは言わなくていいだろう。
「万が一?」
「そう、それこそ”万が一”だ」
俺は”万が一”という言葉が好きだ、自分やまわりの人を気遣うときに使われる言葉だから。
「知ってるかい?万が一という単語は英語にはないんだよ」
沙織はちょっと驚く、ふふ久々に沙織に勝ったみたいだ。
「そうよね、日本人らしい素敵な言葉だよね」
俺も沙織もにこやかに微笑んだ。
「オークションの方はわかったわ、それじゃ個人情報の方は?お母さんはそっちも心配してたわ」
沙織が聞いてくる。
商品を配送するときに、住所・氏名・連絡先などの個人情報を相手に伝える。
そしてAさんのような無在庫転売では送り主が書かれているだけの伝票が来るだけだ。
不安になるのも当然。
「心配いらないんじゃないかな?」
「Aさんのシステムを見た訳じゃないから、断言はできないけど」
「どうしてそう思うの?」
沙織は理由を早く説明してという顔をしている。
「売れる個人情報には付加情報が必要なんだ、”住所・氏名プラス買ったもの”じゃ少し弱い」
俺は説明を続ける。
「その程度の情報なら既に出回っている」
沙織はそうよねという顔をする、家にも怪しげな電話があったことを思い出したようだ。
「それに、」
俺は付け加えた。
「個人情報を収集することが目的なら、もっと個人情報が集められる、つまり売れすシステムにするね、俺なら」
沙織は微笑んだ。
Aさんのツールはあまりにも雑だ、まるで商品が売れなくてもいいような作りだ。
「わかった、お母さんには弘樹が『案してしていいよ』って言いてたことにするね」
まあそういう意味でいいだろう。
些細な危険性は確かにある、でもそれを口にして不安にさせるともない。
「それでも用心するに越したことはないさ、送り付け詐欺とかは気を付けた方がいい」
「頼んでない品物を送ってくるやつね、代引き便とかで」
沙織が冷静に言う。
「それは一度、凝りてるからもう大丈夫」
何があった?すごく気になる。
「弘樹はAさんのことどう思うの?」
沙織が聞いてくる、これまたストレートな質問だ。
「無在庫転売という行為自体をとやかく言うつもりはない」
「別に商品をどこから仕入れて、どう売ろうがそれは商売の仕方だろ」
沙織はちょっと驚いたようだった。
「自分が何を売っているか、買いたいと思った相手が何を思っているか、それをまったく意識してないやり方は好きじゃない」
それは聞いた沙織はやっぱり微笑でくれた。
俺はあえてAさんがシステムに使われているという言葉は使わなかった。
だけどAさんの行動はまさにそれだ、それを続けてもきっと商品は売れないだろう、
いくら在庫を持たないといいても。
やり方はいくらでもある、自分で商品を選んでもいい、在庫を常に確認することだって必要だ。
そうやって工夫して面白さを見出していけば自分の経験になる、可能性だってひろがっていくはずなのに。
一応の結論はでた、話はここで終わり、いうだけのことは伝えた。
俺は黙っていた。そんな雰囲気を察したのか沙織も黙ってしまう。
俺は楽しかった日曜日が終わる時間のような気持になっていた。
二人で過ごしたこの時間は本当に楽しかった。
合わなくなってからそれなりの時間が経っているはずなのに、すぐに昔のペースに戻った。
気がねなく話せる相手、お気楽な掛け合い、沙織の笑顔。
俺はこんなに楽しいものをあきらめてしまったのだ。
沙織とこんなふうに話せる機会は今後あるだろうか?こんな時間はもう過ごせないのかもしれない。
俺はあらためて自分が捨ててしまったものの大事さを思い知らされた。
沈黙を破ったのは沙織だった。
「ねえ、それ弘樹のタブレット?ちょっと貸して」
沙織は俺のタブレットをとりあげると画面を見る。
画面は例の商品の画面だった。
「ふーん。M.Hirokiって名前なのね」
しまった、ログインしたままだった。
「えい、」とタップする沙織。
あっ、マイページに移動しやがった、まずい。
画面に”みっつリーン”のあなたへのおすすめが表示される。
そこには胸の大きなアニメやゲームに登場する女の子のフィギュアがならんでいた、画面全体に。
そのフィギュアたちはどれもみんな面積の少ない服を着ていた。
こういうときも”みっつリーン”のあなたへのおすすめはいい仕事をしてくれる。
沙織は驚いてしばらう画面を眺めていた、引いてるようだった。
俺は沙織からタブレットを取り返そうとしたが、彼女は背中をむけてそれを阻止した。
くっ、羽交い絞めにする訳にもいかない。
俺にはもっとヤバイものが見つからないように祈るしかない。
「そうだ、”物欲リスト”交換しようよ、友達申請しとくからね」
沙織は無邪気に言いながらタブレットを操作した。
一通りの操作を終えるとタブレットを返してくれた。
また沈黙がはじまる。
「さて、帰ろうか」
俺が言うべきだろう。
「うん」と沙織が言った。
荷物を片付ける、俺の方が時間がかかってしまった。
いいよと目で合図すると沙織が立ち上げる、そして伝票を手にした。
俺は後を歩いて出口にむかった。
会計は沙織がした、俺は「ありがとう」と使えた。
沙織は「いいのよ」と言った。
”カメダ”を出ても俺は沙織の後ろをついていった。
沙織を見送ってから帰るつもりだった。
楽しかった時間をかみしめながら。
沙織は自転車置き場の方に歩いていった。
それでもついていくと俺が乗ってきた自転車の前で止まる。
正確には俺が乗ってきた妹の自転車だが。
どうも沙織の方が見送ってくれるらしい。
ママチャリに乗って帰る21歳というのはあまり見られたくなかったが、
まあ来るときに見られていたようなのでいまさら恥ずかしがることもない。
俺は自転車のロックを外し自転車置き場から取り出す。
自転車にまたがった、沙織に挨拶しようとする。
「わたし、あのとき断ったよ、」
沙織が言った。
「吉田先輩に告白されたとき」
沙織には俺が諦めた理由がわかっていた。
「それからもずっと、今までも」
俺はもう諦めなくていいのかもしれない、まだ間に合うかもしれない。
取り戻せるかもしれない、それには俺がそう望まなければ。
「あのさ、利奈に、妹に沙織のこと話すよ」
ここでちゃんと返事をしなければ、また失くしてしまう。
「だからさ、あいつの相談に乗ってあげて欲しんだ」
「はい」と沙織が返事をする、面々の笑顔で。
「じゃ、また学校で」
おれはそう言って、自転車をこいだ。
駐車場を出るくらいのところで振り返ると沙織は小さく手を振っていた。
今日のお礼に利奈にケーキでも買って帰ろうか。
俺は帰り道の坂を下って行った。
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