第8話 1万分の1
話をまとめることにする。
「いいかい、」
俺が話し始めると、沙織はうなずいた。
まるで崖の上の船越英二になった気分で事件の顛末を語る。
「まず、Cさんのこの限定版を”みっつリーン”に出品しようとする、
Cさんは”みっつリーン”の”市場広場”の出店者なんだ」
沙織の理解したという表情を確認して続ける。
「Cさんは出品するにあたり、商品の写真を撮った、これがお母さんのオークションの写真」。
「それで”みっつリーン”の商品写真と違っていたのね」
「そう、”みっつリーン”で扱っている商品の写真は鮮明な白バックなのに、これだけ違うだろ」
沙織がうなずく。
「そしてCさんは商品を出品する、このときに”Mコード”を間違えて登録してしまう、通常版の”Mコード”で」
「”Mコード”が間違えられた限定版はしばらく出品されたの状態でいる、
どのくらいかは分からないが」
「そのタイミングでAさんがオークション用のデータを”みっつリーン”に取りに来る、その中に通常版の”Mコード”が入っていた」
「そのデータからお母さんがアクセスしたオークションページが作られた」
システムは0から何かを生み出すことはしない、特にあの出品ツールは。
あのオークションページが存在することが、Cさんのデータがあった証拠になる。
「Aさんのオークションを見て、沙織のお母さんが入札した」
「ちょっと待って、」
沙織も気づいたようだった。
「それって、すごい偶然じゃない!」
「そうだよ、これはいくつかのたまたまが重なって起こった事件なんだ、正確な計算はできなが、ざっと数万分の1の確率だろう」
俺が答えても沙織は納得できないようだった。
一般の人はこのレベルの確率に縁がない。
なおも納得できないでいる沙織に俺は続けた。
「仮に確率を1万分の1としよう、この確率くらいのことが自分に起こったことは?」
「もちろん、ないわ」
そりゃそうだろ、競馬なら100万馬券、スロットならコイン3枚で神が降臨する、オーディションなら芸能事務所が全力で売り出してくれる、売れるかどうかは知らんけど。
「普通に生きてる人なら一生お目にかからない確率かもしれないけど、」
俺は続けた。
「確かに”それ”は起こった、これは事実だろ」
沙織はうなずく、起こったという事実は否定しようがない。
「でもそんな理由じゃ・・・」
納得できないということか、無理もないが。
「じゃ、他の理由は?Cさん説以上に説得力のあるもので」
意地悪な返しだと我ながら思う、でも納得してもらわないと話を先に進められない。
首を振る沙織。
「俺たちは理由を追った、そしてたどり着いた。それがどんなにあり得ない理由だったしても、それが俺たちの理由だろ」
俺は沙織の顔を見て続けた。
「誰に何を言われても、それが俺たちの理由だと堂々と答えてやればいい」
沙織が落ち着くのを少し待って
「俺はこの理由にそれなりの自信を持っている、もっと信頼してもらってもいいんだな」という俺。
沙織の顔に微笑みが戻る。
俺たちシステム屋にとって1万分の1なんて普通にあり得る数字だ。
システムは何千・何百の人が、何千・何百とやっていることを、何千・何百日分代わりに行う。だから分子はとてつもなく大きい。
問題が起こるといろんな大切ものが失われる、金で買えるもの・金で買えないもの。
それでも問題は起こる、人の作るもに絶対はないからだ。
不幸にして問題が起こったとき、理由が求められる。理由のない事故など誰も納得しないから。
理由をつぶして、システムが安全になったことを証明しなければ、システムを再び使用することができない。
でも理由なんて簡単に見つかるものじゃない、そんなときはありとあらゆる可能性を検討して、一つ一つつぶしていく。
それに比べれば、今回の事件は簡単な方だし、確率もたいして小さくない。
「それじゃ、Cさんが出品した商品は?」
沙織が聞いてくる、落ち着いてくれたようだ。
「たぶん、すぐ売れたんだろう」
「”Mコード”が間違っていても?」
「問題ないはずだ、出品された商品は別のコードで管理されているはずだし、もしかしたらCさんがすぐに気づいて直したかもしれない」
俺は正直な感想を言った。
「どちらにしても、Cさんに聞かないとわからないのね」
「そう、真実にはたどり着けない。もし、Cさんに話を聞けたとしても」
「次はAさんね」
沙織は困った顔をする。
CさんはAさんなんて知らない、もちろんAさんだってCさんを知らない。二人を結びつけるのは”Mコード”と”みっつリーン”のシステムしかない。
この複雑な関係を知っているのはおそらく二人だけだろう。
俺は謎解きの結論を始めた。
「だからAさんも沙織のお母さんを騙そうとした訳じゃない、あるミスが起こったために偶然こうなっただけなんだ」
「そして、こうなった理由を知っているのは私たち二人しかいない」
沙織が俺が思っていることを言ってくれる。
「だから沙織もお母さんも何も心配しなくていい、誰も悪意なんか持っていないんだから」
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