第7話 謎
これでこの事件の背景は説明した。
ここから謎解きが始まる。
「沙織のお母さんが注文したのはこの”なんたらファウンデーション、春の限定色”だよね」
俺はノートPCのオークションページを見せながら言った。
「うん、諦めてたレア物があったから迷わず買ったんだって」
商品名が正しく言えなかったことはスルーしてくれた。
「でもと届いたのはただの”なんたらファウンデーション”」
沙織がほんの少シイラっとしたように見えた。
「これの理由はわかる?」
俺は核心を聞いてみた。
しばらく考え込んだ沙織は言った。
「そりゃ、Aさんが間違えたのよ、Aさんってそそっかしそうだから」
いつの間にかAさんの人物像ができているようだ。
「Aさんがどう間違えたと思うの?」
俺はさらにツッコんでみる。
「Aさんが”Mコード”を打ち間違えたのよ」
沙織の素直な意見を軽く論破することにした。
「いいかい、春の限定色の”Mコード”はxxxxxyyyyy、通常版の”Mコード”はxxxxxyyyyy、5桁違っている」
「”Mコードは”数字と英字の混在だから36進法と考えると」
沙織が答える。
「えーと36の5乗でよかったよね」
俺はうなずいてみせた、沙織はずっと文系なのによく覚えている。
自分のバッグから”エィフォン”を取り出すと計算を始めた。
俺は計算が終わるのを待った。
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん」
桁を数え始めたようだ。
「6千46万!」
そりゃ驚くよな。
「どちらかの”Mコード”しか知らないAさんが偶然打ち間違える確率はそんなものさ」
”Mコード”は”みっつリーン”が独自に管理してるものだ、通常版のコードに1を足したとかいうものではない。
商品が違えばまったく違うコードが採番される。
沙織は別の推理を探しているようだ。こんなときは黙って待つしかない。
「じゃ、こうじゃない」
沙織は新しい推理を説明し始めた。
「限定色のページに行ったAさんはそれが売り切れていることを見つけちゃった」
おれは最後まで聞くよ目で合図した。
「それで表示されてる通常版をクリックして注文しちゃった」
ドヤ顔した沙織がいたようだ。
なるほどオペレーション違反か、たしかに説得力はあるがここでは違う。
俺はノートPCにAさんの評価を表示した。Aさんの評価は”よい”が241、”悪い”が7件あった。
「いいかい、Aさんの”悪い”評価だが」
俺は”悪い”をクリックした。
「全部で7件あるが、誤送はないんだ」
沙織も確認する。
「落札の取り消しが4件、これは在庫切れ」
沙織がうなずく。
「1件は届くのに時間がかかった、これは”みっつリーン”の倉庫になかった、あとは”みっつリーン”から配送された」
意味を考えている沙織に俺は続けた。
「つまり、Aさんはこれまで一度も誤送をしていない」
「今回が初めてだってあるじゃない」
沙織のテンションも上がってくる。
「考えてみてごらん、Aさんのケースでは誤送が一番ヤバイんだ」
落札の取り消しと返金は被害額が発生しない、だが誤送では被害額が発生してしまう。
警察に通報されることだってある、それはこのツールを配っている連中にとって一番困ることだ。
それが起きないようにAさんは躾けられているはずだ。そしてAさんずっとそれを守っている。
まだ納得してない沙織、どうやらタネ明かしするしかなさそうだ。
「Aさんは誤送をしていない。この事件は最初に沙織が言ったとおり”Mコード”の取り違えなんだ」
そうだよねといった顔をする沙織。
「やっぱりAさんね」
おれはまたも否定する。
「いや、Aさんじゃないんだ」
「じゃ誰なのよ」
というと沙織は俺が描いたメモを見返す。
「”Mコード”取り違えたのはCさんだ」
といった俺に怒りの表情を向ける沙織、沙織のこんな顔いままで見たことないぞ。
「それって、”二人刑事”で犯人が9時48分に登場したタクシー運転手だって言ってるのと同じよ!」
好きなドラマで例えてくる、頼むから落ち着いてくれ、どう、どう。
俺は沙織が落ち着く時間を作る、黙っている俺を見続ける沙織。
怒り疲れたのか、表情が少しゆるやかになったころに俺は言った。
「Cさんは9時5分くらいには登場してたさ、分かりにくいけど」
俺はノートPCに問題のオークションを表示した。
沙織はもう見飽きたようだったが。
タブレットにも”みっつリーン”の正解の商品を表示した。
「違いが分かるかい?」
ネタばれは厳禁だ、とくに今の状況では。
両方の画面を見比べる沙織、俺の運命は彼女が答えを見つけることで決まる。
待つしかないのだ。
「あっ、」
声をあげる沙織、どうやら気づいてくれたようだ。
「写真が違う」
タブレットに表示されていた写真は白バックで商品がよく見える、いわゆる”みっつリーン”の標準ともいえるものだ。
商品の売れ行きが左右されるだけにプロが撮ったきれいな写真だ。
それに比べてオークションの写真は白バックでない、いかにも素人が撮った写真だった。
「そう、この写真を撮ったのがCさんなんだ」
俺はメモの”みっつリーン”の四角の下に人の絵を描き”C”と記入した。
沙織が興味津々な顔で俺を見ていた。
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