第5話 ツール出品者

「ところでAさんはどうやってこのオークションに出品していると思う?」

ビジネスモデルの次はAさんが何をしているかだ。

「えーとね、パソコン開いて、こうやってっと」

沙織は指でマウスを動かすしぐさをする。たぶん右クリックのことだと思う。

「そうやって手作業でやっていると?」

「うん、だってパソコンでお仕事するんでしょう?こうする以外にないでしょ」

またもマウスを動かすしぐさをする、ドラッグして選択、右クリックでコピーまでは分かった。

でも正解に近づいてきている。

「これを、見て」

俺はAさんの出品中のオークション一覧を見せた。

「全部で何件あるか見てみて」

沙織はノートPCの画面を探し始めた、そして表示されている件数を見つけた。

「えっ、こんなに!」

驚いた表情にも沙織の育ちの良さがわかる。

「そう、Aさんはいわゆる”ツール出品者”なんだ」

「ツール出品者って?」

聞き返された、ここからはビジネスモデルからシステムの説明になる。

「ツール、いわゆるアプリを使って大量のオークションを出品している人たちのことだ」

「ふーん」

まあ一言では理解できないのも無理はない。

「沙織もアプリは使うだろ、スマホとかで?」

「うん、使うよ。ゲームとか楽しいよね」

アプリケーション、正確には”アプリケーションソフトウェア”のことだが、スマホのおかげでどういうものかの説明はしなくてもいいのだ。

「このオークションのページはアプリが自動的に作っているんだ」

そう言われて沙織は改めて問題のオークション画面に見入る。

ひととおり見た後、俺を見る。表情はまだピンと来てないみただった。

たしかにこのページは出来が良すぎる、おれは画面を切り替えてオークション一覧から問題のありそうなものを探す。

俺は見つけたページを開く、こちらはごく普通の子供服のものだ。

「このオークション見てみて」

画面を見ると沙織はおやっとした表情を見せる。

そのオークション画面の商品画像には違和感があった。画像の縦と横の比率が違うせいで、商品が何であるかはかろうじて分かる、だが魅力的には見えない。

「この画像を見て沙織なら買いたいと思うかい?」

沙織は首を振る、実際にオークションで商品を売りたいと思うならば、こんな画像は使用しない。

「どうしたらこうなるの」

おれは説明を始めた。

「まずは商品と枠の二つのイメージファイルを取得する」

その商品画像には赤い枠がつけられたいたのだった。確認の意味もこめて説明する。

「cBitmapクラスを商品画像をリソースに構築する、これをBitMap1とする」

「続いて枠のイメージで同じくcBitMapクラスを構築する、こちらはBitMap2とする」

「BitMap2のディメンジョン情報を抽出して、そのディメンジョン情報になるようにBitMap1を変換する」

「続けてBitMap1にBitMap2のイメージを合成する」

「これにはBitBlt APIを使う」

「”えーぴぃあい”ってなあに?」

沙織が聞いてきた、きっと止めたかったのだろう。

API ”Appication Programming Interface”、一般的にはある機能をプログラムで使用できるように公開されたインターフェイスを指す。

"BitBlt"はデバイスコンテキストという膨大なライブラリの機能を使用するために公開されている関数になる。

だが、どう説明したのもか。沙織に納得してもらうには。

「便利な仕事をしてくれる、”小人さん”だと思ってくれ」

俺はそう説明した、これならなんとかわかってくれるだろう。

「ふーん、”小人さん”ね。じゃ”あいちゃん”だね」

この際呼び方はどうでもいい。

沙織は加工されたイメージを改めて確認しているようだ。

「でも”あいちゃん”ってお利口さんなのかお馬鹿さんなのかわからないね」

沙織が質問してくる。

「こんない可愛いお洋服をこんなにしちゃうなんて」

やはり沙織は侮れない、システムの本質をついてくる。

「”あいちゃん”はすごく素直なんだ、お願いされたことをお願いされた通りにしかやってくれないん」

言い方はなんだが、これがシステムの本質だ。

「”あいちゃん”ってもっと賢くなれないの?」

沙織は”あいちゃん”がかわいそうに思えてきたんだろう。

「”あいちゃん”に賢くなってもらうのはみんなやってるさ、それがAIの研究なんだ」

「AIって講義で習ったよ、なんか難しかったけどそういうことなのね」

手法は難しいが、実現したことはシンプルなのだ。

「あっ、こっちも”あいちゃん”だね、なんかおかしいね、ふふ」

こっちはあえてスルーさせてもらう。反応しない俺に沙織が続ける。

「それじゃ、アプリにも”あいちゃん”がいるの?」

分かってくれて先生はうれしいぞ。

「そう、沙織が使っているアプリの中でも”あいちゃん”がお仕事してくれてる」

うなずく沙織に俺は続ける。

「でも、”あいちゃん”だけじゃないんだ、”あいちゃん”にお仕事をお願いする先生もいるんだ。その先生と”あいちゃん”達がいる教室だと考えていい」

ここまで理解してくれたならもっと先に進めても良さそうだ。

俺は先ほどのノートPCに電気掃除機のオークションページを表示する。

自分のタブレットでも”みっつリーン”で同じ商品のページを表示する。

「よく見てみて、同じだろ」

商品説明、画像などまったく同じなのだ、ただ画像には赤い枠が合成されている。

「ほんと同じだね、これも”あいちゃん”のお仕事なの?」

沙織にもツールのことがわかってきたようだ。

「そうだよ、商品説明と画像を”みっつリーン”から持ってきて、オークションに使う」

なおも俺は続ける。

「そしてAさんは先生に指示をするだけで、あとは先生と”あいちゃん”たちが頑張ってくれる」

「だからAさんはオークションを2000件も出せるのね」

沙織はツール出品者のことを理解したようだった。

「でも全部を”あいちゃん”たちにやらせてる訳じゃない。Aさんがやらなきゃならいこともあるんだ」

「それは?」

沙織の興味が強くなってきたのがわかる。

「”みっつリーン”の注文はAさんがやらないとダメなんだ」

どうしていう顔をする沙織に俺は続けた。

「”みっつリーン”は”あいちゃん”たちによる自動発注はできないようになっているんだ。いたずれで発注された困るから」

「”あいちゃん”って悪いことしてるって思っていないんでしょう?」

うなずく俺、沙織の理解力はやはりすごい。

「Aさんはオークションで売れたとき、”みっつリーン”に発注する。このとき、商品品の材工状況、値段、送料を確認する」

「”みっつリーン”って送料無料じゃないの?」

沙織は不思議な顔で質問してきた。

「”みっつリーン”には”市場広場”というものがあって、そこの商品も表示されるんだ。その商品は”みっつリーン”があつかう商品と違って出店者が送料を自由に設定できる」

ここでも出店者という新しい単語が出てくる。

不思議そうな表情の沙織に俺は説明を続ける。

「”みっつリーン”の”市場広場”にはだれでも自由に出店できる。そして自分の商品を”みっつリーン”で売ることができる」

「自分で売る商品には送料を設定できる。発送も自分たちでできる」

「送料が無料じゃないなら、Aさんは注文できないよね」

沙織の質問に例外を教える。

「”市場広場”の商品でも送料無料にはできるんだ、”みっつリーン”には”倉庫屋さん”というサービスがあって、自分の商品を”みっつリーン”の倉庫に預けておくと送料無料で発送できる」

「Aさんも”みっつリーン”にすればいいのに」

このあたりは沙織らしい。

「”市場広場”に入るにはそれなりに家賃がかかる、それに審査があるからAさんでな無理じゃないかな」

俺はできるだけきれいな表現で伝えた。

おれはAさんみたな人は嫌いだ。オークションに出している200点以上の品物からはまったくAさんの人物像が見えてこない。おざなりな画像をそのままにしていたりして、努力している姿が伝わってこない。

「Aさんは”みっつリーン”で在庫があって無料で発送できるか確認する」

俺は話を戻した。

「在庫が無かったらオークションを取り消すのね?」

沙織はもうわかっているようだ。

「在庫があっても値段が上がっていたら同じく取り消す。利益がでないからね」

うなずく沙織。

「でもこれは、」

俺は感情をこめて続ける

「お母さんの期待して待ってる気持ちを踏みにじる行為だ」

「ふふ、”おかあさん”ね」

沙織は微笑んで言った。

どうもへんなところにひっかかったようだ。

ちょっと待て、イントネーション間違ってないよな俺。

お母さん、お義母さん?間違って聞こえたのか?

気持ちを落ち着けるためにコップの水を一口飲んだ。

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