第4話 出品者A

ノートPCでひととおり調べると俺は自分のデイパックからタブレットを取り出した。

もしものことを考えて今日は2台タブレットを持ってきた、ノートPCがあるので、一台で済みそうだった。

取り出したのは、ネットショッピングに使っている方で、ブラウザを立ち上げ”みっつリーン”のサイトに移動する。

探していたものはすぐに見つかった。

はやく説明を始めて欲しそうな沙織に俺は声をかける。

「これはいわゆる無在庫転売と呼ばれるものなんだ」

「むざいこてんばい?」

沙織はきょとんとしている。無理もないか、彼女のいる世界とはだいぶ離れているからな。

おれはディパックからノートとシャーペンを取り出して書き始める。

「ここに”みっつリーン”があって」

ノートの右上隅に四角を描く。

「ここに出品者さん、仮にAさんとする」

まんなかに人の記号を描く。

「ここに”×オク”がある」

Aさんに記号の下に四角を描く。

「これが沙織の母さん、こちらはBさんね」

左下隅にこちらも人の絵を描く。

沙織はうなずいてくれた。登場人物は一旦これだけにしておく。

「まずは、出品者Aさんが”みっつリーン”にアクセスする」

不思議そうな顔した沙織はそのままにして、俺は続けた。

「Aさんは”みっつリーン”から商品の情報をもってくる」

”みっつリーン”の四角からAさんに矢印をひく。

「そしてAさんはその商品を”×オク”に出品する」

おれは”×オク”のよこにプレゼントっぽい箱をかく。

そのへたくそぶりに沙織が微笑んでいたが、おれは続けた。

「”×オク”を見てBさんがその商品を欲しくなり、落札してお金を払う」

Bさんから矢印を残念なプレゼントの箱に伸ばす。

「これがお母さんね」

沙織は流れについてきてるようだ。

「そう、そして出品者Aさんは、商品を”みっつリーン”に発注する」

沙織はもう気づいたようだった。俺はそのまま続ける。

「発注を受けた”みっつリーン”は商品の現物を落札者Bさんに届ける」

おれはもう一つプレゼントの箱をBさんの横に描き、矢印を”みっつリーン”からプレゼントにむすぶ。

「これがBさんが”×オク”で買ったものが”みっつリーン”から届いた理由さ」

「ちょっと待って、Aさんが”×オク”に出した商品って」

どうやら沙織もわかったようだった。

「もちろん、Aさんの手元にはない」

あえて言えば”みっつリーン”の倉庫にあるというところか。

「でも、何のために?」

改めて沙織の育ちの良さを感じる、ここからはややダーティな世界なのだ。

俺は説明を続ける。

俺はノートPCにあらかじめ開いておいたページにタブを移す。

それはAさんの出品中のオークションから選んだ電気掃除機のページだった。

「見て、これをAさんは、¥11,903円で出してるだろ」

沙織が身を乗り出してノートPCをのぞき込む、また甘い香りが伝わってくる。

「これの”みっつリーン”の値段は」

タブレットで同じ掃除機のページを見せる。

「¥12,000円とある」

こいつの値段がキーとなる。

「”×オク”の方が安いよね」

まったくまっとうな意見だが、これにはウラがある。

「オークションの下の方を見てごらん、送料¥1,300円とあるだろ」

沙織はおっとりとしてるが、鋭い子なのだ、決してあなどってはいけない。

「そして”みっつリーン”は送料無料だから」

「¥13,203円引く¥12,000円で約¥1,200円の差額がある」

のみこみが早くて先生としてはうれしいところだ。

「そう、この差額がAさんの目的だ」

他にもオークション手数料とか”みっつリーン”のポイントとかあるが、

ここでは省略する。

「なんか、ズルくない?」

沙織もそう感じてくれてほっとした。

「やっちゃダメだよ、こんなこと」

おれは反論する

「いや、法的はセーフなんだ」

そう、日本では誰がどんな売り方をしても罰せられることはない、もちろん合法的な物品に限ってだが、

沙織はなんで?という顔をする、落ち着いてもらうためにフォローする

「でも”×オク”では禁止されている。商品が手元にない状態で出品することは」

予約商品とかの例外はあるが、そちらもあとで説明することにする。

「じゃ、Aさんは?」

もちろん罰則だってある

「”×オク”の運営に見つかればID停止になる」

ただし、現在は野放しになっている。売り方はどうであれ手数料が入ればいいと考えているようにしか俺には思えないが。

「さらにこのビジネスモデルの利点として」

俺はさらに闇の部分を伝える

「Aさんは出品するのに¥1円だって使っていない」

これ以上のものが出てくるのかという顔をする沙織。

「”×オク”の出品は基本タダなんだ、手数料は取引が成立した段階で発生する」

ついてきてくれると信じて俺は続ける。

「Aさんはオークションページを作って出品するだけ、あとは落札者さんが現れるのを待つだけ」

とっ沙織が口をはさむ

「落札者さんが現れてから、”みっつリーン”に発注すればいいのね?」

やはり沙織は鋭い。

「そう、あとは”みっつリーン”が配達してくれる。ここでAさんがすることはそれだけだ」

それこそ、パソコン1台あれば5分もかからないだろう。

「なんか、腹立ってきたわ」

あれ?沙織ってこういう子だっけ?

「でもそうそういいことばかりじゃないんだ」

俺は次のステップに進んだ。

「まずは商品が売れないことにはしょうがない」

これには沙織も納得しているようだ。

「つぎにいつID停止になるかわからない」

そういつまでもズルはできないのだ。

「そしてこれが一番の欠点なんだが」

生徒は興味をもって授業についてきてくれている。

「この情報の”鮮度”が命取りになる」

俺は先ほどのメモのAさんのプレゼントに丸をつけた。

「どういうこと?」

沙織は聞き返す、”鮮度”という単語は食品以外にはあまり使わないが、俺たちシステム屋の世界では重要なキーワードになる。

「いいかい、Aさんが”みっつリーン”から商品の情報を抜き出す」

小さくうなずく沙織。

「そして”×オク”に出す、商品はすぐに売れるとは限らない。いやすぐには売れない」

Aさんのよこのプレゼントを指さす。

「そして、もしこれが”みっつリーン”で売れて在庫切れになってしまっていたら」

沙織も気づいたようだった。

「Aさんは発注できないよね?どうするの?」

「そう、だからAさんはせっかく成立したオークションを取り消すしかない」

「やっぱりズルい」

沙織がいうのも無理はない、ここで安心材料をなげておく。

「でもこの行為にはペナルティがあって、これをやると自動的に”悪い評価”が自動的にAさんにつく」

うんうんと沙織。

「評価ってのはAさんが取引相手として信用できるかの目安になる。悪い評価の多い人とは取引をしたくないだろ?」

「そうだね」

まったく優秀な生徒だ、この子は。

「これの対策は一つしかない、オークションのデータと”みっつリーン”のデータを同期させるんだ」

俺は授業を次の段階に進めることにした。

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