第2話 再会

翌日、俺は自転車で坂道を登っていた。しかもママチャリなので思ったより進まない。やせ型の体系なので見苦しくはないだろうが、若い男が日曜の昼間にママチャリに乗っている姿はどうしたものだろう。天気がいいのはせめての救いだった。

中学・高校の時に乗っていたMTBはとっくに処分されていた。

大学に入って使わなくなり、なんとなく放置していたら、乗らないなら処分するとおふくろに言われた。

うちのおふくろはこういう時の仕事は早い。そのあとも特に不便とは思わなかった。このママチャリは妹のもので、唯一我が家に残された俺が使える移動手段だ。

沙織との待ち合わせに指定した”カメダ”は、丘を一度降りてまた昇ることをすっかり忘れていた。歩いていける距離でもないので、ママチャリで行くしかない。

本当ならお互いに使っている最寄り駅近くの喫茶店でもよかったのだが、もし大学の知り合いにでも目撃されたら。

やはりそれは避けるべきことだろう。

沙織と出会ったのは中学からだ。学区が違うのでいわゆる幼馴染とも違う間柄になる。ご近所どうしで親同士が知り合いというマンガにありがちな幼馴染だったらどうなっていただろうと妄想したこともあった。

まあお互いの部屋を行き来する異性の、しかも可愛い子なんてファンタジーの世界でしかない。まして朝、起こしてくれるとか。妹萌え以上に現実にはあり得ない。

ラノベの主人公みたいなうらやましいことはそうそう起こらない。

沙織の記憶をさかのぼってみる。中学のときはなんどか同じクラスだった。

そのまま同じ高校に進んだ、こちらでもなにかと沙織は仲良くしてくれた。

高校から大学に進むとき、第一志望の大学もなぜか同じで、お互いに励ましながら受験を乗り切った。

そのおかげか二人とも現役で今の大学に入れたのだった。

大学に入ってからもなにかと沙織は仲良くしてくれたが、なんか世界が違うかな

と俺は感じ始めていた。それほど彼女と友人たちがいる世界はキラキラして見えていた。

そしてある出来事が起こった、大学2年の春くらいだったか。

彼女がある先輩から告白されたという噂を友人から聞かされた。

かわいい彼女ならこういうこともあるだろう、たとえその先輩とうまくいかなかったとしても、この先もっと。

俺はなんとく沙織と距離を置くようになっていた。ちょうど始めたバイトが忙しくなってきて大学にいく回数も減っていた。

中学校を通り過ぎると坂道は緩やかになる。”カメダ”の前あたりは力を入れなくても進んでくれる。

オレンジ色の”カメダ珈琲店”の看板が見えてくる、時計を見ると12時50分。

どうやら遅刻しないいですんだようだ、よく頑張った俺。

そのまま駐車場の敷地に入る、自転車置き場の前でママチャリを降りて自転車置き場に収める。妹から預かった鍵をかける。息が切れてないか確認してみる、うん、ゴール近くがたいした坂でなかったせいか衣、息はきれていない。

一応自分の姿を見てみる、ポロシャツにジーンズの恰好はそれほどダサくないように気を付けてきた。

おかしくもなっていない、自分の姿をこれほど気にするのは本当に久しぶりだ。

それほど。沙織と会うということに緊張しているからだろう。

”カメダ”のドアを押して中に入る。

俺と同い年くらいのバイトのお姉さんが迎えてくれる。

「いらsっしゃいませ、何名様ですか」

いつもの癖で指で1を作りそうになるのを押しとどめる。

「いえ、待ち合わせなんで」

店内を見渡すと奥の禁煙席で控えめに手を挙げる沙織の姿が見えた。

俺がそちらに向かって歩き出すとお姉さんはカウンターの方へ戻っていった。

沙織がいるのはいわゆるテーブル席、4人分のスペースに沙織ひとり座っていた。

もしかしたら母親も一緒かな?という俺の予想は外れたようだ。

席に到着すると俺は沙織の正面に座る、だいたい半身ずらして。

「今日はありがとうね」

沙織は笑顔で言った、なんか困っているようには見えないが。

今日の沙織の服装は白いブラウスになんかヒラヒラがたくさんあった服だった。

ヒラヒラはうっとうしくなく、むしろかわいい印象を与える。

白い色の清潔感も含めて、彼女の居るキラキラした世界そのもののように思えた。

いや、大学ではここまでじゃなかったような。

「ああ、」

沙織の印象で緊張が増した、そのせいか生返事になってしまった。

「ここなら、車で来ると思ってたんだけど」

沙織が笑顔で続ける。

「今日はおやじが車で出かけているんだ」

沙織はどうやら家の車できたようだ、テーブルに車のカギらしきものが置かれていた。

お互い同じころに免許はとったので、俺が免許を持っていることは沙織も知っている。

「それじゃ、もしかして今日はお出かけだったとか?」

すこし笑顔がくもる、自分との約束のせいで俺が家族そろっての外出を断ったとでも思ったんだろうか。

「いや、お出かけはいつもおやじひとり、うちはみんなバラバラなんだ」

沙織の表情に笑顔が戻る、うちの家族はもう何年も一緒にお出かけなんてしてないのだった。

「おふくろはいまごろ買い出しに行ってるころだろ」

うちではおふくろも働いているせいか、日曜に1週間分の買い物をする。

たまに付き合わされるが、そういう時に限って大量に買い込むのだった。

沙織も我が家の事情に納得してくれたようだ。

「えーと、それじゃ妹さんは?利奈ちゃんは?」

意外な質問だった、沙織と利奈は面識あっただろうか?

「妹は今日は模試にいってる」

妹の利奈が朝から模試に行ってくれたおかげでママチャリが借りられたのだった。

疑問がわいてきた

「妹のこと知ってたっけ」

俺は沙織にそれほど家族関係をオープンにしてるといことはない。

「うん、ほら高校の学園祭の時、紹介してくれたじゃない」

思い出した、利奈がうちの高校を受けたいと言うので、学園祭に呼んだんだった。

そのとき確か沙織に紹介したはずだ、でも二人が顔をわせたのはそれっきりじゃなかったっけ。

「あれからうちの高校に入ったんだよね」

そこまでは話してないはずだが、沙織は知っていた。

「ねえ、大学は行くんでしょ?第一志望はどこなの?」

なんか妹の事情聴取になってないかい、

「妹とはそうこらへんの話しはしないんだ」「ふーん、じゃうちの大学はどうかな?近いし」

おふくろがそんなことを言っていたような記憶がある、ただ利奈の方は兄と同じ学校にいくのは嫌だとも言っていたような。

俺と利奈はちょうど3学年ちがいの兄妹でいままで同じ学校に同時に在籍したことはないのだった。

「わからないな、妹なりに考えているみたいだけど」

なおも沙織が食いつく、どうも地雷を踏んだようだ。

「わからないことがあったら相談に乗るよ」

「そうだね、高校の先輩だしね」

今日の本題に入りたくて社交辞令で終わらせようとする

「妹に話ておくよ」

沙織がにこやかな笑顔でうなずくのだった。

「最近、学校で会わないね」

本題に行けるかと思っておたら、別の話題をふってくる沙織。

「バイトが忙しくて、最近学校には顔を出していないんだ」

沙織は特に驚いていない、だいたい事情はわかっているとうところか。

「ねえ、そんなにお仕事忙しいの?」

心配顔になる沙織、家族以外に心配されるのはむず痒い感覚だ。

「これでも責任ある立場なんだ、」

どのくらい働いているかはやんわりとぼかす。

世の中で忙しい自慢ほど無益なものはないとわかっているから。

「体の方は大丈夫?倒れたりしたら、私・・・」

勤務時間を正直に言わなくて正解だった。

本当のところを知ったら泣くだろうか?いや怒るかもしれない。

「普通のバイト先なら、私紹介するよ」

沙織の申し出はやんわりとお断りするしかない。

「バイト代、いいんだ」

俺はもうバイトとは言えないほどいまの仕事に巻き込まれている。

俺が今バイトしているのはスマートフォンのゲーム製作会社。出入りしているゼミの教授の紹介で働き始めた。会社を立ち上げた社長がうちの卒業生で緊急に人が欲しいと泣きついてきたから。

一応、プログラマということになっているが、やることは何でも屋だ。

普段はそれほどでもない、依頼されるプログラムはそれほどボリュームはないし難易度も高くない。だがリリース前は修羅場だ、初回の結合テストやランスルー、そこで必ずバグはでる。原因もさまざまだ、単純なプログラムミスならまだいいが、仕様のミスや不足といったときは本当にキツイ。本来なら設計の初期段階から見直すべきなのだが、当然そんな時間はない。結局はほぼアドリブでなんとかする、落としどころを見つけ出しして着地させる。リリース延期はうちのような弱小ゲーム会社には致命傷になるからだ。そういった特命チームに俺は属している。

そのおかげで普段のバイト代の他に、半年ごとにインセンティブを貰っている。

俺の銀行口座にはおやじの自慢の車を現金で買えるだけの残高がある、言っても沙織は信じないだろうが。

そういえばあの車を買うとき、おやじはリビングでおふくろに土下座したんだっけ。ずっと反対していたおふくろも恥ずかしいからとしぶしぶ折れたはずだ。

お金はあっても使う暇がない、うちのチームはみんなそうだ。

だからゲームのガチャで何十万も溶かす人の気持ちはなんとなくわかる、だが苦労して得られた報酬を形のないものにつぎ込むのは納得できない。おれにはまだ普通の金銭感覚は残っているようだ。

「バイトもいいけど、私たちもう3年だよ」

沙織が言いたいことはよくわかっている、おれはうなずくしかない。

「すぐに秋になっちゃうよ、そしたら・・・」

沙織はその先を続けられない。

俺も同じ気持ちだった、おれも沙織の将来のことは聞けない。

二人に将来を決める時期が迫ってくる。

インターン応募、エントリシートの作成、そして会社訪問とこちらの都合など関係なくやってくる。

「一応、考えてはいるよ」

大学を卒業する未来ではないが。

「単位は取れてるの?大丈夫?」

「なんとか、ギリギリだけど」

沙織にはごまかせないなあと思いつつこう言うしかなない。

死ぬ気で頑張らないといけないことは付け加えなかったが。

本当のところ4年で大学を卒業できるとは思っていない、おそらくバイト先にそのまま移籍することになるだろう。こちらでの仕事に不安はまったくない、そこら辺の新人よりも高いレベルの仕事をしてる自信はある。

これで沙織の言いたいことは出尽くしたようだった。

沙織にとって俺がまだ心配する対象だったことがうれしかった。

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