【KAC20203】Uターンラッシュ
牧野 麻也
Uターンラッシュ
天真爛漫、快活明快、立てば
そんな女子高生──大宮ミサトは焦っていた。
何故なら、今日はなんとしてもキメなければならない日だからだ。
この日の為に、ミサトは随分前から準備を始めていた。
バイトしまくり、クソ
何処で買ったらいいのか分からなかったので、比較的お高いお店に行き美容部員にお願いしたのが失敗したのか。友人に聞いたら『私ら若いんだからそんなに沢山揃える必要ねぇし』と一刀両断された。
許すまじ美容部員。
残ったお金で
エステとかにも行ってみたかったが、もうお金が尽きたので、身体のメンテは自力でなんとかした。
ランニングしまくり、ストレッチしまくり、ついでに筋トレ三昧してみた。
お陰様で身体は引き締まったが、なんか腹筋まで割れてしまった気がするが気のせいか。
友人に『お前ドコ目指してんだよ』と言われたけど、『
今日が決戦の日。
ミサトの想い人──高崎リョウジくんに想いを伝える日なのだ。
その為に、友人たちにリョウジくんを遊びに呼び出して貰った。
今日集まった友人たちは全員ミサトの息がかかったメンバーだ。
今日が決戦の日だと伝えてあるし、その為にみんな協力してくれると言っていた。
本当に心強い友人たちだ。
普段一緒にアホやってる奴らだが、こういう時にはとても頼りになる。
駅前で待ち合わせて、ボーリング行って、カラオケ行って、最後は公園で花火。それとなく二人きりにしてもらって、そして、キメるのだ。
リョウジくんは明日から部活の合宿に行ってしまう。
タイミング悪く、ミサトはリョウジくんが戻ってきた頃に部活の合宿だ。
そこからはタイミングを合わせられず夏休みが終わってしまう。
今日しか、もうないのだ。
なのに。
なのに。
「なんで部屋掃除とかしちゃって夜更かししてんだよアタシッ……!」
ミサトは遅刻ギリギリの時間で家を飛びに出し全力ダッシュした。
そう。
ミサトは前日の夜。
緊張のあまり寝付けず、気を紛れさす為に部屋掃除をし始めてしまったのだ。
しかも、普段あんまりしないような所を。
挙句、ワックス掛けまで手を出してしまったのは本当に失敗だった。
部屋がワックス臭くなって寝れなかった。
なんとな匂いに慣れて寝れたのは、空が白み始めてきてからだった。
そして、見事寝坊した。
幸い、着るものは決まっていたので悩む事はなかったが、折角買い揃えた化粧品で全てを整える暇がなかった。
ファンデを雑に塗りたくり、マツ毛にダマに作りながらマスカラ塗って、書かないと存在しない眉毛を書き殴って来た。
本当は丁寧にしたかった。
しかし遅刻は出来ない。
リョウジくんは、遅刻にうるさいのだ。
ミサトは真夏の炎天下の中全力疾走する。
ランニングで鍛えた足は軽快に動き、疲れも感じない。
しかし──
「あッ!!」
ミサトはつまづいてすっ転んだ。
しかし、身体を鍛えまくったおかげであろうか。
クルンと一回転して軽やかに身を起こす。
下ろしたてのワンピースが少し汚れたがまぁこの程度なら誤魔化せる。
パタパタと汚れをハタきながら顔を上げたミサトが見たのは──
ヒールの折れたミュールだった。
「ガッデム!!」
思わず叫ぶ。日本人だけど。プロレスの見過ぎか。
全力疾走したのがダメだったのか。ミサトの発達したヒラメ筋に華奢なミュールは耐えられなかった。
「……ああ! もう!!」
ミサトはヒールの折れたミュールを拾い上げ、クルリと身を翻して家へと全力疾走でUターンした。
***
家に戻ってスニーカーに履き替えた。
もう、背に腹は変えられない。サンダルで走ってまた何かあったら嫌だし、走る速度も落ちる。仕方ないのだ。
「よし! いってきま──」
ビリィィィィ!!
玄関の扉を勢いよく閉じて走り出そうとした瞬間。嫌な音が後ろからした。
ミサトは恐る恐る振り返る。
すると……パステルブルーの薄い布が閉じられた玄関の扉からコンニチワしていた。
「ジーザス!!」
思わずまた叫ぶ。
それが、着ていたワンピースの切れ端だと気づいたからだ。
有り金叩いて買った渾身の
玄関扉に引っ掛けていた事に気づかず走り出そうとしたからだ。
「……ああああ! もうっ!!」
ミサトは嘆く時間はないと、玄関をガチャリと開けて猛スピードで自分の部屋へとUターンして行った。
***
時間がない。
もう仕方がない。
ミサトはいつも通りのTシャツとGパンを慌てて着込み、それはそれは世界記録を更新する勢いで駅への道を全力疾走して行った。
駅までは順調。
信号にも引っかからなかった。
弾む息をそのままに階段を駆け上がり改札にICカードをピッ。
そして滑るように下りて、丁度ホームから出発しようとしていた電車に飛び乗った。
なんとか間に合った!!
これならなんとか遅刻せずに済む!
走り出した電車の中で、ホッと胸を撫で下ろし、弾む息を整えるミサト。
ふぅと大きく息をついて、なんとかなったという安心感に包まれながら、外に視線を向けた。
……車窓からの景色に違和感を覚える。
そして、一瞬で気がついた。
「うあああああ! 反対方面じゃんかぁ!!」
ミサトは頭を掻き毟ってしゃがみ込むしか出来なかった。
***
次の駅で下りて、丁度来ていた向かい側の電車に飛び乗ってUターンした。
今度はちゃんと行き先を確認したから大丈夫。
というか、その駅にはホームが一つしかないから大丈夫。間違いようがない。
そう安心していたのに──
『この電車は特急です。××駅には止まりません。次の停車駅は──』
車掌のそんなアナウンスが。
××駅は、目的地。
ミサトはその場に崩れ落ちた。
***
一度目的地の駅を通過し、行きすぎた先の駅で再度Uターンしてきたミサト。
大丈夫だ。
まだ、駅の構内を走れば時間ピッタリぐらいだ。
まだイケる。
ミサトはそう心を奮い立たせる。
そして、ホームを下りて行き交う人を掻い潜り、待ち合わせ場所まで一直線に向かった。
間に合う。
間に合う。
大丈夫。
大丈夫。
ミサトは空いている改札を見つけて走り抜け──
ピンポン! バタン!!
閉まった改札ドアに引っかかってすっ転んだ。
それはそれは盛大に。
顔面から床にダイブした。
「お……お客さん、大丈夫?」
駅員が転んだミサトを心配して駆け寄って来てくれた。
「あー。料金不足だね。チャージして来てね」
駅員さんは、残念な生き物を見るかのような顔をしていた。
「ここまで来て諦めるもんかっ!!」
ミサトはガバリと立ち上がり、チャージしようと精算機にかぶりつく。
そしてポケットに手を突っ込んで──
──財布がない事に気がついた。
「……おお、神よ……」
悲鳴のようなか細い声が思わず口から漏れた。
そうだった。
だって着替えたんだった。
財布はワンピースのポケットに入れたんだった……ICカードはカバンにつけていたから気づかなかった……
もう、間に合わない。
財布を取りに戻ったら、間に合わない。
遊びに来たのに財布を忘れた痛い女。
リョウジくんにそんなレッテルを貼られる可能性はあるが、仕方がない。
リョウジくんは、遅刻が何よりも嫌いだと言っていたから。
きっと財布を忘れたドジでちょっと抜けた女の子☆
そう、思ってくれる筈。
思ってくれると思う。
思ってくれよ……
ミサトは、恥を忍んで友人に電話する事にした。
ここまで迎えに来て貰って、お金を立て替えてもらうのだ。今日遊ぶ分も含めて。
もう、その友人には頭が上がらないな。
そう自嘲し、ミサトはスマホを鞄から取り出し──
なかった。
スマホがなかった。
鞄の中には、後で直そうと思っていたメイクの道具と、ハンカチとティッシュしか入ってなかった。
あ。
着替えた時に、これだけは忘れられないと、気をつける為に一度机の上に置いたんだった。
見事にそのまま忘れて来たが。
ここに友人を呼ぶ事も出来ない。
遅刻の言い訳も出来ない。
家に戻ってたら、余裕で一時間は過ぎる。
その頃には、リョウジくんの中で私の印象が『遅刻した上にその連絡すら入れないヤバイ女』となってしまう。
「ふふっ。もう、無理──」
ミサトは、膝をガッカリ折って、その場に項垂れるしかなか出来なかった。
了
【KAC20203】Uターンラッシュ 牧野 麻也 @kayazou
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