エンジニア!番外デート編

森山流

第1話

「敬浩ー、24日の日曜あいてる?私ひさしぶりに実家帰るんだけど会わない?」

 高校の同級生でオタク仲間の真優からのメッセージ。SNSで友達になっているから近況は毎日お互いなんとなく見ているが、実際会ったのはもう5年前が最後になる。

「いいよ。珍しいけど、なんかあったの」

「別にー。ただ親に顔でも見せようかと思ってさあ」

「そうか。どこ行くとか決めてる?」

「地元の観光してみたい!車出して!」

「はいはい…じゃあ11時に静岡駅北口ね」.


 24日はよく晴れて絶好のドライブ日和になった。北口に車を停めると、さらさらの栗色の髪をゆらし、真っ白なブラウスとやわらかい桜色のスカートの女の子がやってくる。

「たかひろー!!!!」

「え、ま、真優?」

「そうだよお!なに言ってんの、ひさしぶりー!」

 女の子がにっこり微笑んだ。まつ毛がくるりとカーブして、ほほが明るいピンクに染まる。

 あの地味でめがねで黒髪でいつもジーパンだった真優が、いつのまにこんな美人になってたんだ。まさかかわいくなりすぎてわからなかったとは言えないし、と動揺しながら助手席に通す。

「ありがと。じゃあまずは、日本平動物園がいいな!」

「う、うん…あー、えっと昼ご飯どうしようか」

「ふふふ、ジャーン」

 真優が持っていたかばんを開けると、手作りのサンドイッチがきれいに並んでいた。ゆで卵、ミートボールのパック、デザートの果物のパックも入っている。

「コーヒーもいれてきたからね。川島珈琲の豆が好きっていつも言ってたから」

「え、こ、これ真優が作ったの?」

「もちろん!実家の台所使いにくいから簡単なものになっちゃったけどいいよね」

「あ、ありがとう…」

 これがいつも僕がSNSで戦争映画と軍艦のトークをしている真優なのか。勝手が違って調子が出ない。


「日本平動物園なんて何年ぶりだろ、リニューアルしてこんなにきれいになったんだねえ」

 真優はうきうきとはしゃいでいる。昔から動物が好きなのだ。

「わあ〜レッサーパンダ超かわいい!!!!こんなにいっぱいいる!!!」「シロクマ近い!!!目の前にいるー!!!!わあ敬浩写真!写真撮って!」

「ギャーッワニでかい!ヘビもめっちゃ来る!こわいこわい!!!!!」

 大騒ぎで笑ったり写真を撮ったり下田に飛びついたりと忙しい。下田は真優の笑顔にどぎまぎしたり、腕に抱きつかれて動転したり、まともに動物を見ている余裕がなかった。

 そこから山を降りて車を走らせ、清水港まで出る。夕暮れの港は車も人も少なく、日曜なので工場なども閉まっている。しばらく泊まっている船を見たり、飲み物を買って散歩したりしたあとで車に戻り、夕日が落ちていくのをゆっくり眺めていると、急に下田は妙な気持ちになってきた。

 これって、今日、もしかしてデートなんじゃないだろうか。ドライブして動物園に行って、女の子の手作り弁当を食べて、港を散歩して、夕日を眺めてる、こんなのデートとしか言いようがない。いくら高校からの腐れ縁の真優だって、まさかなんの意図もなくこんなことするはずないだろう。ここでなにか決定的なことを言わなくては。真優はきっと待っているのだ。

「…あの、真優…、今日は…」

「ふふ、今日はありがと」

 真優が笑う。夕日を受けて茜色に染まっている横顔。こんなにきれいな人とは知らなかったな。

「あの、その、僕…真優がいいなら、遠距離になるけど…」

 そこまで言って下田は口ごもる。なんで言えばいいんだ。こんな経験ないからわからない。

「はあ、これでもう地元に思い残すことないよ!東京にずっと住むって決まってから、一度は帰らないとって思ってたんだ」

「え?」

「敬浩、私結婚するの!東京の人。結婚式は11月で、東京のホテルでやるんだけど、敬浩にも招待状出していいかなあ?新婦の方が男の友達呼ぶってやっぱおかしい?あーでも敬浩だけはって思って」

 そういうことか、と下田は思わずガックリ肩を落としてしまう。真優は不思議そうに目を丸くする。

「さーて、新幹線で帰らなくちゃ。駅までよろしくね!」

「う、うん…」

 よろよろと蛇行運転をしながら、下田の軽自動車は静岡駅へと向かっていった。

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