7/15
昨晩、結局「緊張で疲れちゃった」と言って、かなり早めにオオタキが寝てしまった。私がお風呂に入っている間に、もう夢の中に行ってしまったみたいだった。
お風呂を上がってから部屋に戻ると、すやすや眠るオオタキにちぇーとか思いながらちゅーした。三回くらい、頬に。唇に負けず劣らずの柔らかさで、ちょっとびっくりした。
それから電気を消して、自分のベッドじゃなくいつもオオタキのために床に敷いている布団に潜りこんで、さぁ寝るか、としていたら。
「……狭いよ。ベッドがいい」
てっきり寝たのだと思っていたオオタキが、ちょっとだけ不機嫌そうに、そう言った。暗い部屋のなかで月明かりを頼りに私の方を向いたオオタキを見ると、半目になって呆れるような、軽蔑するような、そういった具合の視線を送ってきていた。
やめて、その顔。と思ったけど、これはこれで、かわいい。
起きてたのなら、キスした時点でなんか言ってほしかったんですけど。なんか急に恥ずかしくなってきた。なにやってんだ、私、と羞恥が募った。
「……起きてたの?」
「起きてたってか、起きるでしょ。あんなにちゅっちゅちゅっちゅされたら」
「へへぇへ」
「きもい」
え、普通に傷つくんだけど。眠気の迫るオオタキは、ちょっとだけ口調が荒くなるのかもしれない。覚えとこう。そう心に刻むと、オオタキがよっこらせとゆっくり上半身を持ち上げる。表情は見下すように辛辣なのに、実際にしている行動は私の望みを叶えるみたいに優しい。
「いっしょに寝てくれるの?」
「今日だけだよ。変なこと、しないでよね」
「え……もしかして、誘ってるんですか、それは」
「ばかじゃないの」
オオタキが布団から起き上がる時、シュシュで緩くサイドに纏めた髪で横顔が隠れてしまうのを見て、うわ、綺麗……なにこれ……名画……? おいくら……? などとバカなことを思った。月の淡い光を帯びるみたいに幻想的で、本当、普段から天使みたいなのがもう、女神だ。女神。女神です、もはや。
緩慢な動作でオオタキがもぞもぞと私が普段使っている布団の中に入り込み、壁に身体を寄せる。手前側に空いたスペースを埋めるようにして、私もそこに寝転んだ。二人分の体重で沈み混んだベッドは、いつもの寝心地とは全然違った。
こうなったことの発端は自分だってのに、いざそういった状況に身を置くと、身体が強張ってもう、大変だった。全然、落ち着いて寝れないでしょ、こんなの。
恐る恐るオオタキの方を向くように寝返りを打つと、オオタキのとてもえっちなうなじが見えた。な、舐めたい……。じゃなくて。
「……こっち、向いてくれないの?」
布団の間に腕を滑り込ませるようにして、オオタキを抱き寄せる。今日はシャンプーもボディソープも同じものを使ったはずなのに、どうしてこんなに匂いが違うんだろ。鼻息、煩くないかな。暑いとか思われてたらどうしよう。お腹の辺りで腕を交差させると、肉付きの薄さを実感する。色々考えながら、問いかけに対するオオタキの返答を待つと。
「はずかしい、から」
語尾が萎れるように弱々しい言葉で、そう言われた。
あまりにも可愛すぎて、きゅーっと強く抱き締めたら「くるしいよ」と言われた。ごめんね。
オオタキ、今どんな顔をしてるんだろう。本当にいい匂いだ、ずっとこうしてたいな、なんて思っていたら、今度はくるっとオオタキが私の方を向いた。
向き合うと、当たり前だけど、びっくりするくらい顔が近くって。心臓が止まるかと思った。うわぁなにもう顔綺麗すぎでしょホントにすっぴんですかアナタ、と思った瞬間、頬をついばむみたいに軽いキスをしてくれた。
そしてすぐにまた、窓側を向いてしまう。
それから「…………お、おやすみ、ナツメ」とこそっ、と小さな声で言った。
お、お、オオタキ…………。
好き…………。
そんな一夜を過ごし、朝。
起きるとまさに目の前にオオタキがいてびっくりした。え、夢? ってなった。いや、私がドキッてしても意味ないんですけど。
いつの間にか腕枕をしてあげていたみたいで、めちゃくちゃ右手が痺れてた。それと寝ている間にオオタキが窓側じゃなくて私の方を向いてくれていて、心臓発作で泡吹いて二度寝してそのまま永眠するかと思った。
近い、近い。近いよ。ほっぺたつつきたい。
こんなに綺麗な顔した子と同じベッドに寝てるだけじゃなくて、付き合ってるってことに驚きを隠せない。そう、付き合ってるんだ。夢みたいだけど、夢じゃない。寝起きで上手く働かない脳で、まるで他人事みたいにそう思って、少し遅れて身体の芯がぽかぽかとしてくる。
「……本当に、付き合ってんだなぁ」
呟いても、オオタキの表情は変わらない。健やかな寝息のリズムも乱れない。今なら何を言っても、眠りの深いオオタキには、きっと届かないだろうから。悪戯心に似た気持ちが膨れていく。
「かわいい」
「……」
「すき」
「……」
「だいすき」
「……」
色々、口にしてみた。これで実は起きてましたなんてオチだったら、ちょっと、耐えられない。恥ずかしくて死んじゃうかもしれない。というか振り返ると、もう既に若干はずい。本当、浮かれてる。
さて目が覚めてしまったわけだけど、この体勢のままだと、時間を確認することもできない。私に抱かれるようにして眠るオオタキを思うと、腕も身体も、動かせないから。
……まぁ、起きるまで待ってればいっか、と無防備なオオタキを眺めていると、んん~と唸ってから唇が僅かに動いた。何か、喋ってるみたいだった。そういえば、前に泊まりに来た時も寝言を言っていたっけ。
好きとか、言ってくれないかな。
起きてても、言ってくれるけどね。付き合ってるわけだし。うふふ。
そうしてどれくらい時間が経ったかは分からないけど、オオタキが目を覚ました時、抱き締められてることに対してか「……え、なんで?」とか言った。
眠そうにとぼけた顔も愛らしくて、あくびと一緒に涙が滲んでいるのも可愛い。舐め取りたくなる。
「おはよう、オオタキ」
「……離してよ、起きれないじゃん」
「やです」
「ねぇ、トイレ行きたいんだけど」
「ここですれば?」
「バカ」
さすがにベッドにされると困るので、離してあげた。
ベッドから出てよろよろ歩くオオタキを見送って、私も起き上がる。痺れた腕を揉みながら時間を確認すると、九時を回る少し前だった。
リビングに行くと、冷蔵庫に二人分の朝食が用意されていた。母さんと父さんは、買い物に行ったみたいだった。連休だし、映画なんか観てくるかもしれない。
献立は、焼き鮭と野沢菜の油炒め、卵焼き。あと、ゆで卵。
卵料理二つって、どうなんですかね。
好きだけどさ、ゆで卵。
食事を済ませて部屋でだらだらとしていたら、携帯にアサハラからメッセージが届いた。どうせ意味不明なスタンプか写真かなにかだろうなと予想しながら、トークルームを開く。
『よーっす』
『プールと海だったら、どっちがすき?』
なんの話だ。
携帯を持ったまま返信に悩んでいたら「誰から?」なんてオオタキが背中にぴったりくっついて肩に顎を乗せるようにして、携帯の画面を覗き込んでくる。
なんでいちいちこう、可愛さを出してくるんだ、この子は。悩殺されそうになりながらも、アサハラからだよ、と答えて画面をオオタキに向ける。
「……どゆこと?」
「さぁね。オオタキは、どっちがいい?」
「えぇ。わかんないけど……海? 広いし」
「おっけ。う、み、と」
「ちょっと。送らないでよ」
「どうせ、大した意味ないって」
送信してすぐに既読がついたかと思うと、今度はアサハラから電話がかかってきた。だったら最初っから電話すればいいじゃん、とか思いながら、応答を示す緑色のボタンをタップする。
『うーっす』
「なに、あの質問は」
『オガワちゃん。明日がなんの日か、知ってます?』
「……えっと、海の日? なにその口調、きも」
『そうです。だから、海に行きましょうというね』
「ちょっと、いきなり過ぎない?」
『だって、さっき決めたんだもん、ユキが』
「ほんとあんたら、そういうとこある」
『オオタキも誘っていいぞ。いま、横にいるだろ』
「いや、まだ行くって言ってないし……ちょっと、ちょっと待ってて、ごめん」
アサハラと電話で話している最中、ずっと横で「どこに行くの?」「海の日が何?」「ねぇねぇ」とオオタキが私の肩を揺すっていた。きっとアサハラにも、その声が届いてたんだろう。保留にはしないまま、構ってちゃんの相手をする。
ウザいより、かわいいが勝つ! とクセの凄いツッコミをしそうになった。
「明日、海行くんだって。一緒にどう? っていう」
私としては、オオタキが今日も泊まっていくと言っていたので、断るつもりだった。私一人で行く選択はあり得ないし、二人で行くにしても、オオタキは水着なんかの準備もしていないだろう。そのためにまたわざわざ家に帰るのも、ねぇ。
ただ、オオタキに何も言わずに断ってしまうのはさすがに悪いかなと思って、一応、聞いてみた。
「行きたい。行こ。ね」
でも、乗り気みたいだった。
オオタキが行きたいのなら……でも海行く用意、無いよね。どうするつもりなんだろう。思いつつ、電話を繋いだままその相談をするわけにはいかないので。
アサハラとの電話を、手短に済ませる。
「オオタキ、行くってさ」
『うん。ぜんぶ聞こえてたわ』
「なにで行くの? 電車?」
『あとでラインするよ。水着用意して待っとけ』
「ん、わかった」
『めっちゃセクシーなやつをな』
「死ね」
電話を終えて携帯を置くともう、オオタキがワックワクの表情で私を見ていた。ただでさえ綺麗な目を爛々と煌めかせて、にんまりと笑って。まだ何の用意もしてないのに、楽しみなんだろうなというのが伝わってくる。
「でも、準備してないよね。どうする? また、帰る?」
「わたし、水着持ってない」
海なんか行ったことないし、着る機会も無かったから。ちょっとだけ寂しそうな表情でそう言って「だから、買いに行こう」とさっきまでのウキウキな顔に戻る。
そうなんだよな。にわかには信じ難いけど、オオタキは”そういう”子なんだ。それが、私に近付きたくて今のような雰囲気に変わったというのだから、もう、なんか、すごい。私だって、似たようなものだと思うんだけどな。
そんなわけで、近所のショッピングモールに行くことにした。
去年アサハラと二人で買いに来たことを思い出しながら、たしか二階の端の方に売場があったはず、とそこに向かう。連休の真ん中ということもあり、モールは大盛況だった。
「すんごい混んでるね」
「ほんと」
ここには大きい本屋さんがあるから、時間があればちょっと寄ろうかと思っていたけど。正直、早いとこ買い物を済ませて帰ってしまいたかった。人混みは、好きじゃない。こんなことオオタキに悪いから、口にはしなかったけど。
そんな中でも水着の売場は一際人が多かった。アサハラの言っていた通り、明日は海の日だし、そりゃ当然かもしれなかった。
「どれがいい?」
「私に聞かれてもねぇ」
女性用の水着がずらりと並んでいるのを二人で眺めると、オオタキがそんな質問をしてきた。
ド派手な花柄のビキニを着させられたマネキンを一瞥して、あれはオオタキには似合わないな、ということだけはわかった。
あんまり露出が多いのは、なんか違う。派手な色合いのやつも、純で幼いオオタキの性格には、あんまり合わないように思う。いや、全然。かといって、ほとんど肌が隠れちゃってる服みたいなのも、それはそれで、つまらない。私が楽しいかどうかで選ぶのもおかしな気はするけど、だって、彼女なわけだし。片っ端から着て見せてくれたら良いのだけど、水着の試着って、ちょっと面倒そうだ。
去年の私はどうやって選んだっけと思い出そうとしたが、一番手前にあったものを「これでいいや」と手に取って試着もせず購入したのだった。何の参考にもならない。
そんな私の思案を他所に、あれこれ悩み、ということも無く。一番最初に目についたであろう、白いフリルの付いたタンキニとレースのビーチガウンを買うことにしたみたいだった。
試着しなくていいの? と聞いてみたら「これでいい」の一点張りだった。答えになってないけど、多分去年の私もこんな感じだったのだろうと思う。
それからサンダルやタオルなんかも見繕い、会計を済ませたあと。
「オガワは買わなくていいの?」
「あぁ。私は、去年買ったのがあるから」
「え、見たい。帰ったら着て見せてよ」
「えぇ」
モールの出口に歩きながら、そんなお願いをされてしまった。
「別に、明日見れるじゃん」
「今日見たいの」
帰り道にそんな問答をして、結局オオタキは折れてくれなくて。意見も要求も変わらないまま、我が家に到着してしまった。
「いいじゃん、付き合ってんだから。見せてよー」
そういう問題かなぁ……。
疑問に思いながら、クローゼットを漁る。どこに仕舞ったっけ、とがさがさやっていたら「はやくー」と催促された。うるさいわ。私、こんなに押しに弱かったっけなぁ、なんて思う。母さんや父さんには、よく頑固だとか言われるんだけどな。
探し物は、去年の夏に使ったバッグの中に一式纏めて入れてあった。それを手に取り、廊下に出る。
「じゃあ、着替えてくるから」
「ここで着替えればいいのに」
「いや、さすがに下着は脱げないですよ……」
オオタキの言葉を背に、脱衣所へ。
どうしてこんなことをやらされているんだろう、と今の状況を省みると、ひどく滑稽な気がした。服を脱いで雑に床に落っことして、ブラを外して。……下は、そのままでもいっか。水着に足先を通して上まで引っ張り、捻じれた肩紐を正す。
変じゃないかな……ダサくないかな……私も今日、オオタキと一緒にかわいいやつ買えばよかったかな……などと鏡に映るちんちくりんとにらめっこしていると、洗濯カゴを持った母さんが脱衣所に入ってきた。
買い物は午前中に終わって、父さんは庭でツヨシと遊んでいるみたいだった。
訝しむように私を見て、そりゃそうなるよねって思う。
「……あんた、なんで水着なんか着てんの?」
「な、なんか。オオタキが、見たいって」
「ふうん……?」
「やめてくれる、その反応」
「ただならぬ関係なのね、あんたら」
「ちげーから」
いや、ちがくねーけど。
平静を装って、意味深な顔をする母さんから目を逸らす。
「お母さんは、応援するからね」
「だから、ちがうっつーの……あ、そうだ、明日。海、行ってくる」
「あらそう、いいね。怪我とナンパには気を付けなね」
「ナンパって。ないない」
仮にされたとしても、別に、普通に断ればいいだけでしょ。いや、されたことないから、知らんけども。
「水着、似合うわね。かわいいわ」
「どうも」
「さすが、あたしの娘だ」
「なに言ってんの」
「がはは」
ほとんどお風呂上りに下着で歩いてるのと変わらないはずなんだけど、なんでこう、違和感があるんだろう。廊下を歩くと肌がそわそわするようで、落ち着かない。
でも、肌が外気に当てられる面積で言えば、下着の方が遥かに上だ。私の水着はオフショルダーのワンピースに似た形状のやつだから、お腹とか、その辺りは隠れてしまっているし。
それじゃあなんでこんなに変な感じがするんだろうと言えば、用もないのに着ているからだ。今の私、ものすごい変態みたいじゃないか。
部屋に戻ると、まず最初に「うわぁああ…………」とか言われた。なぜか手で口元を隠して、ベッドに座ったまま足をバタバタとさせている。なに、その反応。
「かわいい、ほんと、かわいっ」
私の周りをくるくる回って、へーほーとあちこち舐めるようにじろじろ観察してくる。わー背中、肩、すっご、とか言ってる。別に何にもすごくなんかないし、オオタキみたいに胸も大きくないし、脚とか、太いし、と頭のなかで意味もなく自分の容姿を批難する。ああ、見られてる。ものすごい見られてる。
いつもの着替えを見られるやつも相当恥ずかしいけど、これも結構、きついものがあった。
「も、もう、いいよね」
「だめ。もうちょっとだけ」
「うぅ」
「写真、撮ってもいい?」
「そんなの、ダメに決まってるでしょ」
「どうせ明日たくさん撮るじゃん。けちー」
誰がケチだ。
部屋で着てるのがアレでしょって言ってるんだ。いつも思うけど、着替えを見られたり水着を着させられたりと、オオタキと二人でいるときは私ばっかり恥ずかしい目に遭わされているような気がする。ずるくないですか。私だってオオタキが恥ずかしがってるとこ、見たいのに。これならオオタキもさっき買った水着を今ここで着て見せてくれないと、割に合わない。ずるい。
そう思って頼んでみたら、「え、普通にやだけど」と断られた。こいつ~。
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