オガワの日記Ex
オガワの日記 番外編:冬
12/27
部屋のこたつのケーブルが、昨日の夜に断線した。火花が散って、カーペットがちょっと焦げたりした。大事に至らなくて良かったけれど、冬にストーブもこたつも無いとなると、かなり過ごし辛い。
ホームセンターなんか行けばすぐに買えるのだろうけど、そのためにわざわざバスを使って隣町まで行くのは少し、かったるかった。
ちょっとだけ我慢して、その内母さんに車で連れて行ってもらえばいいかな、なんてお気楽に考えていたら今朝、オオタキから遊ぼうと連絡が来た。
「ひぃ。さむいさむい」
「だから、来ない方がいいって、言ったのに」
年越しに会う予定を組んでいたし、それまで会うことはないだろうなって考えていたから。会いたいって言ってもらえたのは嬉しかったけど、それはそれ、これはこれだ。
オオタキに風邪を引かれてしまったら、困っちゃう。
「リビング、行く?」
「いい」
部屋、寒いよって言ったのだけど、ぜんぜん聞いてくれなかった。
そんなわけだから当然、こんな提案も飲んでくれるとは思ってない。私もちょっとイヤだ。母さんも父さんも私たち二人が付き合っていることは知っているけど、だからといって、目の前でべたべたとする訳にもいかないし。
グレーのボアコートを脱がないまま、電源の供給されないこたつにオオタキが足を突っ込む。
数秒じっとしたかと思うと、すぐに「ひぇえる」などと震えながら外に出てきて、部屋をウロウロし始めた。
そして何かに気付いたようにベッドに飛び込むと、すっぽりと頭まで布団の中に消えてしまった。
こんもりとオオタキの形に膨らんだ布団に、上から話しかける。
「しわになるよ、服」
「いいのー」
「いいのかなぁ」
まぁ、本人がそれでいいのなら、いいんだろう。
さて、このままじゃ恐らく、あと五分もすればオオタキはすやすや眠ってしまうことだろう。
せっかく遊びに来てくれたのに、一日寝て過ごすのは如何なものかしら、まあ私は別に全く構わないけれど、ちょっと退屈ではある。なんて、肌寒い空気の中、ぽつぽつと考えていると。
にゅっ。と布団からオオタキの腕が伸びて、私のスカートの生地を摘んだ。
見えていないのに私の場所がわかるあたり、オオタキにはオガワセンサーでも搭載されているのかもしれない。私と、同じだね。アホか。
「ねえ。オガワも来てよ」
布団の中から、かわいい声が聞こえてくる。
腕しか見えないから、勝手に表情を想像して、少し照れの混じった笑みを思い浮かべたりした。
目が左右に泳いで、口の形がもにょもにょしてて。こっぱずかしいことを言うときのオオタキは、大体そんな顔をしてる。
しかし。来て、って、あなたね。なに、ベッドに? 二人で?
そんなん、えっちすぎじゃないですかね。
たった一言で冷静さを失いそうになり、いけない、と思う。
「や、狭いでしょ」
「さむいから。はやく」
「えぇー」
ぐいぐいとスカートを引っ張る腕に、苦笑いする。
そうなら、せめて部屋着に着替えさせてほしいんだけどな。全然手を離してくれる気配が無くて、困ったなぁと頭を抱えていると、部屋の戸が開く音がした。
当たり前ではあるけど、母さんだった。化粧をして、上着を右手に掛けていた。そんな出で立ちだったからすぐ、外出かと悟る。
「出かけんの?」
「うん。映画見に行ってくるから。あんたたちも出かけるなら、戸締まり、よろしくね」
「わかった。いってらっしゃい」
「寒いだろうし、リビング行ったら? てか、リコちゃんは? トイレ?」
「ベッド」
膨らんだ布団を指差す。それを見て、母さんが「なんだそれ」と呆れるようにからからと笑った。
「なに? 眠たいの?」
「寒いんだって」
「あぁ。ま、ゆっくりしてってね、リコちゃん」
「はあい」
「今日は泊まってくの?」
「や、今日は、帰ります」
「なんだ、そうなの。泊まってけばいいのに。年明けるまで」
ふざけたことを言って部屋から出ていく母さんを見送る。程なくして玄関の鍵が閉まる音と、そのすぐあとに車の出る音が外から聞こえてきた。丁寧なアクセルの踏み方からして、父さんの運転っぽかった。
それらが遠くに去っていくと、部屋に静けさが満ちる。未だオオタキはベッドの中で、私のスカートを摘んだままだ。
この間のクリスマスにオオタキと出掛けて、そのときに買ったばかりの、ハイウエストの赤いチェックのやつ。普段はあまり制服以外でスカートを穿いたりしないんだけど、オオタキに見せるならと思って、衝動的に買ってしまったものだった。
ついさっき、玄関で出迎えたら開口一番「スカートだ!」と言われた。ロング丈だから別に足が見えているというワケでもないのに、なんだか妙に恥ずかしくなったりした。
その生地を、親指と人差し指と中指でぎゅっとホールドしている。
「いつまで掴んでんの、オオタキ」
「来てってばぁ、ほらぁ」
「着替えさせてよ、せめて」
「スカートかわいいよ」
「はいはい、ありがとう」
「だから、そのままで」
「いや、意味わかんないし……」
暴論だ。でもまぁ、いっか、ってなる。オオタキと話しているときは、大抵のことは流して受け入れてしまう。それが良いことなのか悪いことなのかは、わからないけど。
仕方なく、布団を捲って横になる。
さっきも思った通り、オオタキが情けなさの滲むような笑みを浮かべて寝転がっていた。
二人の身体を覆うように布団を戻すと面積が足りなくて腰の辺りがはみ出した。
「やっぱ、狭いって。リビング行こうよ、あったかいよ?」
「もっとこっちきて、ほら」
来てよ、なんて言う割にオオタキが私の方にぐいぐい身体を寄せてくる。密着して隙間を無くすと、布団には若干オオタキの体温が移っていてなるほどたしかに、暖かかい。あと、柔らかい。胸に収めるようにしたオオタキの頭から、甘い匂いがする。頭って言うか、服からもする。
匂いをこう表現するのもおかしな話ではあると思うんだけど、絵にでも描いたような女の子の匂いって感じだ。
「オオタキって、シャンプーなに使ってるんだっけ」
「いちかみ」
「え、あれって『がみ』じゃないんだ」
「ICHIKAMIって、ボトルに書いてあるよ」
またひとつ賢くなってしまったな。
それの匂いなのかな、これは。抱き締めるようにして背中に回した左手の指先に、オオタキの細い髪を絡める。柔らかな肌触りは触っていて心地良く、ずっと触っていたくなる。少し頭を傾けて、つむじの辺りに自分の顔をそっと押し当てるようにする。
「ほんと、いい匂いだなぁ」
「そんなに?」
噛み締めるようにつぶやくと、怪訝な笑い声を交えてオオタキが問いかけてきた。そんなにだよ、と笑って答えた。
「なんで私からは、この……いい匂いがしないんでしょうか」
まぁ、女の子らしさでオオタキと並び立とうとすること自体が愚かであると言うのは重々、承知しているんだけど。こうして密着していると、何が違ってここまで変わるのだろうと考えたりする。自分のニットの肩辺りに鼻を当てて嗅ぐと、うん、私の匂いがする。くさくは、無いと思う。
「なんか、ふつうのたいしゅうって感じ」
「オガワも、いい匂いするよ」
「そう?」
「うん」
「そうかなぁ」
確かめようにも、自分の匂いなんて、よく分からない。体臭がきつい人って自分では気付けないとかよく聞くから、少なくともそうじゃないみたいで、ほっとはするけど。
「ねぇ、私って、どんな匂いする?」
「んーとね」
少しだけ悩む様子を見せてから、服と布団の擦れる音と一緒にオオタキがぐっと抱き着くみたいに身体を寄せてきた。
それから私の鎖骨と首筋の間辺りに顔をあてがうようにして、すんすんと鼻を鳴らし始めた。
オオタキの髪が肌を擽って、すりすりと擦るようにして触れ合う肌が温かくて。息の音が近い。心臓の鼓動すら聞こえてきそうで、黙っていると空気がせり上がってきて、呼吸がしづらくなる。
そうして、何か、こう。
なんか、いけない気分になってきてしまうという。
そういう、アレが。
「くすぐったいよ、オオタキさん」
「んー?」
「くすぐったいですから」
とぼけるオオタキに、おどけて、笑う。
笑い合って、胸の中のオオタキが顔を上げて私を見る。目が合う。
色素の薄い大きい目が、私の目のずっと奥の方を見据えるみたいに、じっと。
世界の果ての果て、人の立ち入らないような場所に、小さな泉があって。その水面はきっと、こんな風に煌めいて揺らめくんだろうなどと、ちょっとポエミーなことを想像したりした。
ほんの少しだけ桃色に染まった頬に、下唇を噛むようにして噤んだ口。笑みを堪えているような、なんとも言えない、初めて見る表情だった。
近い距離で見つめ合うと、身体が石にでもなったみたいに固くなって、身動きがとりづらくなる。沈黙が部屋を満たして、なに、この雰囲気は、ってなる。
母さんと父さんが出かけると知って、正直、予感はあった。
「……誘ってんの? それ」
オオタキにそう問いかけると、何も言わずに顔を伏せてしまう。それからしばらく、息と、時計の針の音。一秒一秒が長くって、だけど振り返ってみれば、あっという間に時間は過ぎていった。
オオタキと出会ってから、いままで。
ずっと、そうだった。
すぅ、って息を吸ったのを聞いてから「その、つもり、なんですけど」と囁くような小さい声で、オオタキが答える。
こういう雰囲気になったことは、今までにも何度かはあった。そのどれもで、恥ずかしさが勝ってしまったり、そもそも家に誰かがいたり。色んな邪魔があって、本当はオオタキとそういうことをしてみたいのに、いざそんな意思を口にしようとすれば羞恥心が蓋をして。
誤魔化したり、流してしまったり、それであとになって後悔する。
なんか、がっついてるみたいで、変じゃないだろうか。でもいつもみたいにここで尻込みしたら、また後悔する。きっとこんな駆け引きなんかいらないんだろうけど、少ない語彙で言葉を絞り出して。ゆったりとオオタキの背を撫でながら、本当は今すぐにでも衝動に任せてしたいこと全部したいめちゃくちゃに何もかも、とあれやこれを想像して。寒かったはずなのに、肌に汗が滲むように熱く、反対に芯が冷えるように固くなった。
やばいやばい、一旦、落ち着け。
オオタキの前では、カッコいい私で居なきゃならないだろ。
決意めいたことを心中で言い聞かせて、ふぅ、と息を吐いてから。
「素直じゃないよね」
「オガワだって、そうでしょ」
「そうだね。じゃ、たまには素直になっちゃおうかな」
もぞ、と布団の中で身をよじる。頭の位置をオオタキに合わせるようして、少しだけ布団の中に身体を押し込んだ。目線を合わせると、照れくさそうに逸らされてしまう。
「こっち向いてよ」
「やだ」
「ほら。ちゅー、しよ」
オオタキの柔らかい頬に手を添えて、それが、合図のようなものだった。
はい、どうぞ、なんて言うみたいに、オオタキが目を閉じる。
ちょっとだけ唇が震えていて、あぁ、かわいいなぁ、って思う。
それで少しだけ、意地悪したくなる。
キスを待つオオタキを見つめたまま、何もしないで、待ってみる。
少しだけ待つ。待ってみる。すると。
「……し、しないの?」
「っふ」
おずおずと目を開けて小さく問うオオタキに、笑いが漏れた。まだ誰もキスするなんて言ってませんよ、なんてふざけると、面白くなさそうに口を尖らせてむすっとした。
頬は依然赤くなったままで、釣り合いが取れてないなと思う。
「ねぇ」
「ごめん、ごめん。もうじらさないから、ほら」
潤んだオオタキの瞳に吸い込まれるように顔を近づけて、接触の寸前で私も目を閉じる。柔らかく温かいものが触れ合うと、いつもするのとは明らかに熱が違った。
毒でも口に含んだみたいに頭がくらくらして、それが身体中に浸透して燃えるみたいに熱くなる。
「かわいい」
顔を少し遠ざけて、じっとオオタキの目を見つめて、口にする。頭で考えるよりも早く、そんな言葉が口から出てきてしまっていた。
「こんなときに言うのは、ずるいよ」
「いつも思ってるもん」
「……ずるい、そんなの」
「よしよし」
不服な顔をするオオタキを宥めるみたいに頭を撫でると、さらさらと細い髪が指に馴染んで心地よい。なんか、夢みたいだ。
「オオタキって、こういうこと、したことあるの?」
「あるわけ、ないよ」
「男の人とも?」
「……オガワは」
「あるって言ったら、どうする?」
「え」
さっきまでは「燃えてんの?」って聞きたくなるくらいに赤かったはずの顔が、たった一言で、さぁっと青ざめる。私も、オオタキにこんなことを言われたら泡吹いて倒れると思う。そして意識が戻ったらその相手をぶち殺しに行くと思う。
なんて酷い嘘を吐くんだと振り返って今は思うけど、可愛すぎて、意地悪したくなっちゃうんだ。オオタキが可愛いのが悪い、と開き直って、でもちゃんと、謝る。
「嘘。ごめん。ないよ、ない。処女です、私」
「……本当?」
「ホントだよ。確認する?」
まぁ、確認の仕方なんて知らないけどさ。
「まぁ、だから、上手くやれるか、わかんないんだ」
そう前置きして、いい? と聞く。オオタキがこく、と頷いたのを確認すると、大きな壁でも乗り越えたような気持ちになった。
話し合うでもなく極々自然に私が「してあげる」側になっていて、これも一応、聞くべきなんだろうかとか考えた。ムードを壊しちゃいそうだったし、オオタキからしてもらう光景というのを想像できなかったから、何も言わなかったけど。
女同士ってどうやるんだろう、ってのは結構、頻繁に考えてた。
何度か日記に書いたような覚えもある。恥ずかしいことだけど、ネットでたまに調べたりもしてた。そもそもこの日記そのものが私の恥ずかしい部分の塊みたいなもんだし、今さらって感じだけど。
基本、一人でするのと似たような感じで良いんだと思う。何もかも手探りの状態で、動作のひとつひとつに、これで合ってるのかなと自己採点しながら。
背中から腰の辺りを、服の上からなぞるようにゆっくり手を這わせる。連動するみたいに、ぴくっと軽くオオタキの身体が跳ねた。見たことのない反応で、新鮮だった。
「ボタン、外すね」
伝えて、布団の中でシャツワンピースのボタンを上半分だけ外す。服の下の素肌に手を滑り込ませると、一際大きな反応を見せて、もしかして手が冷えていただろうかと不安になる。
「手、冷たかった?」
「だい、じょぶ」
「そっか」
顔が近いから、自然と、囁きかけるような声色になる。肌をただ触ってるだけなのに、なにかいけないことをしているような気分になってくる。布団の中でどういう状態なのかは何も見えないから、それが余計に心情を背徳的に煽る。いい匂いがして、呼吸をするだけで幸せだった。
オオタキの身体を直に触ったことがあるのは、手くらいだ。
こうして背中とか、服の下の肌を撫でてみると。本当、どこを触ってもすべすべで、柔らかくて。
この体が自分のそれと同じ構造をしているようには思えなくて、やっぱり彼女は天使か何かなんだろうかとバカみたいなことを思う。
オオタキのリアクションを気にしてみると、どの辺りが「いい」のかが、何となく掴めたような気がした。
「あー。なんか、めっちゃどきどきする」
「そういうの、言わないでいい、から」
「えー?」
とぼけながら、手は止めない。
時折、オオタキが苦しそうに「ん」と息を漏らす。
正解が分からないながら、大きな反応を見せるような気のする部位を、意識的に触れてみる。首の付け根の辺り、お尻のちょっと上の方、脇腹。
私が一人でするときを思い出して、身体の下の方には、まだ触れないでおく。焦らすって言うと少し変な気もするけど、もう少し、溜めのようなものが必要な気がした。きっとそっちの方が、ずっと気持ちよくなれる。
私の胸に埋まるようにしているオオタキの表情は窺えなくて、辛うじて見える耳は、やっぱり燃えるみたいに真っ赤だ。
布の隙間から、息と押し殺すようなぶつ切りの高い声が聞こえてくる。
ぎゅっと少し苦しいくらいに私の身体に抱き着いていて、それが堪らなく、愛しくなる。
「どうしてこんなにかわいいのかな、オオタキさんは」
「ばか」
「気持ちいい?」
「わかんないよ、そんなの」
「嘘」
「うそじゃな、いっ、ん」
強がってるんだろうか。こんなにびくびくして、声も息も、荒くなってるのに。
「布団、捲るよ」
身体を起こして、オオタキを見下ろす。
服の前が開けていて、細い腕で胸を隠すようにしている。
その隙間から、薄いピンクの下着が覗く。自分の下着姿はオオタキに何度も見られているような気がするけど、オオタキのを見たのは、あまり覚えがない。実際その時が来たら、もっとどきどきして何も考えられなくなると思っていたけど。
ぎし、とベッドが軋む。四つん這いになって、寝転がるオオタキに覆いかぶさる。赤くなった顔に私の影が差して、より一層扇情的だった。
「へっくし」
「あ、ごめん、寒いよね」
「ううん。へーき、だから」
「ホント? 無理してない?」
「うん」
「……下着、とっていい?」
「…………ん」
オオタキが、薄く頷く。
軽く上半身を持ち上げたオオタキの背中に手を回し、ホックを外す。
何度も日記に書いているような気がするけど、オオタキは胸がけっこう大きい。フジワラほどじゃないけど、こう、ぎゅっとしたときに指が沈むくらいにはある。
少なくとも、私よりは絶対、大きい。
服の上から見るのでも、それは十分わかっていたけど。
実際、うん。
「すんごいね、おっぱい」
「うううううう」
「恥ずいの?」
「当たり前でしょ!」
そうやって声を荒げる様子も可愛らしい。
じろじろと見つめてしまって、いや、見つめていいんだよね、これ、と自問する。だって、付き合ってるんだし。これから、えっち、するわけだし。そしてここから、どう動けばいいだろうか、胸、触ってもいいのかな、とか色々考えていたら。
「オガワも脱いで」
「え」
胸を手で隠したまま、そんなことを言われた。
「……オオタキみたいに、身体綺麗じゃないよ、私」
「そんなことない」
「スタイルも良くない」
「そんなことないってば」
「胸だって、小さいし」
「それは、それで」
「そこは否定しないんだ」
事実だけどさ。でも言われてみれば確かに、オオタキだけ脱いでいるというのも、不公平な気がしないでもない、というか、既に何度か下着姿なら見られてるしな。
このくらい、今さらだよね。とパフスリーブのニットを脱ぐ。静電気で乱れた前髪を指先で軽く梳いて整えると「オガワのそれ、好き」と言われた。
どうして今言うんだ、と思いながらとりあえず「ありがとう」と返しておいた。
「じゃあ、続き、しよっか」
「ん」
「脚、開いて」
恥ずかしそうにおずおずと足を広げて、その間に入り、顔を近づける。かわいいパンツ履いてるなぁって思いながら凝視してたら「見すぎ」と頭をはたかれた。
「イヤだったら、ちゃんと言ってね。やめるから」
こういうの、気持ち悪いと思われちゃうかな。懸念して予防線を張っておき、でもそんな気持ちも、ストッパーにはならない。
口を開けて、はぁ、と息をする。
髪を耳にかけてから、細い太ももの内側に、舌を這わせた。ぴと、と触れる瞬間、そこからオオタキの肌が波打つみたいに鳥肌が拡がっていくのが分かった。
ひゃあ、と声がして、でも抵抗されることもなく。舌先で線を描くように、オオタキの柔らかい肌を舐める。これという味はしない。ちょっとだけ甘い匂いがするくらいだった。
ときどき唇を窄めて吸い付くようにすると、ぁ、と声を漏らしたのが分かった。
また舌で舐めて、吸って、オオタキの太ももを堪能する。
オオタキと出会って間もない、初夏の私に伝えてみたい。
冬には太もも舐めてますよ、って。
「そ、それ、」
「……ん? なに?」
「やばい、かも」
されている間は、黙っているか小さく声や息を漏らすだけだったオオタキがはじめて、意味のある言葉を発する。
表情を窺うと、鼻と口を両手で覆って目が半開きだった。どうやら、気に入ってくれたみたい。良かった、と安堵して、で。
「これ、好きなんだね」
一旦、オオタキの太ももから顔を離して。唾液で濡れてちょっとだけてかてかしている太腿を、焦らすみたいに人差し指でつーっとなぞってみる。びくっと肩を跳ねさせて、見ないでくれと言わんばかりに顔を手で覆い隠してしまう。
「ここ、触るよ」
下着の上から緩く撫でるように、そこに触れる。それと一緒に、首筋とか鎖骨の辺りを、舌で舐める。オオタキの息と声が、さっきよりも近くで聞こえる。どこが気持ちいいんだろうと探り探り、色んな場所を触っていると、不意に。
オオタキの一際大きい声と同時に、私の背中の方から、がりっ、と音がして。
少し遅れて、鈍い痛みと熱がうなじの少し下辺りを這うように押し寄せた。
オオタキが、私の背中を引っ掻いちゃったみたいだった。突然のことで、思わず声が漏れてしまう。
「っつ……」
「あ、ご、ごめ」
「う、ううん、気にしないでいいから」
ホントは、そんな余裕ないくらい結構、痛かったけど。
でもそんなつまらないことで、オオタキが気持ちいいのを邪魔したくはなかったから。ぎゅっと奥歯を噛んで、笑顔を作る。こういうのって、本当にあるんだなぁ、なんて思いながら。
身体を寄せて、大丈夫だよ、と抱き締める。
「今は、頭んなか、空っぽにしてさ」
耳元で囁きながら。
オオタキのへその辺りに指先を当て、そのまま、ゆっくり下に動かして。
「ここが、気持ちいいことと、あと……私のことだけ、考えてて」
下着越しにでもわかってたけど。
直に触ると、熱くて、どろどろだ。
今、私、オオタキの、触ってる。
全然、私のと、違う。
指、溶けそうだ。
「ぅ、ん、っ」
「我慢しなくていいよ、声」
右手の甲を噛むみたいに口に当てて、声を抑えようとしている。その手を掴んで、ベッドに押さえつけた。もっと、声を聴きたいから。
「だ、だめ、ほんと、」
「私しか、見てないし、聴いてないから」
「いっぱい、でちゃうって、ぁ、こ、こえ」
「だから、我慢しなくていいってば」
ゆっくり動かして、たまに早くして。緩急をつけるとオオタキの反応が可愛くて、すっごく、気持ちよさそうだった。上手くできるかどうか不安だったけど、案外、なんとなくでもなんとかなるものだった。
もしかすると、私って結構、上手いのかもしれない。
……いや、別に、誇れることでも無いけど。
「……リコ」
ふざけたり、からかったりするのを除いたら、オオタキのことを下の名前で呼んだのは、これが初めてだったと思う。
リコ。リコ? りーこ。リコちゃん。
イントネーションを変えたりして、繰り返し唱えてみる。
口にするだけで幸福が胸を満たすような、優しい響きだと思った。
「かわいいよ。好きだよ」
「っあ、ぁあ」
「大好き。世界で一番、好き。ずっとずっと、好きでいるから」
「オガワ、ぅう」
「だからもっと、気持ちよくなって。私の指で。かわいいとこ、私に見せてよ」
喜悦に溺れるオオタキを煽るように、言葉を重ねる。譫言みたいに私の名前を呼んで喘ぐオオタキの口を、私の口で、塞ぐ。キスされてるときのオオタキの顔、本当、好きだ。可愛いし、えろい。
「ずっと、ね、してみたかった、の」
あ、あ、と吐息の合間を縫って、ふにゃふにゃの声で。
「オガワと、こういうこと」
歪む口の端からどろどろと溢れるみたいに、包み隠さないオオタキの本心が外へと流れ出る。熱い息が混じり、指に感じる熱も一層強くなる。
もっと、って求めるオオタキに従って手を早く動かすと、連動するようにオオタキの声が短く切り離され、小刻みに喘ぐ。背中に回した細い腕の頼りない力が、ぎゅっと強まる。
「ひとりで、する、っ、ときも、ね、ぁ、ん、オガワと、お、オガワ、に、してもらうの、ん、そうゆうの、考えてて、っう」
私の身体自体には、何にもされていないのに。
顔を歪ませて身体を震わせるオオタキを見ていると、私のことを想って今、こういう状態になってるんだと実感すると。お腹の奥の方がきゅんってして、じわじわと熱が迫るように気持ちよくなってきて。
「ごめんね、おがわ、っあ、ごめん、やらしい子で」
多分、いや間違いなく、私の方がその数倍はやらしいヤツだと思うけど。
言おうとして、水を差してしまいそうな気がしたから、黙っておいた。
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